第2戦線

340年1月1日


「まだヴェレスの3割しか制圧できていないのか!」

ブルーノは報告を聞いて、椅子の肘掛を叩いた。

彼はヴェレス攻略をダスティンに任せると、一部の将以外と共にミッドガルドの首都エーギルに駐留している。

ムスペルヘイムが万が一イルダーナに宣戦する可能性を考慮して大軍をエーギルの地に留めているのだ。

そして今日は新年の挨拶として、諸将がブルーノのもとに集まっている。


「こうなった以上、ムスペルヘイムのホルス支援を、実力をもって妨害しなければいけないようだ」

「なりません」

アルバート・ベアード“大将”が反対した。

彼はアルフヘイム攻略の功が評価されて昇進した。


「ホルス攻略に全力を傾けるときに新たな戦線を構築して戦力を分散させるのは危険です」

「全力を傾けるのを邪魔するムスペルヘイムを討つことに何の問題があるというのだ。それにムスペルヘイム侵攻に差し向けられる航空艦隊は、ネヴァン要塞線の3個艦隊、ここにいる13個艦隊だ。もしホルスへの増援を心配しているのなら無用だ。アルフヘイム戦役とホルス国境防衛線突破の際に航空艦隊は壊滅している。ホルス戦線は8個艦隊いれば儒分だ。現在の占領地域も6個艦隊で問題ない。もし艦隊が足りないなら、本国に4個艦隊を増設する余裕がある」

ブルーノは自信満々に言った。


******


「まずいな」

「ああ、実にまずい」

アルバートとアンブローズはムスペルヘイム侵攻への準備を終えて、アリアンロッドのアンブローズの私室で2人は酒を片手に語り合っている。


「ムスペルヘイムの民族問題を利用できれば今回の戦いは楽なんだがな」

「残念ながらイルダーナ至上主義のコールマン主義に肩入れするようなやつはいないだろうな。そうでなくとも、独立派勢力は容共派と反共派に分裂しているから、扇動してムスペルヘイム内部から崩すこともできない」

アンブローズは諦観の念を込めてため息をついた。


「決まった以上、最善を尽くそう。もう文句も言わない。イルダーナ軍人は指導者には絶対の忠誠を尽くすものだ」

「さて行こうか。ここから先は勤務時間だ」

「そうだな。16個艦隊64個師団を生きて国に帰そう」


 アルバートは旗艦に帰った。

アンブローズも私室を出て、ブリッジへ向かった。

彼は今回の遠征の司令官である。


 数分後、出撃命令と宣戦布告文を読み上げるブルーノの声が艦内に響いた。

「離水せよ!」

アンブローズ麾下のA軍集団に所属する艦隊が各地の湖から浮上した。

軍の規模が大きすぎて、ミッドガルド各地の湖に分散して待機していたのだ。


 A軍集団の戦力は6個艦隊24個師団。

付随する師団は、艦隊から離れるときは4個師団で1軍を構成して行動するようになっている。

よって24個師団は6個軍と言い換えることもできる。


 そんな大軍が実行する作戦は、“ビフレストの炎上作戦”である。

作戦の内容は、A軍集団が先陣を切って、突然宣戦布告されたムスペルヘイム軍艦隊を強襲して国境を突破し、国境から約120キロ離れた帝国首都フェンサリルを攻略する。

フェンサリルには巨大な湖があり、そこを確保する。


 大陸南部、特にムスペルヘイムは湖が少ないので、北部での戦い以上に湖の重要性が高いのだ。

こういう地勢なので、ムスペルヘイム軍の艦隊は国力の割に規模が小さい。

さらに、広大な国土を守るために戦力が分散しており、A軍集団だけでも国境を突破することは可能だと考えられている。


 アルバート率いるB軍集団はA軍集団の後に続き、フェンサリル攻略後はB軍集団単独でさらに南下し、ムスペルヘイムのルーン人が多く住んでいる地域を制圧する。

そこを抑えれば、ルーン人主体のムスペルヘイムに打撃を与えられる。

ルーン人以外の民族に、ムスペルヘイムの脆弱さを晒すことになり、独立派が何らかのアクションを起こす可能性があるからだ。


 ネヴァン要塞線で待機しているエイブラム率いるC軍集団は西部へと侵攻する。

しかし、麾下の艦隊が3個艦隊という、3つの軍集団のなかで最も戦力が少ないので、フェンサリルを攻略したB軍集団が西部のムスペルヘイム軍の背後を攻撃する。

これが今回の作戦だ。


「希望的観測がある時点で、作戦は失敗なのだよ」

「何か仰いましたか?」

アンブローズ艦隊参謀長ディートハルト・アンデルス中将が言った。

彼は髭が濃く、体が並の軍人よりもかなり大きい。

その容姿からくるイメージで、勇猛果敢であると思われがちだが、落ち着いていて、実際の用兵は慎重である。


「いや、なんでもない」

大艦隊は獲物を求めて空を舞った。


******


ムスペルヘイム国境地帯。


 第2次大陸戦争が始まる前にイルダーナとムスペルヘイムは、イルダーナの反共陣営への誘いを断ったことに端を発する緊張で、イルダーナとの国境にはムスペルヘイム軍の中規模の軍が展開している。

「敵戦力との接触まで1時間です。敵戦力の構成は4個艦隊24個師団です」


 ムスペルヘイム軍は艦隊戦力が少ない代わりに、地上戦力が充実している。

「左翼の2個艦隊を離れさせろ。こちらの戦力を誤認させる」

アンブローズは命令を下した。


 1時間後、両軍の4個艦隊24個師団は衝突した。

両軍の火砲がその存在を誇示する。


 ムスペルヘイム軍の戦車MT-7は走攻守のすべてにおいてバランスが取れている戦車で、攻撃力で劣るT-6は不利な戦いを強いられた。

「地上部隊が押されています」

「わかっている」


 アンブローズは敵艦隊相手に互角以上の戦いをしている。

わざと右翼を後退させ、そこに敵を引きずり込み、敵の陣形に綻びを生じさせる。

そしてその綻びに火力を集中させる。


「左翼艦隊は敵側面を衝け」

索敵圏外にいた左翼が急速にムスペルヘイム艦隊に近づき、苛烈な砲撃を浴びせかける。

攻撃を受けた側面から艦隊は崩れていき、雪崩を打って敗走した。

空中支援を失った地上部隊は、空からの銃弾の雨に打たれ、装甲に大穴を開けられた。


 勝機なしと判断して、こちらも戦場を引き上げた。

「敵は駆逐された。後は首都を目指すのみ。前進を再開せよ!」

再び艦隊はフェンサリル目指して行軍を開始する。

そんな艦隊に新たな敵が襲いかかった。


「魔力反応多数、2時方向からミサイルが接近しています」

「ミサイルだと! 敵は何個艦隊だ!」

アンブローズはすぐさま応戦態勢をとるよう指示し、そしてディートハルトに尋ねた。

「艦影は現在確認できません」

「地上の基地から発射されたのか。艦載砲でミサイルを迎撃しろ」

艦砲を2時方向に旋回し、各艦は弾幕を張ってミサイルを迎え撃った。

圧倒的な火力を見せつける艦砲。

迫りくるミサイルを叩き落としていく。

撃ち落されたミサイルは爆発し、虚空に綺麗な花を咲かせる。

幸いなことに、損害は軽微なもので済んだ。


 しかし、フェンサリルまでに6度に渡る地上基地からのミサイル攻撃に晒され、B軍集団は少なからず被害を受けた。

それでも作戦発動から3日でフェンサリルを攻略した。

フェンサリルには軍隊はおらず、王宮、政庁には誰一人いない状態だった。

「国内奥深くに引きずり込んで、こちらを消耗させようというのか。今回の作戦の後に別の大規模作戦の立案の必要性を上に伝える必要がありそうだ」


******


 ムスペルヘイム西部に侵攻しているC軍集団は4個艦隊と交戦している。

4個艦隊は数の優勢であることから力押しをしている。

迫りくる力の壁に押されるエイブラム率いる3個艦隊はじりじりと引き下がる。


「右翼を敵の側面へ伸ばしなさい。片翼包囲をするのです」

翼を広げるといっても決して楽ではない。

敵に悟られることなく動かさなければならない。


「先ほどの命令を修正する。右翼艦隊は現在の位置を固守しつつ敵側面に回り込め、残りは艦列を崩すことなくゆっくり後退するように」

後半の命令は既に行われている。

後退することで壊滅を避けようとしている。


 敵が砲撃する。

赤い魔手がイルダーナの戦艦に絡みつこうとする。

シールドを展開して魔手を何度も振り払う。

右翼艦隊は正面の敵を相手しながら側面への移動をする。


「すべての駒は揃った。全艦隊、反転攻勢だ!」

逃げていた中央、左翼艦隊が正面の敵に対し攻勢に転じ、右翼艦隊が側面から砲撃を浴びせる。

十字砲火≪クロスファイア≫の完成だ。

完全に形成は逆転した。


 追っていたムスペルヘイム4個艦隊は追われる立場となった。

正面の守りを固めても、側面からの攻撃で崩される。

成す術もなく、ムスペルヘイム艦隊は潰走した。


 C軍集団はフェンサリルへの大きな障害を取り除き、B軍集団同様ミサイル攻撃に悩まされながらも目的地へ到着した。

A、C軍集団が作戦目標をクリアし、次はB軍集団の出番だ。


 フェンサリルより南の地域を占領することが目的だが、敵の大部隊との遭遇はなく、迎え撃ったのは地上のミサイルだけだった。

わずかな期間でビフレストの炎上作戦を終えた。


 この状況に対し、不満に思う者がいる。

アルトゥールだ。

彼はイルダーナの宣戦布告後に開かれた戦略会議で発表された迎撃案に反対した。

その案は、国境でイルダーナ軍と軽く交戦するに留めて、首都を含めた二重帝国のムスペルヘイム側の大部分から撤退して、イルダーナ軍の補給線、戦線を延ばさせることで敵に負担を強いるというものだ。


「確かにその案は他国では有効です。しかし多民族国家で不安定な我が国では事情が違います。大幅に領土を占領されれば、我が国から独立を図る不穏分子が実力行動に移る可能性があります。ここは敵が集結し、こちらも防衛線が短く済むフェンサリル近郊での迎撃が妥当だと思われます」

「次長、それは彼我の艦隊戦力の差を理解した上での発言か?」

航空艦隊総監が言った。

「地上戦力では我が軍に分があります。それにフェンサリルに辿り着くまでに、ミサイルによって艦隊戦力及び乗組員の精神にダメージを与えられます」

「ミサイルによる奇襲攻撃をこの地まで行うと言っているのです」


 女帝アマーリエが、列席者が囲んでいる円卓の国内地図の1点を指し示した。

グリトニル。

帝国のムスペルヘイム側東部最大の都市である。

グリトニル西部には、乾燥した土地の多い大陸南部には珍しく、広大な低湿地帯が広がっている。


「不穏な動きを示す団体は少ないでしょう。イルダーナは優秀な自分たちが、他民族を従え導くという思想を持っている。そんな国に呼応して蜂起するような団体がいるとは思えない。たとえ独立したとしても、傀儡としての名目的な独立にすぎない」

論破されたアルトゥールは立場が悪くなった。

だからこの現状が嫌で仕方ないのだ。


「ご主人様、アルペンハイム公がお越しになっております」

「応接間に案内しろ」

アルトゥールはグリトニルの地下に居を移している。

彼は来客を出迎えるに相応しい服に着替えて、応接間でクラウスの到着を待った。


 扉を叩く乾いた音がした。

「入りたまえ」


重々しい扉が仰々しく開かれた。

「お久しぶりです」

「戦時中なのに、どうやって敵国に訪問できたのかは気になるが、聞かないでおこう。とにかくよく来てくれた。座りたまえ、上物のワインを用意してある」

「ありがたい配慮です」


「で、今回は何のようだね?」

顔の前で手を組んだアルトゥールが言った。

「共和派勢力とはうまくいっていますか?」

アルトゥールは頷いた。


 彼と共和派との間を、クラウスが秘密裡に結びつけたのだ。

共和派は最初、懐疑的な見方を示したが、資金援助などの餌をちらつかせたクラウスのとりなしで、なんとかアルトゥールを盟主にした協力体制を作り上げた。

アルトゥール自身は大統領に就任した後、帝政復活も視野に入れた独裁体制を敷くことを考えていることは、もちろん伏せている。


「では武力蜂起は近いうちに可能ですか?」

「それは無理だ。こちらの方針で、戦時中の蜂起はしない。この状況で独立したとしても、イルダーナの影響下に置かれるだけだ」


 正論だ。

クラウスがつけ入る隙はない。

「そうですか、近況が聞けたのでこれにて失礼します」

苦々しい思いを胸にアルトゥール邸を後にした。


 クラウスはイルダーナがムスペルヘイムに勝てるとは思っていない。

そもそもこの段階で戦争になるとは思っていなかった。

なにしろホルスと戦争しながら、ホルス以上の国力をもつ国と戦おうというのだ。


 帰国しようとするクラウスの横をムスペルヘイム軍のMT-7が通り過ぎていった。

きっとここは戦場になる。

それもかなり大規模な。

クラウスは自分の計画に綻びが入りつつあるのを感じた。


******


 ムスペルヘイムに侵攻したイルダーナ軍は新たな作戦の準備に取り掛かった。

作戦名は“オーディンの鴉作戦”。

それは、A、C軍集団がグリトニルに攻勢を仕掛け、グリトニル守備隊を釘付けにして消耗させる“フギン作戦”と、B軍集団がグリトニルを大きく迂回し、グリトニルの背後の都市を攻略して、グリトニルを孤立させる。

その上でフギン作戦によって疲弊したグリトニル守備隊を背後から攻撃する“ムニン作戦”から成っている。


「この作戦、かなり犠牲がでる。特にB軍集団が最も危険だ。グリトニルの背後に回り込むことなど無理だ」

アンブローズはモニターの向こうのコンラートに言った。

2人は指揮官席手元のモニターで会話している。


 彼は戦力的に、グリトニル背後の都市を占領しながら前進するには、地上戦力に差がありすぎると言うのだ。

「確かに難しいな。まあ無理をする気はない。作戦継続が困難だと判断したら、すぐに退くさ。何もともあれ、アンブローズの部隊の損害が小さく済んでよかった」

「エイブラムが自力でフェンサリルまでたどり着いたからな。こちらが西部に出向く必要がなくなった」

「おっと、そろそろ時間だ。話は帰ってから聞こう」

モニターは単なる灰色の液晶になった。


 窓の外を見ると、B軍集団所属の艦隊が戦場へ飛び立っている。

「我らも征くぞ、C軍集団に出撃すると伝えろ」

「かしこまりました」

ディートハルトが返事する。

2つの軍集団は新たな戦場を目指して離水した。

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