目的のために

ニブルヘイム帝国首都エーリュズニル 王宮 議場



 エアハルトが死んだことがムスペルヘイムに伝わったのはヴァーリ撃沈から1週間経ってからのことだ。

そこで急遽、軍部の要人を加えて議会が開催された。


 議会では当然のごとく後継者問題の話題が持ち上がった。

本来なら長子が後を継ぐのが自然だが、エアハルトには子どもはおろか妻もいない。

そこで後継者として持ち上がったのはアルブレヒトだ。

彼は閣僚である関係上、現内閣支持派の多い議会からの支持が大きい。


 しかしヒルデブラントを筆頭に、軍部は黒い噂の絶えないアルブレヒトを擁立するのに反対した。

そこでヒルデブラントが担ぎ出したのはアルフレートだ。

軍人である彼ならば軍部の意向を十分の汲み取ってくれると考えたのだ。


「ふざけるな! あの者は謀反を起こしたではないか」

議会はざわめく。

罵詈雑言が軍の代表として出席したヒルデブラントに投げつけられる。

彼はそんなものなど聞こえていないかのように涼しい顔をして平然としている。


 そんな彼は傍らに控えている側近に耳打ちした。

側近は議場を出てどこかへ消えた。

それを見ると、ヒルデブラントは騒ぎ立てる議員たちに目を向ける。


「あなた方はなぜ悪評が付きまとうような人物を玉座に座らせようとするのですか?」

「貴殿は噂話を真に受けておられるのか。それでよく情報を元に作戦を立案する参謀長が務まるものだな」


 あちらこちらで嘲笑がこぼれている。

「アルフレートの謀反の際のアルブレヒト公の行動の素早さはどのように説明なさるのですか?」

「それは彼の軍事的能力の高さ故に成しえたことではないのか」

「まったくもって抽象的で具体性のかけらもない説明ですね」

「なら貴様は説明できるのか?」

「事前に情報を掴んでいて、どさくさに紛れて帝位を奪い取ろうとした」

「何一つ根拠が示されていないことに発言して疑問に思わないのかね?」


 そう言った議員がいやらしい笑みを浮かべる。

ヒルデブラントはため息をついた。

「らちがあきませんね。仕方がありません、“反逆者”を擁護する売国議員の殲滅を命じます」


 議場の扉が乱暴に開けられた。

そこからなだれ込んできたのは大勢の武装した帝国兵。

彼らは議員たちに小銃を向けた。


「今のうちなら職を失うだけで済みます。これは売国奴に対しては極めて寛大な処置です」

「反対意見を武力で封殺しようというのか! 貴様は議会を無視して軍部独裁体制を構築するつもりか!」

恐怖で足を震わせながらも議員が吠えた。


「国家に重大な危機を招来させようとしたのを阻止しただけです」

議員たちはなおも膝を折ろうとはしない。

呆れたヒルデブラントは右手を上げて、それを斧のように振り下ろした。

兵士たちが銃の引き金を引いた。


 吐き出される弾。

それに当たる議員。

誰が殺し、誰が死ぬのかは決められているのだ。

一方的に兵士が丸腰の議員を射殺していく。

全弾撃ち終えたときには軍の者以外は誰も立っていなかった。


 その日のうちに本人の了承を得る前にアルフレートの即位が宣言された。

即位宣言はしたが、まだやるべきことは残っている。

アルブレヒトとアルフレート即位反対派の粛清だ。

アルブレヒトは議会には私用と称して参加しておらず、銃撃の犠牲にならなかった。


 そこでヒルデブランとは考えた。

帝国議会議長の名を騙って電報をばら撒いた。

内容はアルブレヒト擁立に賛同するものは2日後にアルブレヒト邸に召集せよといったものだ。


 2日後、彼はイリーナを連れてアルブレヒト邸へと赴いた。

その際にイリーナに議長に見えるように幻視をかけてもらった。

一行は不審がられることなく邸内に侵入することができた。


 邸内の大広間には大勢の人たちがすでに集まっている。

「やあやあ、よく来てくれた。といっても君が誘いをかけたのだったな」

ヒルデブラントの姿を見咎めたアルブレヒトが話しかけてきた。

「では早速だが、檀上で話してくれないだろうか?」

ヒルデブラントは頷く。

彼はイリーナをその場において、檀上へ上がった。


「皆さん、此度の決起集会に来ていただき、誠にありがたく思います。早速ですが、ルーン帝国へ先帝の航行ルートという重要機密をリークし、先帝を害する幇助をしたことで、国家を危機的な状況に晒したことにより、外患誘致罪でアルブレヒト・フォン・バスラー及びその与党を処刑する」


 イリーナが銃を2丁抜いた。

抜いたと思えばすぐに火を噴いた。

フルオートに設定された2丁拳銃を周囲の者に向けて撃ち始めたのだ。

議場の虐殺の再現だ。


 丸腰の者たちは為すすべなく倒れていき、アサルトライフルで武装した警備の者が反撃しようとすると、イリーナに先手を打たれて殺されてしまう。

弾が切れた拳銃を捨てて、倒れた警備員からアサルトライフルを奪い咎人と粛清していく。

アサルトライフルが弾切れを告げる大きな音が鳴ったとき、反対勢力はどこにも存在しなかった。

「任務完了」


 彼女はライフルを両手から離した。

重い金属音が血なまぐさい大広間に空しく響き渡る。

「では撤収する」


 2人は惨劇の現場を後にした。

イリーナは跳躍魔法で首都に帰還し、ヒルデブラントはウルズ基地へと向かった。

ヒルデブラントにはまだやるべきことがある。


 彼は基地に着くやいなや、基地にいる艦隊司令官を会議室に呼び出した。

「いったい何のようですか? いよいよ参戦して差別主義のイルダーナか真っ赤なホルスを叩きにいくのですか?」

コンラートがヒルデブラントに尋ねた。


「その話ではない。皇位継承者が決定したので、その旨を伝えに来た」

列席者は静かにヒルデブラントの次の言葉を待った。

「先帝エアハルト陛下の地位を継承する者はアルフレート・フォン・バスラー少将である」


 会議室はどよめいた。

かつての反逆者の名が挙げられたからだ。

驚く列席者の中で、最も驚いているのは名前を挙げられたアルフレート本人だろう。

彼はきょとんとした表情で椅子に座っている。


「この決定は私が議会で提案し、賛成多数により決定したことだ。ただ、反対派の動きに不穏なものがあったので舞台から退場していただきました」

確かに反対者を全て殺してしまえば賛成多数になる。

ヒルデブラントは嘘をついているようでついていないのだ。


「議会の決定なら従おう。私はアルフレート即位に賛成だ」

列席者の中でマックスが真っ先に賛同の意を示した。

彼が賛同するならばと、他の人も賛成した。


「賛同した貴官らにはすべきことがある。それは首都の制圧だ」

なぜそのようなことをしなければいけないのか皆は口々に聞いた。

「反動分子がまだ首都に残存している可能性があるからだ」


 彼からすれば首都を抑えて、アルフレートが帝国の主であることをアピールする必要がある。

「そこで速やかにエーリューズニルを我らの手中に収めなければならない。そこで、第3、8、15艦隊と随伴師団には首都を抑えてもらう」

「了解。直ちにエーリューズニルを制圧します」

アルフレート、コンラート、マックスの3提督は会議室を出た。


******

ニブルヘイム帝国首都エーリュズニル



 アルフレートは今まで旗艦として使ってきたイルマタルが盗まれたので、新しい旗艦として新鋭艦のフォルセティで出撃した。

ウルズ基地から出撃した3個艦隊はエーリューズニルにその威容を見せつける。

師団は要所を制圧し、3提督は護衛を引き連れて帝国議場へと赴いた。


 そこで彼らが見たのは惨劇の跡だ。

あちこちに転がる死体と酸素に触れて赤黒くなった血が彼らの視界に飛び込んだ。

「なるほど、これは賛成多数だな」

ヒルデブラントの発言の意味をコンラートは理解した。


「私が帝位継承を宣言していいのか……」

アルフレート自身は皇帝になるとは一言も言っていない。

議会が決めたからという理由だけで彼は動いていた。

そんなアルフレートはかつて先帝に歯向かった者が帝位を継ぐのは如何なものかと悩んでいる。


「何の問題もない。他の皇族はみんな大した役職に就いていないが、貴官は違う。軍人皇族の中で唯一の将官ではないか」

マックスが言う。

「至高の座を掴んで何かやってみたいことはないのか?」

「やってみたいこと……」


 考えてみれば彼には目標というものはない。

惰性的にここまで来たと言える。

それでも彼は思うことを言った。


「長期的なことはわからない。ただ、イルダーナの行動は阻止しなければいけない。あの国はいずれ自らの主義に基づいて我が国を攻めてくる可能性がある」

「ホルスと組んでイルダーナに宣戦か?」

アルフレートは首を横に振った。


「ムスペルヘイムの参戦までこちらは動かない。ムスペルヘイムがこちらに味方しない限り、彼我の戦力差に大きな差がでてしまう。参戦するにしてもホルスには加勢しない。あくまで秩序を乱すイルダーナを討つのであって、ホルスの勢力は戦後もモローズ半島に限定する」

「イルダーナとホルスを同時に抑え込むのか、おもしろい。ぜひとも皇位に就いてもらわねば」


 数時間後、アルフレートは全国へ向けて即位宣言をした。

それに対する反発として各地方で反乱が続発したが、アルブレヒト亡き現在では有力な後継者候補はおらず、南部に軍が集結している間に北部を掌握するだけの実力は持ち合わせていない。

政府側であるアルフレートは軍部を掌握しており、圧倒的軍事力で反乱を鎮圧するのは造作もないことだ。

それでも辺境での反乱なので、軍の移動再編に時間がかかり、平定するのに3か月を要することとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る