ベロボーグの戦い
占領した街々で殺戮を繰り広げながらイルダーナ軍は進撃し、339年7月6日、モローズ半島の入り口の都市ベロボーグに攻撃が加えられた。
イルダーナ軍はまず攻撃機で防衛兵器を破壊し、その次に爆撃機による戦略爆撃を開始した。
ホルス軍は迎撃機を飛ばしたが、パイロットの技量でイルダーナに劣っていたために次々と撃墜されていくのみ。
制空権をイルダーナに奪われた状態でベロボーグのホルス軍のヴァルフコフは指揮を執っている。
ホルスの首都トリグラフはベロボーグから60キロ離れている。
もしベロボーグが陥落すればトリグラフは攻撃に晒されることになる。
ホルスからすれば何としても守らねばならず、イルダーナはここを突破してトリグラフを攻略したいところだ。
イルダーナ軍はベロボーグの西部から攻撃を開始した。
「攻撃が開始しました!」
ヴァルフコフは連絡を受けた。
「攻撃箇所に全軍の8割を投入しろ」
命は下された。
ホルス軍はハーフトラックの荷台に6連装ロケット砲を載せて防衛線へと赴いた。
「撃て!」
次々と発射されるロケット砲。
命中精度は低いが、圧倒的な弾数を生かした面制圧を得意とする。
空を覆い尽くすほどのロケット砲がイルダーナ軍の地上部隊に降り注ぐ。
着弾すると上がる爆発による土煙。
煙が晴れたときにはそこに生者はいない。
穿たれた地面があるだけだ。
イルダーナ軍はそれを受けて、航空艦隊による地上攻撃を敢行した。
ロケット砲を載せたハーフトラックは物陰に隠れ、代わって対空戦車が現れた。
歩兵も破壊された備え付けの対空砲の代わりに牽引式の対空砲を基地からトラックで牽いて引っ張り出した。
両者によって濃密な弾幕が形成された。
対空砲火は既に破壊されたものだと思い込んでいたイルダーナ艦隊は絶え間なく襲い来る銃弾の嵐に晒されて翼をもがれていく。
結局イルダーナ軍はこの日、ベロボーグ市街地に突入することができなかった。
陽が落ちて漆黒の帳に戦場が包まれようとしていた頃、ホルス全土に向けてローベルトが演説をしていた。
ホルス兵はイルダーナの攻撃が止んだときにラジオで耳を傾けている。
「親愛なる同志諸君、我々は今、重大な危機に直面していることは当然ご存じだろう。排他的な民族主義者がホルスの豊穣な土地を汚しに来たのだ。彼らは革命の果実を踏みにじり、主義者の自由と平等と豊かな生活を否定しようとする。そんなことがあってよいものだろうか? ならない! 断じてあってはならない。同志よ、今こそ団結のときだ。工場労働者は武器を作り、農民は食糧を生産する。それらを消費する者は従来では軍隊だけであったが、これからは違う。武器をその手に取った労働者以外の者たちで編成された組織、革命的主義者戦士同盟の創設をここに宣言する!」
ぱちぱちと盛大に拍手する音がラジオ越しに聞こえてくる。
「自由と平等と豊かな生活だって? そんなものいつ俺たちが手に入れたって言うんだ?」
ラジオ演説を聞いたホルス兵のひとりが言う。
「政府の悪口を言えば収容所送り、政府高官と一般市民の経済格差は年々拡大して、すきま風が吹き込む家で固いパンと薄いスープをすする日々。これのどこが自由と平等と豊かな生活なんだ? 少なくとも無教養な下っ端兵士にはわからんな」
もうひとりの兵士が答える。
周りの兵士も頷いて同意する。
「俺たちからイルダーナ野郎が奪えるのは湿気たタバコと味のないチョコレートぐらいだな」
兵士たちは苦笑する。
「てめえら、“矯正”されたいのか!」
兵士たちの上官が怒鳴りつけた。
「我らは革命の為に命を捧げる覚悟のある戦士です。矯正の必要性はありません」
「ならいいんだ」
侮蔑的な視線を残し、上官は去った。
「革命的主義者戦士同盟か、要は素人が銃を持って戦場にのこのこ来るってことだろ? ありがたいことだな」
兵士たちは会話を再開する。
「まったくだ。俺たちの代わりに無謀な突撃で死んでくれるんだからな」
疲れた表情の兵士たちはくたびれた声で笑った。
******
イルダーナ帝国軍艦隊旗艦リジル
「どういうことだ」
ブルーノは露骨に不機嫌な雰囲気を出した。
彼は兵力で勝っている自軍が押されている現状に苛立っているのだ。
「とは言いましてもこちらには有効なカードはありません。あるとすればホルス南部を掌握するぐらいです」
アルバートが言う。
「ムスペルヘイムからの物資提供ルートを遮断するということか。明日の攻勢が失敗に終わった場合、攻撃目標をヴェレスに変更する」
「
翌日、攻撃が再開された。
イルダーナ軍も多連装ロケット砲を投入し、市街地周縁部に展開するホルス軍を粉砕しようと試みた。
射程ではホルスのロケット砲ヤガーに劣るが、威力と命中精度では勝っている。
無数の砲弾が兵士や戦車を薙ぎ払っていく。
「突撃!」
アーチボルド率いる第2装甲師団は市街地へ先陣を切った。
市街地にはいくつもバリケードが築かれていたが、T-6は容易に突破していく。
ここまでは順調に進んだが、ヴィーラ通りの交差点で進撃が止まった。
ここを通ろうとする車両は十字砲火によってことごとく破壊されてしまうのだ。
「航空支援はどうした!」
「近隣の飛行場から敵機が飛来してこちらへの支援を妨害しています」
アーチボルドは舌打ちした。
「こちらの正面にいる戦車を攻撃する。射程ぎりぎりに捉えて撃ち、直ちに後ろに下がれ。ただし動いた状態で撃て」
「なかなか無茶な注文ですね」
砲撃手は言う。
「やりごたえは十分だろ?」
「十分すぎますよ」
彼は笑って答えた。
アーチボルドの乗るT-6が進む。
砲撃手が照準器を覗き込みながら正面の敵戦車との距離を計測する。
「後5秒で正面の敵を捕捉します!」
「装填手、弾を込めろ!」
装填手は落ち着いた動きで砲弾を込めた。
「ファイエル!」
砲弾は放物線を描いて放たれた。
その軌道は間違いなく命中コースだ。
「下がれ!」
T-6が急激に動きを変えて後ろへ下がった。
動きが変わって後ろに退いてすぐに彼らの前を土煙が舞った。
煙が晴れると交差点の曲がり角から砲身が覗いた。
「第2射装填用意」
「装填完了!」
「撃て!」
砲撃命令と同時に砲身を覗かせた戦車が彼らの前に無防備にも側面をみせた。
敵は外したことがわかっていて、獲物を仕留めるために追撃をかけようとしたのだろう。
しかしそれが敵戦車の命運を完全に断ち切った。
砲弾は側面に直撃し、派手に炎上した。
「ざまあみろ、これがイルダーナ人の力だ」
アーチボルドは豪快に笑った。
「少将、敵の増援です」
砲撃手が伝えた。
T-6の正面から続々とホルス軍の戦車が押し寄せてきている。
アーチボルドは右手の親指を立てて後ろを指した。
それを見た通信手は後退することを指揮下の戦車に連絡した。
後ろに退く第2装甲師団に対し、第3歩兵師団は前進を続けていた。
彼らはベロボーグ市庁舎をめぐって戦闘を繰り広げている。
歩兵師団は市庁舎前の庭に展開し、ホルス軍は市庁舎入り口に機関銃を並べて対抗している。
庭には大きな噴水があり、歩兵師団の一部はそこを塹壕代わりに使っている。
「まだ突破できんのか!」
アランは不機嫌だ。
敵の防衛線を強行突破して一気に市庁舎まで進撃したが、市庁舎の守りは固く、2度にわたって行われた突撃はいたずらに犠牲を増やすだけだった。
「庁舎を砲撃して敵を外に炙り出せ! 出てきたところを一挙に叩け!」
迫撃砲が強烈な爆裂音を鳴らし、市庁舎のエントランスに破壊をまき散らす。
エントランスはコンクリート片で埋もれた。
弾幕を張るホルス兵の姿は見受けられない。
榴弾砲が市庁舎の2階より上を攻撃する。
ガラスが割れて火災が起きた。
アランは微笑した。
彼の目論見通りに敵が燃える市庁舎から飛び出してきたのだ。
「撃て、撃て!」
圧倒的な火力が奔流となってホルス軍に打ちつける。
反撃する間もなく倒れていくホルス兵。
「突撃だ!」
アランが命令を出したとき、電報が届いた。
「ベロボーグ全線戦において敵勢力の激しい抵抗により、戦線維持が極めて困難に陥った。直ちに市街地の外まで後退して態勢を立て直されたし」
アランは電報を破り捨てた。
「ふざけるな! やつらの前線が崩壊しようとしているのになぜ退かなければならんのだ!」
「このままでは味方のいない側面からホルス軍が殺到します。速やかに後退を」
副官が言う。
アランは舌打ちしてしぶしぶ撤退を指示した。
******
イルダーナ軍撤退。
これはホルスにとって重要な出来事だ。
開戦以来敗戦続きだったホルス軍がベロボーグでようやく勝利を掴み取った。
イルダーナにとっては大きな敗北だ。
ベロボーグを突破して首都トリグラフを攻略して短期間のうちに終戦を迎えるはずが、計画が狂ってしまい、短期決戦から長期持久戦へ戦略をシフトする必要性を生じさせてしまった。
しかしたった1度負けただけにすぎない。
ブルーノはもうひとつの半島の付け根にあたる都市ヴェレスへ兵を向けるよう命じた。
ヴェレスにもかなりの大軍が控えている。
ヴェレスは資源豊富な南部と半島を結ぶ要衝であり、ムスペルヘイムからの物資輸送の中継地点でもある。
ムスペルヘイムの支援によって戦線を維持しているホルスにとってそこは生命線といえる。
イルダーナ軍はダスティン・ボイエット中将にヴェレス攻略を命じ、他の将にはホルス南部攻略を命じた。
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