第三章 運命を呪います(怒)

第13話 黒いウエディングドレスの男の娘


「総合成績三勝二敗によりバラ組の勝利とする」


 わあああああああああ!!!!!


 バラ組サイドから歓声が響く!

 やった!!やったぞ!!

 勝った!!バラ組がこの団体戦を制した!!

 安心したからか一気に疲労が襲って来て脱力する僕、正体がバレる前に、早々に退散しなくては…


「さあ、約束の物を差し出すニャ!」


 カグラはニヤニヤとルナに詰め寄り、プルプルと震える手で差し出される白いカチューシャ五個セットをふんだくる。


「これはこれで良しとするピョン!まだカチューシャ争奪戦は決着してないんだからピョン」


 そうなのだ、この団体戦の勝利分を入れてもまだバラ組はカチューシャ八個、ユリ組は五個、

 ノルマの十個には達していないのだ。


「勝負はこれからピョン!こっちにはまだまだ凄い選手が大勢いるのだからピョン」


「負け惜しみにしか聞こえないニャ!」


 からかうカグラ、また不毛な二人の口喧嘩が始まるのか?そう思っていると…


「もうこの茶番、いい加減に終わらせて下さらない?」


 美しいソプラノボイス、上品な物言いだが酷く冷たい感じの声がし、皆が一斉にその方向を見る。


 いつから居たのか、そこには黒い日傘をさした全身黒ずくめの女性が立っていた。

  着ているのは黒いドレス?いや全体に散りばめられた花の装飾から受けるイメージはウエディングドレスだ。

 漆黒の黒髪は腰よりも長くサラサラと美しく風にたなびいている。

 しかし顔や露出している胸元や肩は透ける様に白く、衣服とは対照的だ。

 そして、これもまた黒いベールを被り、右目にはアイパッチをしていた。

 この格好は…まさかニュースでやっていた不審者!?


「ミヤビ…」


 とても小さい声でつぶやくカグラ、まさか知り合い?周りのみんなには聞こえていない様だが…。


「何者ピョン?部外者は邪魔しないでピョン!」


 ルナが黒いウエディングドレスの女に突っかかり、歩みよろうとした瞬間、割って入る様に人影が飛び込んで来た。

 それはバニーガールだった、黒いウサミミ付のカチューシャを着け、髪は雪の様に白くフワッとしたボリュームのあるショートヘア、黒いバニースーツと網タイツに身を包みハイヒールを履いている。

 瞳の色はウサギの様な赤、感情が微塵も感じられない冷たい表情だ。


「お久し振りウサ、お父様」


 バニーの冷徹で淡々とした物言いだったが語尾の「ウサ」が全てをぶち壊している、何?その語尾!


「アルテミス~!今までどこに居たピョン!お前が居ればこの団体戦だってユリ組が楽勝の筈だったピョン!それに公の場ではアッシの事はルナ様と呼ぶピョン!」


 何だと?このアルテミスと呼ばれたバニーガールとルナが親子?もう何が何やら…

 アルテミスはルナの言葉に特に反応せず、バニースーツの胸元からおもむろに何かを取り出す。

 あれは白カチューシャ?しかも二個!って言うかどうやって入れていた?そんな物。


「くれてやるウサ」


 その独特な語尾で静かに言い放つと、カチューシャを僕らの方へ放り投げて来た。


「それで十個揃った筈ウサ、この勝負はお前たちの勝ちでいいウサ」


「何を勝手な事を!お前は自分が何をしたか分かっているのかピョン?」


 激怒するルナ!しかし次の瞬間、アルテミスに首を掴まれ右腕一本で持ち上げられる。


「がっ…はぁ!…何をす…る」


 アルテミスの腕を掴んで抵抗するルナであったが、振りほどく事が出来ない!


「何をしたか分かっていないのはあなたの方ウサ!」


 ギリギリとルナの首を絞めているアルテミスの手に、より力が籠る。


「こんなバラ組の様な素人集団に後れを取るとは、あなたの指導力が問われるというものウサ、そろそろ統領の座を退いて頂けませんか?ウサ」


 目が合った者が凍り付いてしまうのではないか、そんな冷たい目でルナを睨みつける、これは明らかに怨恨の籠った目だ。

 ルナの体が光り始める、アニマの光だろうか?その光が徐々に首を掴んでいる腕を伝ってアルテミスの体に移動している様に見える。


「がああああああ!!!」


 苦しそうにうめき声を上げるルナ。


「あれは…アニマアブソーブニャ!」


 カグラが叫ぶ!果たしてアニマアブソーブとは?


「相手のアニマを吸収して自分のものにする技ニャ!ハルカが使うアニマヒーリングとは対極に位置する技で、あまりに危険ニャから流派に関わらず使用は禁止されているニャ!」


「そんなに危険な技なのか?」


「そうニャ!アニマを完全に吸い上げられた者は二度とアニマを使う事が出来なくなるニャ!

それはトランスファイターにとって死を意味するニャ!」


 確かにそうだ、だがアルテミスが実の父にここまでする真意とは?

 そしてアニマを吸い上げられるルナの体に異変が起きた。

 可愛らしいピンクのロリータファッションに身を固め、ウサミミの付いたフードを被った少女の外見だったルナの体がどんどん大きくなり、筋肉も付き始め、体格が成人男性のそれになっていった…見る見る破けていく甘ロリドレス。

 体の発光現象が収まるとアルテミスは、さっきまでウサミミ甘ロリ少女ルナだった男性の首から手を離す、ドサッと地面に倒れ込む男性は、上半身にビリビリに破れた女児服が纏わさっているだけの半裸状態だ、余りにも酷過ぎる!


「ルナ様~!」


 駆け寄るユリ組の面々。


「いい気味ウサ」


 実の父を手に掛けたというのに何も感じていなさそうなアルテミス。

 ルナは確かに嫌な奴だったが、ここまでされたのを目の当たりにしていい気分はしない。


「お見苦しい所をお見せしたウサ、私の名はアルテミス、稲葉アルテミスウサ」


 何事も無かったかのように自己紹介するバニーガール。


「アルテミスさん…本名ですか?随分とユニークなお名前で…」


 イツキが尋ねる、確かにそうだ、アルテミスはギリシャ神話に出て来る月と狩猟の女神の名だ、少なくとも男性に付ける名前ではない。

 途端にアルテミスの顔色が変わる、握りしめた拳がワナワナと震える…明らかに怒っている様だ、もしかして触れてはいけない部分だったのか?


「あ~そうウサ!男なのにアルテミスと名付けられて、小さい頃どれだけいじめられた事かウサ!」


 やっぱりかい?!イツキ~お前地雷踏んだぞ~!

 ちょっと前までキラキラネームなる親のエゴで子に名付ける痛い名前が流行ったが、これは更に質が悪い…僕だったらグレるね間違いなく。


「トランスアーツも当然の様に仕込まれたウサ!、それにこの語尾ウサ!この父親にキャラ付けと称して強制され続けて、すっかり口癖になってしまったウサ!」


 こればかりは同情せざるを得ない、僕には他人事に思えない所がある。

 ルナ、あんたは自業自得、アルテミスに復讐されて当然だ。


「アルテミス、あなた御自分の個人情報を垂れ流し過ぎですわよ、

それにもうそろそろ本題に入りましょう?」


 コホンッ!と軽い咳払いをし、黒ウエディングドレスの女はアルテミスをたしなめる。


「ハッ!申し訳ありません、ミヤビ様!」


 アルテミスはミヤビの脇に下がり、ひざまづく。

 何かさっきまでの不気味で神秘的なな印象がコミカルな方向に行ってしまったんですけど…


「うふふふふ…初めまして皆さん、わたくしは月宮ミヤビと申します、以後お見知りおきを…」


 ミヤビはスカートの裾を手で掴み上げ上品にお辞儀をして見せた。


「月宮…!?」


 イツキが過剰に反応し明らかに動揺している、知っているのかイツキ?


「あら、お気付きの様ねそこのセーラー服のお嬢さん、そうよ…私はそこにいらっしゃる月宮カグラの息子ですもの」


 こっちも息子?どうなっているんだ…もう訳が分からないよ!


「ミヤビ!まさかお前もそうなのか?ワシを恨んでいるのか?」


 珍しくカグラの言葉には語尾が無かった。


「恨まれてなかったと本気で思っていたのだとしたら、お父様も相当おめでたいとしか申せませんわね!!」


 ほんの少しだが語気を強めるミヤビ、こっちも家庭の事情らしい…勘弁してくれ…


「まあ、その話は今はよろしいでしょう…今日わたくし達がここを訪れた一番の理由は宣戦布告ですわ!」


「宣戦布告だと?」


 とうとう黙っていられなくなり、多少声色を作ってだが僕はミヤビに問うた。


「あらぁ?可愛いメイドさん、あなた喋れたのですか?」


 ニヤニヤと僕の顔色を窺うミヤビ、何か見透かせれている様な嫌悪感が伝わって来る。


「そうよ!お父様とその一派バラ組を完膚なきまで叩き潰します!

そして【全人類男の娘化計画】を成就する事を宣言いたしますわ!!」


「何だってええええええ~!!?」


 その場にどよめきが起こる!


「人類は女性を排除し男性と男の娘だけの理想郷をこの地上に構築するのよ!みんなみんなスカートを履くの!!」


 あっ…悪魔の発想だ…恐ろしい…恐ろしい…。


「そんな頭のおかしな計画は断じて許さない!みんなもそう思うだろう?」


「果たしてそれはどうかしら?」


 余裕の笑みのミヤビ。

 みんなに問いかけてみて僕はハッとした!

 そうだ!ここにいる人達は僕以外トランスファイター!いわゆる男の娘!

 もしかしたらこの計画に賛同してしまうのではないか?


「中々興味深いお話ですね…」


 イツキが食いついた…おい!まさか?


「でも、私は世界を変えてまで自分の趣味趣向を他人に押し付けようとは思わない」


 そう言って僕に近づき口からマスクを剥ぎ取るイツキ、あっ!!


「大丈夫!アキラは間違ってないよ、私はどこまでもアキラの味方だから…」


 僕の顔を覗き込みニッコリ笑うイツキ。


「何だバレてたのか…恥ずかしいな~」


「途中からね、だっていつまでたってもアキラが戻って来ないんだもの」


「え~?キララちゃんてアキラの変装だったのか?オイラ気が付かなかった~!これじゃあアキラの彼女失格だ~!」


 悔しがるミナミ。


「ミナミ…僕はお前を彼女にした覚えはないぞ!」


「じゃあ、アキラがオイラの彼女になってくれ!」


「そうか~アキラはんもウチら側の人間やったんやな~後でジュンに教えてやらなあきまへんな~」


「違う!そうじゃない!これは団体戦のため仕方なく…!」


 アイまで僕をイジッてくる、ああ、もう勘弁してくれ~!

 良かった、バラ組にはエゴだけを通す様な自分勝手な奴はいなかった!

 ただ、ミヤビとアルテミスの側にも集う者たちが居た…

 チャイナのタツミと、くのいちカナメの二人だ。


「アタシはアナタ達の方に付くネ!正直全然暴れ足りないアル!」


「拙者も右に同じ!仕える主は自分で決めるでござる」


「歓迎いたしますよ御二方、これで我が【月華団】はより力を付ける事になるでしょう!」


 大きく天を仰ぎ団の名乗りを上げるミヤビ!


「月華団?!ユリ組じゃないのか?」


「そう…誰の手にも穢されない月に咲く高嶺の華、我々に相応しい名ではなくって?」


 月華団!恐ろしい組織が新たに現れた!


「では残りの方々はわたくし達に敵対と言う事でよろしいですか?気が変わってわたくし達に賛同するならいつでもいらしてね

歓迎いたしますわ

でも今日の所はこの辺で引き揚げますわね、あなた達もお疲れでしょう?」


 冷たい笑顔のミヤビ、目が全く笑っていない。


「ご機嫌よう、次にお会いする時を楽しみにしておりますわ」


 優雅にお辞儀をし、ミヤビはアルテミス達を引き連れこの場を去った。

 あ~どっと疲れた、まるで嵐の様な出来事だった。


「さて…僕たちも家に帰ろうか…」


 僕はう~ん!と伸びをした。

 母さんがマイクロバスをチャーターしてくれたのでみんなで一緒に帰れる。


「カグラ、帰ったら事情を聞かせてもらえるか?」


「分かったニャ…」


 らしくなく沈んだ表情のカグラであった。

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