未確認生命体合同捜査本部
「先輩!」
部長が血相を変えていつもの空き教室に飛び込んできたので、僕はてっきり部長もサザエさん時空とやらに気付いてしまったのかと思った。
「大変だ! 捜査本部が先輩に目を付けた!」
「捜査本部?」
記憶がないので定かではないが、警察のお世話になるような悪事を働いたことはないはずだ。多分。
「未確認生命体合同捜査本部だよ! 厄介なとこに見つかっちまった!」
「クウガかよ!」
いっちゃんが辛辣な突っ込みを入れる。
「ふふふ、偽怪部の後をつけて正解だったな」
いつの間にやら空き教室のドアに一つの影が立っていた。
「見つけたぞ未確認生命体! のっぺらぼうだな!」
髪の毛というものが全く存在しない頭に、ぷつぷつと生えた無精髭。不適な笑みを浮かべるその人物は、僕の顔をぎろりと睨んだ。
「俺は未確認生命体合同捜査本部の部長」
「じゃあ本部長だね」
「いや先輩、あいつらは『未確認生命体合同捜査本』を出す部なんだ」
「なんだよそのマニアックかつニッチな本限定の部は!」
いっちゃんが勢いよく突っ込む。偽怪部やら工作部やらがある時点で充分におかしい気はするけれど。
「未確認生命体! それは聖なる力! 未確認生命体! それは未知への冒険! 未確認生命体! そしてそれは、勇気の証!」
「マージ・マジ・マジーロ! って違う!」
「絶好調だなあいっちゃん」
「校内をのっぺらぼうがうろついているという噂を辿ってみれば、これがどうだ! のっぺらぼうを見つけてしまったぞ! 次の合同誌は分厚くなるな!」
「うん。のっぺらぼうは未確認生命体なのかい?」
僕が至極真っ当な質問をぶつけると、本部長は不敵に笑う。
「未確認生命体というのは、確認されていなければいいんだよ」
「じゃあ駄目じゃないか」
僕が至極真面目に言うと、本部長ははてと首を傾げる。
「君は僕を確認してしまった。その時点で僕はもう未確認ではなくなっている」
口をあんぐりと開け、雷に打たれたように硬直する本部長。
「なんということだ――部長たる俺が未確認生命体合同捜査本部の本質を見失っていたとは――」
「あ、引き下がるんだ……」
部長が申し訳なさそうに呟き、本部長の肩をそっと叩く。
「そうなんだよ。気付かされた。未確認生命体は未確認だから未確認生命体なんだって……。見つけてしまったらそれはもう未確認生命体じゃないんだ……。俺達が追い求めるものは、近づきたいけれど直に触れてはならないものだったんだ。クソっ、次の合同誌に向けていいネタを見つけたと思っていたのに……原稿どうすればいいんだ!」
「いや知らねえよ!」
「でも、未確認生命体なんて世間にはいっぱい溢れてると思いますよ?」
にーこが慈愛の笑みを浮かべて切り出す。
「例えば、通販番組に出てくる実際に商品を購入して感想を寄せた人、とか」
にーこの笑みが途端にうすら寒いものに見えてきた。
「あー、確かに。よく番組の伝えたいポイントを的確に突いた感想を送れるよなーって思うもん。都道府県や年齢や性別や苗字を出すことはあるけど、そんなものいくらでも捏造出来るしな」
いっちゃんが乗っかる。
「テレビだとたまに人物が出てくるけど、素人にしてはきちんと話しすぎてるよな。芸能人とかならダイレクトマーケティングをお願いすればいくらでも嘘吐くし」
「なるほど、本当にいるのかわからない存在。本部長、これは未確認生命体だ!」
部長が満面の笑みとサムズアップで本部長を励ます。
「え、いや、あの……」
「他にも、ニュースなんかの記事で出てくるその話題に詳しい関係者とか」
「新聞の記者なんてのは超一流のエリートだしな。自分でいくらでも取材出来るはずだし、作家へのインタビューなんかは読者にわかりやすいように、自分の知識レベルを落として質問してる。都合のいいことを言ってくれる関係者を探し出すより、自分だけの力で裏を取ってそれに説得力を持たせるために関係者をでっち上げた方がやりやすい」
「ネットニュースの記者だったらネットで起こった事件に詳しくないはずがない。それでも独断で記事にしましたというよりは、関係者を持ち出して話を聞いた体にした方が通りがいい。本部長、これも未確認生命体じゃないか!」
「ええっと……はい」
本部長は完全に畏まってしまっている。
自分の本懐と全く別方向の事柄を矢継ぎ早に挙げられれば、そりゃあこうなるだろう。しかも当人達はネタがないという本部長への善意から喋っているのである――にーこはどうだかわからないが。
だが、それもすぐに決壊する。
「だあああああ! やーめーろー! 未確認生命体合同捜査本部の存続を危うくするようなことばっか言いやがって! ちょっとそっちで書いてみようかとか思っちゃったじゃないか! そんな自分が情けない!」
いっちゃんと部長はきょとんとした顔をして、にーこは変わらない慈愛の笑みを湛えている。
「ばーかばーか! 二度と来ねーよ! ばーか!」
語彙力の低下著しいまま、本部長は涙目で空き教室を出ていった。
「まあ、とりあえずは先輩を守れたからよしとするか」
部長がまだ事情が呑み込めない様子の中笑う。
「そうだ部長、みっち呼んでくれないか?」
「みっち? まだ部室にいると思うけど、なんで?」
「話さなくてはならないことがあるんです。先輩の一味は、全員知っておいたほうがいいかと」
「一味ってなんだい」
僕の不満を無視し、いっちゃんとにーこは真剣な顔で部長を睨む。
ああ、またあのややこしい話を始める気なのか。『サザエさん時空』を突き付けられた人間は誰もが動揺する。なら別段動揺しない僕はなんなのだろうか。
なんなのって、そんなものは決まっている。僕はのっぺらぼうだ。
まあ気楽に聞き流すだけでいい。どうせ僕はのっぺらぼうなのだから。
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