マジレスにマジレス

「ネットって言えばさ」

 いっちゃんが若干不機嫌そうにだが口を開く。

 偽怪部の部室を後にした僕はいつもの空き教室に顔を――ないのだけど――出した。

 そこでは例の如くいっちゃんとにーこが待っていて、僕の遅刻を責めた。

 確かに放課後になってこの空き教室に顔を出すのは、僕に顔があった頃からの伝統のようだが、何せ僕はのっぺらぼうであると同時に、学校の時間割から逸脱した存在である。

 時間の感覚は、僕には殆どないと言ってよかった。元からの性質なのかのっぺらぼうになったからなのかは知らないが、僕はどれだけの時間でも、退屈を感じずに経過していくことが出来た。これ即ち、どれだけ時が経とうが知ったこっちゃないという状態に常に身を置いているということになる。

 一応偽怪部の部室に身を置いている時でも日中は授業のチャイムが鳴るが、記憶というものが抜け落ちている僕はそれが何回鳴ったのか、何時間目のチャイムなのか、判断することが出来ないのである。悩ませるだけの頭がないのだ。

 そういう訳で、僕が放課後の到来を知るのは大体部室に部長とみっちが顔を出しにくることで、ということになる。部活がない時――これは僕が部室で寝起きするようになってから殆どないのだが――は外の暗さと、チャイムが何時間も鳴らないことで漸く気付くというパターンだ。

 なので本来ならば部室に部長とみっちが顔を出した時点でいっちゃんとにーこの許に向かうべきだったのだが、今日はみっちが頭を悩ませていたのが気になったのでそんなことはすっかり抜け落ちていた。

 なので釈明ついでに先程の会話について話すと、二人共興味深げに耳を傾けてくれた。

 それでも完全に機嫌を直してくれないのがいっちゃんのようだ。

「くねくねが一番有名な話だよな」

 しかしきちんと話題を振る。いい子だなあ――などと感慨にふけるのであった。

 にーこが頷いて引き継ぐ。

「主に田舎で田んぼの中に白いくねくねと動く何かを発見して、その正体を確認すると発狂するっていう話――ですよ、先輩」

「え? うん、聞いてるとも」

 どうやら記憶のない僕に梗概を話してくれたらしい。いい子だなあ――などと再び感慨にふける。

 そういえばみっちも、インターネット上の怪談としてくねくねとやらの名を上げていた。

「で、これに論理的な解釈を求めようとする人間もいるんだよな。どう思う? にーこ」

「不粋――かな」

 いっちゃんはにやりと笑って頷く。

「先輩のために説明しておくと、このくねくねの正体を局地的に発生した蜃気楼だの、発狂したのは熱中症で朦朧としたせいだのと理屈をこねる人間がいるのな」

「うん。でもそれは真っ当な反応なんじゃないのかい」

 怪異の正体を見極めたいのは人間の性だ。

「確かに、例えば妖怪の場合はそうした解釈は有効です。妖怪は起こった事象に名を付けて像を与えたものが多くを占めますからね。だから、その大元の事象は確かに起こったこと、あるいは体験者が誤認したこととして解釈することが出来ます」

「でも、今回の場合はちょっと事情が違う。くねくねは、明らかな創作怪談だ」

 断言しちゃったよ。

「体験談の体裁を取ることはあっても、それは明らかにネット上で生まれた怪談なんだよ。例えば、くねくねが出現する田舎の年寄りはくねくねを見てはいけないということを知っている。つまり口碑伝承が残っていることになるんだ。だけど地史や世間話研究で、今まで一度としてそんな伝承は確認されていない。しかもくねくねは特定の地域だけに限定されているどころか、話によって実に様々な場所で目撃されている。つまりある地域だけでひた隠しにされてきて表に出なかったっていうかなり無理のある可能性すら否定している」

「つまりネット上で不特定多数の人を怖がらせるために創作された怪談というのが真相という訳です」

「身も蓋もないなあ」

 僕が言うといっちゃんは機嫌を直したように鼻を鳴らし、話を続ける。

「例えば怪談でも、怪談実話ってやつはまた趣が違うよな」

 怪談実話――実話怪談。その辺りの正しい言い方を僕は知らない。

「怪談実話の作家さんは、実際に体験者に取材をして書いてるんです。つまり、嘘は書いてない――書いちゃいけない訳ですね」

「この場合の嘘っていうのは、体験者の体験したこと以外って意味な。つまり、体験者が実際に感じたのなら、それが仮令幻覚だろうと悪戯だろうと、真実になるんだ。体験談っていうことが重要で、解釈は意味がない。まあ勿論いかに怖く書くかっていうのは作家の腕の見せどころなんだけどな」

「ちょっと脱線しましたね。怪談実話と、ネットの怪談はまるで違うものということです。作家が名誉に懸けて確かな体験談と標榜する怪談実話と、誰でも書き込めていくらでも創作出来るネットの怪談では信用性がまるで違います」

「それに、怪談実話だって解釈はするだけ無駄なんだ。だからくねくねみたいなあるべき伝承のない、明らかな創作怪談に理論的な解釈を挟むことは全くの無意味だろ?」

 それはまあそうだろう。話者は聞き手を怖がらせることだけを目的に怪談を作ったのだから、そこにああだこうだと文句をつけても始まらない。

「ネタにマジレスってやつだよ。不粋も不粋。わかってねえんだ」

「でもね、いっちゃん」

 にーこが優しく諭すように口を開いた。

「そんなことを言うのは、この場だけに留めておいた方がいいよ。ここにいるのはいっちゃんのことをきちんと理解している、気兼ねなく話すことの出来る人だけだから、いっちゃんの言うことは正論だときちんと理解出来る。でも、不特定多数の人がいるところでそんなことを言えば、むしろこっちが不粋だと見做されると思うの」

「ネタにマジレスより、マジレスに別ベクトルのマジレスをする方が性質が悪い――ということだね」

 仮令僕達が無意味と断じようと、議論をしている人達自身は至って真剣に話をしているのである。そこに乗り込んでこれは無意味だ不粋だ即刻やめろと言い出すのは、相手からすれば迷惑なことこの上ない。

 いっちゃんは苦笑しながら頷いた。

「いい子だなあ」

 思わず声に出していた。

「う、うっせえ先輩」

 ネタのつもりなのにマジレスしなくても。

「確かに気持ち悪いですよ、先輩」

 そこにマジレスをし返さなくても。

 ここで僕はこれまでの会話の内容を痛感したのだった。

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