一人はぼっちではなくぼっちは孤独ではなく孤独は一人ではない
「一人で食う飯って――美味いよな」
いっちゃんは何かを悟ったような顔で言った。
「どういうこと? いっちゃんお昼はいつも私と食べてるじゃない」
にーこが首を傾げて、いっちゃんはしたり顔で低く笑う。
「いやな、家は三世代同居で、朝も夜も必ずと言っていい程誰かと食卓が一緒になるんだよ」
「はいはいそれで?」
部長は投げやりといった感じで話を促す。
「それがこの間、親戚の法事でじいちゃんばあちゃん父さん母さん姉貴二人が出かけて、家にあたし一人になったんだ。五千円札一枚置いて、それで好きな物食えって書き置きがしてあった」
ふふふふ、と例の低い笑いで間を繋いだ。
「好き放題やってやったさ。たっかい店屋物頼んで一人で食った。家の中に人気がまるでない中、誰に邪魔されることもなく黙々と食ってやったさ! それがもう美味いのなんの」
「贅沢病ですねー」
みっちがやれやれと言った感じで呟く。
「毎日一人寂しくごはんを食べてる人だっていっぱいいますよー。慣れてないから美味しく感じるだけで、それが平常になったらただ虚しいだけですー」
「なんだよみっち、『世の中にはもっと不幸な人がいる理論』か?」
「その理論は頭が悪いから使おうとは思いませんよー」
ただし――とみっちは咳払いをする。
「ぼっち飯が常習化している人の前でそんな話をするのは腹が立たないこともないですー」
いっちゃんは少しの間ぽかんと口を半開きにしていたが、やがてみっちの肩に手を置いた。
「わ、悪いみっち」
「同情は不要ですー」
ですが――とみっちは話を切り替える。
「普段人がいる空間に自分一人だけという快感がわからない訳でもないですー。例えば早朝の道路とか、人も車もいない中、自分だけが歩いてるっていうのは気持ちいいものじゃないですかー」
わかるわかるといっちゃんとにーこが同意する。
「その理論だと、世界が滅んで地球に自分一人だけになったら気持ちいいってことになるのか?」
「それは違うだろ」
部長の意見は即時棄却された。
「本来なら人がいるってことがわかり切ってるからこそ、そこに人がいないのが気持ちいいんじゃないか。非日常のすぐそばには正常な日常が寄り添ってないと意味がないんだよ」
「避けることも戻ることも出来ない非日常はもう残酷な現実でしかないですからね」
そこでにーこがちらりと僕を見た。
「でも、そうなると便所飯はいまいちだよな。昼休みのトイレなんて絶対人入ってくるし、個室に立て籠っても人の気配はどうしても感じるしな」
「多分だけど、それって愉快犯だったんじゃないかな」
にーこが言って、みっちを見る。
「みっちはお昼を一人で食べてるんでしょ?」
「傷を抉りますねー。そうですよー。ぼっち飯上等ですー」
「それで、周りの目は気になる?」
「ますます抉ってきますねー。そりゃあ気にならないと言えば嘘になりますよー」
「でも」
「もう割り切ってますー」
みっちが一人で昼食を食べるということは、クラス内では周知の事実ということになる。
「それである日突然お昼に教室からいなくなったら、逆に目を引くよね。それも弁当箱を持ってだったら、ますます。しかも弁当箱を持ったままトイレに入っていくとこを見られでもしたら」
「むしろもっと酷い言われ方をされますねー」
そう。便所飯にはメリットなどない。むしろトイレに昼食を持ったまま入っていくという現場を見られるという大きな危険を冒さなければならず、あまりにリスクが大きすぎる。それならばいつも通り一人で昼食を取るのが上策だ。
「だから便所飯を実行したのは、普通に友達もいて、普通に昼食を一緒に食べる相手もいて、なのに孤独を気取った行動をしたいお年頃の女子だということじゃないですかね」
「つまり――」
「放っておけばその内飽きますよ」
時間が解決してくれる訳だ。
「時間は偉大だなあ」
「全く」
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