見立てとポケモンと妖怪ウォッチ

「妖怪カンヨークーぅ?」

 いっちゃんが呆れ返ったような声で言った。

「そんな妖怪がいるのかい」

 話の流れを掴むことが出来ない僕が訊くと、そんなものいる訳ないじゃないですかとにーこが辛辣に答えた。

「しっかし酷えネーミングだな。まんまじゃん。捻りもクソもない」

「まあでも、出たものは出たものだし」

「出たって、何が?」

「何って、だから」

 妖怪カンヨークー――

 だよ。

 ですよ。

 と、二人が同時に言った。

「えっと、ちょっと待って。妖怪カンヨークーなんてものはいないんじゃなかったのかい」

「いませんね」

「そんな伝承は全くないしな」

「それが、出た……?」

 二人共頷く。

「妖怪はそもそもいませんからね」

 にーこが言って、

「だから見立ててなんぼなんだよ」

 いっちゃんが引き継ぐ。

「見立て?」

「『画図百鬼夜行』の後に、妖怪図鑑のパロディ本がたくさん出てるんだ。で、そこに出てる妖怪は、人間の性分を妖怪に見立てたものが多い。例えば『しわん坊』『爪の火』っていうのなんかは、人の爪に火がついた画で描かれてる。これはケチを例えた『爪に火を灯す』っていう言葉からの見立てだ」

「それが意外と生き残っているんです。後年の妖怪カルタでも、『利欲の心火』という名前で出ていたりします」

「見立てで出来た洒落の創作妖怪も、きちんとした妖怪として機能するんだよ。だから、妖怪なんてのは適当に作って適当に消費するのが一番いいんだ」

 なるほどと僕は頷く。

「妖怪は決して高尚なものじゃない。通俗的で、馬鹿で阿呆なものなんだね」

「そうですね。だから『妖怪』という接頭辞を付けたり、それっぽく言葉を変えれば、それだけで妖怪として成立するんです」

「それで成功したのが妖怪ウォッチだよな」

 おやと僕はいっちゃんの言葉に反応する。

「新しいものの名前を出すね」

「それを言うならポケモンだって流行りだした時は江戸時代の妖怪とよく比較されたぜ」

「妖怪ウォッチもポケモンとよく比較されているよね」

「ポケモンは江戸時代の妖怪と仕組みは同じなんだよな。名前を付けて、分類する。ポケモン図鑑は即ち妖怪図鑑で、おもちゃ絵の中の物尽くし絵の中の化物尽くし絵が流行ったのと似てるんだよ。一つの種類のものを一枚の紙の中に枠分けして描いてある物尽くし絵はそれこそ蒐集して名前を与えて分類するのと同じ楽しみがある訳だ」

「それと妖怪が違うのは、ポケモンはどこまで行ってもポケモンという括りから抜け出せないことですね。妖怪はぽんと出てきても、その後ろに膨大なバックグラウンドがあるんです。深みにはまればどこまでも潜っていける。でもポケモンは明確なグループの創作物でしかない」

「妖怪ウォッチはその間って感じかな。見立てで出来た創作妖怪はポップで、過去から続く妖怪画の系譜に当てはまらないものが多い。殆どが見立ての創作妖怪――さっき言った言葉遊びや洒落で出来たものだけど、それを言えば石燕だって似たような作り方をしてる」

「石燕はもっと複雑だけどね。一枚絵と動くことが前提のゲームやアニメのキャラクターの性質が違うのは当然だけど」

「『妖怪ウォッチの妖怪』は多分『妖怪ウォッチの妖怪』という括りから抜け出せないのが大半だろうけど、『2』では古典妖怪っていう伝統妖怪のデフォルメ版が出てきたし、これからどうなるのかが楽しみだよな」

「最近だと妖怪というジャンルに足を踏み入れるきっかけは人それぞれだしね。本流の『ゲゲゲの鬼太郎』も多いだろうけど、敵キャラとして出てくる『忍者戦隊カクレンジャー』や『侍戦隊シンケンジャー』だったり、少年漫画やアニメだったり、これからの世代は妖怪ウォッチからっていうのも増えるんじゃないかな」

 だから――といっちゃんは締めに入る。

「妖怪カンヨークーなんてものが出てきても、おかしくはないんだ」

 それにしても酷いネーミングの妖怪もいたものだなあ、と僕は思うのだった。

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