しくほく

 ラップ音がする――と思っていただきたい。

 僕が偽怪部の部室で寝入っていると、「べしっ」だとか「ごとっ」だとかいう音が校舎から響いてくるのだ。

 普通なら眠った人間はこの程度の音で目を覚まさない。だけど僕はそれに気付いて目が覚めてしまった。

「ぬらりひょん、この音はなんだい」

 部室の中に立っているぬらりひょんに声をかける。夜だというのに墓場で運動会を行う訳でもなく、ぬらりひょんはずっと僕の近くにいる。

「ラップ音だろう」

 そう言ったぬらりひょんからはどこかふざけた感じがした。

「ラップ音――聞いたことがあるような、ないような」

 なにせ僕はのっぺらぼうであるから、記憶というものが非常にあやふやというか、ないに等しい状態なのだ。

「霊現象の前触れとして言われている現象だ」

「へえ、ならこの音の後には何かが登場するのかい」

「そうだな。ほら、出てくるぞ」

 天井から、小さい何かが落ちてきた。

 見た目は小鬼というのがしっくりくる。茶色い身体に襤褸を纏い、針金のような髪の毛の間からは二本角が見える。ただしその全長は掌サイズで、簡単に握り潰せそうな程小さい。

「ややこしいじゃないか!」

 その小鬼は甲高いきいきい声でいきなり叫んだ。またか、と僕は溜め息を吐く。

「えっと、君はなんていう妖怪なのかな」

「おいらァ鳴家やなりだよ」

「家鳴りというと家の建材が軋むというあれだね」

「まあ、そうでもあるけどさあ、おいらはれっきとした妖怪なんだよ。家や家具をぎしぎし言わせる、そりゃあ立派な妖怪様だ」

「ああ、ならラップ音の正体は君ということかい」

「そう――ならいいんだけどなぁ」

 はあ、と溜め息を吐いて、鳴家は腕組みをする。

「おいらはな、絶滅危惧種だ」

 ぬらりひょんはそれを聞くとむっと眉根を寄せる。

「何が絶滅危惧種だ。お前はきちんと伝承も残っていれば性質も正確に伝わっているではないか」

「うひゃあ、正真正銘の絶滅妖怪は違うな。だけど堪えておくんな。おいらとあんたじゃ絶滅のベクトルが違う」

「ベクトル?」

 僕が聞き返すと、鳴家はおうよと胸を張った。

「こちらのぬらりひょんは伝承も何も現在に残ってなくて、画だけが残っている。何なのかがまるでわからないという絶滅。対するおいらは、性質が乗っ取られて居場所がなくなっちまったという訳よ」

「乗っ取られた? 誰に?」

 ふん、とぬらりひょんが鼻を鳴らす。

「わしの言葉を忘れたか」

「本当に酷いねえ総大将。自分がややこしいからっておいらまでややこしくしようとするんだもの」

 それを聞いて、僕は漸く合点がいった。

「なるほど、つまり君はラップ音にすり替えられた訳かい」

「ご名答だあ。いや、本当参っちまうよ。あたしの仕業が全部ラップ音になっちまうんだからねぇ」

 まあ、ややこしい。

 ラップ音がして、出てきたのが鳴家だった。

 鳴家が音を出して、正体を見せた。

 多分正解は後者なのだろう。しかしながら現代日本でこれは通用しない。

 鳴家の仕業は全部、ラップ音なのだ。そしてそこに鳴家という妖怪の入り込む余地はない。大体十把一絡げで霊現象ということに落ち着く。

 ところが、今僕の目の前にいるのは鳴家という妖怪なのである。

「まあ、妖怪じゃ説得力がないからね」

 僕が言うと、鳴家はがっくりと肩を落とす。

「そりゃわかってるけどね。あんたに感得されたせいでおいらは久方ぶりにシャバに出てこられたんだけど、ついでにいらない料簡までついてきた訳よ」

「本当に傍迷惑な奴だな」

 もう何度目かの非難を受けても、僕には過去を省みるということが出来ない。

 もしかすると僕がのっぺらぼうになったのは便利な言い逃れの手段なのかもしれないな、とここで僕は思うに至った。

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