カッパ言えるかな?
トイレの花子さんが誰かと言い争っているので、僕は仕方なくそちらへ目を向けた。
「ふ、不潔ですっ! 近寄らないで!」
「だからー、俺はカッパじゃないんだって」
河童がいた。
「あ、おいお前だろ。俺を感得したの」
河童に絡まれた。
「俺はメドチだよ」
そう言って河童もといメドチは息を吐く。
「あのさあ、お前が感得したんだからこのトイレの花子さんに言ってやってくんねえかな。俺はメドチなんだって」
「うん。僕はのっぺらぼうなんだ」
「あ? 本当だな」
「だから記憶がない。君のことも知らないんだよ」
「そりゃないぜ。ややこしい名前で感得した癖に知らないは酷いじゃないかよー」
メドチは大きく溜め息を吐く。どうも僕に感得された妖怪というのは苦労ばかりらしい。まあ、僕のせいのようだけど。
「それで、花子さんはなんでこのメドチが不潔だと嫌うんだい?」
僕が訊くと、花子さんは言うのも厭そうに口を開いた。
「河童は、トイレで女の人の大事なところを撫でるんですよ? そのくせ黄表紙では男色家なんですよ。不潔です」
それを聞いてメドチは、俺はカッパじゃないけど――と前置きしてから話し始めた。
「トイレで女のあそこを撫でるっていうのは、元を正せば水神とそれに仕える巫女の話から出たことなんだよ。ほら、『古事記』でオオモノヌシがヤダタラヒメを射止めようと矢に変身して、川を流れてヒメが用を足してるとこを狙ってあそこを突いたっていう話があるだろ」
「どっちにしろ綺麗な話には思えません」
確かに下世話とも思える話だ、と僕も頷く。
「馬鹿っ、神話にセックスはつきものだろうが。それを否定しちゃ日本列島も生まれないぞ」
まあそれもそうなのかもしれないと僕は頷く。
「どっちの味方なんですか」
花子さんに言われるが、最初からどちらの味方になったつもりもない。
「男色家っていうのはあれだ。尻子玉を狙うってとこから、男のケツを狙うっていうように考えられたせいなんだよ。しかもそれは黄表紙の中の設定だろ」
そして――とメドチは息巻く。
「俺はカッパじゃないんだよ。メドチだメドチ」
「その割には河童の設定をよく知ってるね」
「お前のせいだよ。メドチという名で感得しておきながら、カッパの設定も盛り込みやがって」
「それで、メドチっていうのは何だい」
「青森の方で言うカッパのことだな」
ぬらりひょんが言った。この妖怪は僕が感得したおかげか元からの性質なのか、妖怪には詳しい。ただし捻くれて感得された妖怪達は彼の手に余るらしいので、僕という人物がいかに捻くれていたかがわかる。
「やっぱり河童なんじゃないか」
「違うんだよぉ。いいか、まずカッパっていうのは元々関東の言葉だ」
そうなのかと僕はメドチの言葉を待つ。
「それが全国に広がった結果、日本各地の『カッパっぽい妖怪』はみんなカッパになっちまったんだ」
そこでメドチは口でじゃかじゃかと前奏を吹いて、節をつけて歌い出した。
カッパカッパカッパいっぱいいるよお仲間は
だけどもいにしえの約束せしを忘るなよ
神様だったりしたのかな 河伯 メドツ メドチ サンバイ シージン スジンコ スイジンと
アイヌなら ミンツチカムイ シリシャマイス
猿っぽいよねエンコウは カワウソだってそうだよ カブソ カワッソ
カッパカッパカッパまだまだいるよお仲間は
川立ち男氏は菅原と言っとこう
やっぱり川にいるんだね 川太郎 川子 川子坊主 川小僧
クワッパ ガッパ ガースッパ カーバコ ガータロ ガントロー
ヒョウスベ ケンムン キジムナー
カッパカッパカッパどこにでも
山に入ればヤマワロだ
よく効くお薬カッパから
詫び証文まで書かされて
なんなら祀ってあげちゃおう
カッパカッパカッパ
カッパカッパカッパ
ふう、と息を吐いてメドチは歌い終える。
「その歌は?」
「知るかよ。俺の中に入ってたんだ。お前が感得したせいだな、恐らく」
まるで音楽プレーヤーのような言い草だ。こちらの曲はプリインストールになります。
「つまりだな、今歌ったようにカッパに類する妖怪の呼称は全国に色々あるんだ。それが江戸からカッパという呼び方が全国に広まって、本来の姿が一般に敷衍されたカッパの姿に同一化されたんだよ」
「うん。でも、それは僕のせいじゃないだろう」
「それはそうだ。だがな、お前がメドチという名前で俺を感得したせいで、俺はこんなややこしい事情を内包することになったんだよ。なんでカッパで感得しねえかな」
「河童なら、不潔です」
花子さんが言って、汚物でも見るような目でメドチを睨む。
「いや、だから俺はメドチで――」
「うん。じゃあそれでいいんじゃないかな」
僕は言って、花子さんの肩をぽんと叩く。
「花子さんは河童が不潔で厭だと言う。でもメドチはメドチで、カッパとは違う。なら、そんなに嫌う必要もないだろう?」
「う……うーん?」
両者ともなんだか納得出来るような出来ないような、悩ましい反応を見せる。
「ふん、苦しめ苦しめ。わしに比べればお前達の悩みなど屁のようなものだ」
ぬらりひょんが言うが、即座に花子さんとメドチは反撃に出る。
「妖怪の総大将さんが随分意地汚いですね」
「まあ元々家に上がり込んで飲み食いする意地汚い妖怪だしな」
そう言われるとぬらりひょんはしゅんと萎んでしまう。
「違う……違うのだ……わしはそんな妖怪ではないのだ……」
どちらにしても屁のような悩みには変わりないと、僕は意気消沈のぬらりひょんに呆れてさっさと部室に帰っていった。
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