FOAFの根源

 偽怪部の部室に戻ると――といっても工作部とはすぐ隣なのだが――中で誰かが所在なさげにうろうろと歩き回っていた。

「あ、先輩」

 僕を見止めるとそう言って足を止める。

「にーこ、どうしてここに?」

 にーこは僕をあまり温かいとは呼べない目で見ながら答える。

「先輩がいつもの空き教室にいないので、捜しに来たんです。いっちゃんから先輩が寝起きしている部室の場所は聞いてましたから」

「困るな勝手に入ってもらっちゃ。偽怪部の部室はトップシークレットがいっぱいなんだ」

「だって鍵が開いてましたよ」

 確かに僕が寝床を探してここに行き着いた時も、部室に施錠はされていなかった。

「そ、それは先輩のこだわりで――」

 部長は僕を見るが、残念ながら僕にそんな記憶はない。顔と一緒になくなったのだろう。

「来る者拒まず去る者追わず――かい?」

 僕で適当に思い付いたことを言うと、部長は「そう!」と頷いた。出まかせでも当たることはあるのだ。

 僕はにーこと一緒にいつもの空き教室に向かう。部長とみっちも一緒だ。今回はみっちが文句を言うことはなかった。

 空き教室には予想通りいっちゃんが待っていて、僕は先程のドキドキさんとのやり取りを部長と協力して話した。

「あんまり気分のいい話じゃないな」

 いっちゃんはそう言って腕を組む。

「倩兮ガールズの人気が嘘っぱちってことに気付いてる人は結構いると思いますけどね。あんな学芸会以下のパフォーマンスで喜ぶのは一部のオタクだけでしょうし」

「う、うんうん。そうそう。あんなのは嘘っぱちだよな」

 いっちゃんは慌ててそう言う。

「ああなるほど。いっちゃんはまんまとドキドキさんに踊らされていた側の人間だったんだね。だから真相を知って気分が悪いのか」

「う、うっさい!」

 僕が納得するといっちゃんは顔を真っ赤にして怒鳴る。ただし否定はしない。素直ないい子だなあ、と僕は菩薩のような心持ちでそれを聞いていた。もし僕に顔があったなら弛緩し切っていただろう。

「しかし校内アイドルなんてものをここまで広めた工作部の所業は脱帽ものだな」

 部長が言うと、いっちゃんは大きく鼻を鳴らす。

「人気があると思ってついていく方の身にもなれってんだ」

「そこは自分の審美眼を信じなきゃ駄目だと思いますー」

 いや――と僕はみっちの言葉に待ったをかける。

「今の時代、本当の審美眼なんてものを持っている人なんて殆どいないんじゃないかな」

 そこで僕はみっちに訊く。

「みっち、倩兮ガールズの歌が酷いとか大して可愛くないとかいう意見は誰か別の人から聞いたんじゃないかい」

 みっちはうっと声を詰まらせる。

「まだあんまり話題になってなかった頃、漫研の先輩から聞きましたー」

「そう。人気があるという風説を聞いて飛び付く人は周囲の意見に追随している。そして審美眼云々を言う人はマイノリティの意見を聞いて追随しているんだ。マイノリティとは言っても、一定数の人間が所属していなければマイノリティとは呼ばない。そこで意見を聞いて、初めて意見を持つに至るんだ。自分の意見だと思っていても、どこかで他の同じ意見を聞かないと披歴することは出来ない。悪いと言われているマイノリティの意見があって、そこで審美眼という言葉が出てくるんだね」

「逆行するのがかっこいいと思う人も多いですしね」

 にーこが言って、みっちは唸る。

「最初に風説を流した人なんて誰だかわからないものだしね。FOAF――友達の友達から。都市伝説と同じようなものなんじゃないかな」

「あ、それ私です」

 全員がにーこを見る。

「私が倩兮ガールズはクソだという風説を最初に流しました」

 やれやれ、敵わない。僕の言説は全くの無価値になった。

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