真怪高校工作部

「という訳で、何とかならないかな」

 夕方になると、部長とみっちが部室に姿を現した。部長は目に見えて喜んでいたが、みっちはかなり不満げだった。

 だが僕がぬらりひょんとの会話をかいつまんで話すと、部長は勿論みっちも目を輝かせた。

「久しぶりの偽怪部の活動だな」

 にんまりと笑みを浮かべて部長が言うと、みっちも眼鏡の奥の目を妖しく光らせて頷いた。

「こんなに面白いことはないですよー。でも、どうしましょう」

「みっち、お前漫研なんだろ?」

 頷くみっち。

「だったらぬらりひょんが主人公の漫画を描いてそれを校内に広めるってのはどうだ?」

「流石に無茶ですよー。イメージを固定するなんて、そう簡単に出来ないですしー、私の漫画なんかでそれが出来る訳ないじゃないですかー」

 いや、と部長が何かを閃いたように上を向く。

「こういうのが得意な奴がいるな。工作部だ」

「なんですかそれー」

「偽怪部と同じく一般生徒には知られていないが、その実この真怪高校を裏から操っていると噂される部活だ」

「工作ってそっちの工作かい」

「そんな怪しげな部活があるんですかー?」

「ああ、隣の部室だ」

 ということで僕達は連れ立って隣の部室に押し入った。

 中にあったのは教室に置いてあるのと同じ机と椅子が一揃い。そこに、でっぷりと肥えた眼鏡の男がふんぞり返っている。

「何の用かな偽怪部部長」

「ドキドキさん、あんたに依頼したいことがある」

「悪いが僕は偽怪部の理念というものが理解出来なくてね。工作部はちゃちな悪戯に手を貸す気はないよ――んんぅ?」

 それまで澄まし顔だったドキドキさんは、僕の顔を見た瞬間目を皿にする。

「な、なんだこいつは。これは、ええ――」

「のっぺらぼうだね」

 僕が助け舟を出してやると、ドキドキさんはそうそれだと膝を打った。

「僕をお得意の偽怪というやつにかける気か? いや、しかし、これはどう見ても――」

「いや、今回はのっぺらぼうは関係ない」

「は?」

「うん、僕がのっぺらぼうなのと今回のお願いは無関係なんだよ。いや、関係してるのかもしれないけど、今のところは僕の顔がないことについては無視してもらって構わないよ」

「それで、工作部って具体的に何をしてるんですかー?」

 みっちが声を上げると、落ち着きを取り戻したドキドキさんは意味あり気に笑った。

「それを公にしちゃあ、工作の意味がないだろう?」

「そうだな、みっち、お前『倩兮けらけらガールズ』は知ってるか?」

「知ってますよー。校内アイドルってやつですよねー。歌も酷いし大して可愛くもないのに人気があるっていう」

「その人気を作ったのがこのドキドキさんだ」

「おいおい、何喋ってるんだよ偽怪部部長」

「いいじゃねえか。どうせなら裏のカラクリまで話してくれよ。こいつらの口の堅さは俺が保証するからよ」

「そうか? なら仕方がないなあ」

 と言いながら思いっきり口元が緩んでいる。どうやらこのドキドキさんという人は裏で工作をするのが好きだが、誰かに仕掛けを打ち明けてしまいたいという欲求を抱えているらしい。

「倩兮ガールズは今でこそ学校中に知れ渡ったアイドルだが、真怪高校には昔から校内アイドルというアンダーグラウンドな文化があったんだ。決してメジャーではなかったが、それは脈々と受け継がれ、常に一定数の校内アイドルオタクが存在する。『校内アイドル』と名前が付けば見境なく群がる蛆虫のような連中がね」

 くいと眼鏡を上げ、下卑た笑みを見せる。

「そこで僕は連中に目を着けた。適当にメンバーを集め、倩兮ガールズを結成し、オタク共に宣伝して回る。勿論、ちょうど他の校内アイドルが殆どいなくなったタイミングでね。すると連中は簡単に食い付いた。そこでCDを作り、それに付加価値を加える。ランダムで生写真を入れたり、メンバーとの握手券をなかなか目当てのメンバーに当たらないようにランダムで封入したり、全種類の特典を集めるとさらなる特典をゲット出来るようにこれまたランダムで封入したりね。連中は生き甲斐のためならいくらでも金を捻出するような奴らだ。思い通り、一人で何枚も同じ曲が入ったCDを買ったよ」

「搾取ですねー。悪徳ですねー」

「おいおい、買ったのはオタク共だ。買わないという選択肢もあった。まあ、校内アイドルが実質倩兮ガールズ一つだったから、没入するしかなかったとも言えるがね」

「でも、それだけじゃアンダーグラウンドからは抜け出せないんじゃないのかい?」

 僕が訊くとドキドキさんはにやりと笑い、

「馬鹿は何もオタクだけじゃないんだよ」

「どういうことですかー?」

「数字だよ。数字は割合簡単に作れるが、記録に残るし人の心にも響く。オタクを二十人だとしよう。そいつら一人当たりCDを五十枚買えば、表向きの売上は千枚になる。全校生徒が三千人ちょっとだから、実に全校生徒の三分の一がCDを買ったことになる。後はそれを全面に押し出し、メディアを囲い込んで喧伝させればいい。売上があるから金はあるんだ。金があればメディアは簡単に取り込める。勿論僕が以前から作っておいた校内メディアとのコネも充分に活用したがね。それからは毎日のように校内メディアに倩兮ガールズを取り上げさせ、さも人気があるかのように至る所に倩兮ガールズの情報を流し続ける。そうすれば見る間に虚構の人気は本物の人気に変わっていくのさ。周りで人気があると思い込めば、自分もその輪の中に入りたいと思うのが人情だ。それが連鎖的に本物の人気を構築していく。数字があるから、メディアに取り上げられているから、そんな上っ面ばかり見ている馬鹿は簡単にファンに仕立て上げられるのさ」

 一気にそう吐き出し、ドキドキさんは満足げに椅子に身体を預ける。

「なるほど、彼の工作術を以てすれば、ぬらりひょんの新しいイメージを固定させることも可能かもしれないね」

「だろ? ドキドキさんは腕は確かなんだよ」

「待て待て、のっぺらぼうの次はぬらりひょんだって? 君達は一体何の話をしてるんだい」

 そこで部長がぬらりひょんの新イメージを作りたいということをかいつまんで話した。ドキドキさんはさっぱりわからないとでもいいたげに両手を上げる。

「なんだってぬらりひょんのイメージを定着させるんだい。どういうことだか僕にはさっぱりだ」

「うん。説明するのは難しいね」

 そこで僕は隣に立つぬらりひょんに目配せをして肩を竦める。

「僕――顔があった頃の僕だね――がぬらりひょんを思い描いたらしいんだ。それも世間に広まった設定とは違う内容で。それでぬらりひょんは僕に感得されて現形して、今僕の隣にいる」

「いるって――何もいないじゃないか」

「うん。僕が個人的に感得したから、僕だけにしか見えないみたいなんだ。それで、ぬらりひょんは僕の知ってる設定が気に食わない。だから僕が今唯一接している世間であるこの学校内に新しく本人の気に入る設定を流布させて、新しい自分になりたいそうなんだ」

 ドキドキさんは暫く考えるように唸った後、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。

「君の話ははっきり言って意味がわからない。だが、校内に意味のわからない妖怪のイメージを敷衍するというのは工作部の趣旨に適っている。倩兮ガールズのプロデュースにもいい加減飽きてきたところだ。その話、乗ろう」

「よし、面白くなってきたな。工作部と偽怪部の共同戦線といこうぜ」

 部長は右手を差し出す。ドキドキさんはにんまりと口元を歪めてその手を握り返した。

 さて――とドキドキさんは両手を組んでその上に顎を乗せる。

「ぬらりひょんの新しいイメージとやらを聞いたが、それをいかに広めるかだ。まず、一般生徒代表として僕が言わせてもらおう」

 妖怪なんぞに興味を持つ生徒は殆どいない。

「そう――なんだよなあ」

 部長が溜め息を吐く。

 まさにドキドキさんの言った通り。妖怪などというものはサブカルチャーのさらに下だ。馬鹿馬鹿しくて誰も相手にしない。

「僕だって妖怪に興味はない。アニメか漫画で時々目にする程度だ。それをポップカルチャーにするというのは、いくらなんでも無理がある」

「いや、興味を持たれると逆に困るんだ」

 僕が言うと、ドキドキさんはそれが君のやりたいことなんじゃないのかとばかりに首を傾げた。

「妖怪を好きになってもらっちゃ駄目なんだよ。妖怪に興味を持って色々と調べられると、ぬらりひょんの実態に気付く人が増えてしまう。だから、『妖怪に興味はないけれどぬらりひょんという妖怪のイメージは持っている』状態に持っていかないといけない」

「難儀だな」

 みんなが頭を抱える。全くぬらりひょんも厄介な注文を付けてくれたものだ。

「歌詞は――どうだ?」

 部長が言うと、みっちが倩兮ガールズの名を挙げる。

「倩兮ガールズの新曲の歌詞をぬらりひょんに関するものにするんですねー。ドキドキさんって歌詞も書いてるんですかー?」

「ああ。歌詞は僕が書いている。だが――駄目だな」

「売れないからか?」

「違うね。どんな酷い代物だろうと売れる。売れるが、それは虚構の数字だ」

 そうだったと部長は顔を曇らせる。倩兮ガールズは所詮虚構で塗り固められた偽物のアイドルでしかないのだ。

「実際にCDを手に取って聞く人間は殆どいない。昔からのファンであろうと、目当ての特典を入手した後は曲を聞くこともなくCDを廃棄しているのが現状だ。校内放送で延々流すことは出来るだろうが、そもそも歌唱力が絶望的という問題がある。あんな歌で、すっと耳に入る曲なんて無理だ。歌詞を書いている僕が言うのもなんだが、倩兮ガールズの曲にまともな意味を持たせた歌詞を付けたことなんてないよ。語感がよければ歌詞に意味はなくてもいいという意見もあるが、そんな次元じゃない」

「で、でも、電波ソングってあるじゃないですかー。ぬらりひょんの設定を書き連ねるだけの歌詞でも、曲と合わさればいけるかも……?」

「駄目だな」

「そう、駄目だ。倩兮ガールズの人気は虚構の上に成り立つ砂の城。そんなアイドルがどんなキャッチーな曲を出そうと、聞いてすらもらえないのが現実だ」

 この話はここまで、とドキドキさんは手で空を斬る。

「別の方策を考えた方がいいみたいだね」

「じゃあ最初に戻ろう。みっち、お前漫画描け」

「だから無理だって言ってるじゃないですかー。私の漫画なんかが――」

「とりあえず、みっちの描いた漫画を見せてくれないかな」

 僕が言うと、みっちはぶんぶんと首を横に振った。

「無理ですー。無理無理」

「なんでだよ? まだ一つも完成してねえのか?」

「それは違いますけどー……」

「じゃあ見せろよ。どんなもんか一度見てみねえと何とも言えねえだろ」

「だから無理ですー」

 意固地になったように拒否を繰り返すみっちだが、こちらとしてはぬらりひょんの事情を知っていて漫画が描ける人材は貴重である。あまりに出来が酷いのならば考えものだが、とにかく一度見てみなければ判断のしようがない。

「なんでまたそんなに嫌がるんだい。自信がないのなら気にすることはないよ。出来る限り温かい目で読むから」

「上手くはないという自負はありますけどー、自信がなくちゃ漫研なんて入りませんー」

「じゃあなんで」

「それは――」

「それは?」

 みっちは両腕をぐっと後ろに引いて、

「恥ずかしいからですよー!」

 顔を前に突き出して叫んだ。

「漫研のみんなや知らない人に読まれるのはいいんですー最初からそのつもりで書いてますからー! でも、しかし、私が偽怪部で育んできた人間関係の延長線上は駄目ですー! もうこの人達他人とは思えないんですー! そんな人達に自分の漫画見せるなんて行為は恥部を露出するに等しい行為なんですー!」

 一気に吐き出し、荒い呼吸でみっちは引いた腕をゆっくりと元に戻し顔を上げる。

「お、おう」

 部長はみっちの剣幕に圧されたのか、他人事のような対応しか出来ない。

「じゃあ見せてごらんよ」

 僕が言うと、皆ぽかんと口を開けて固まった。

「こののっぺらぼうは鬼畜なのか?」

 ドキドキさんが唖然としたように言うが、僕はそれに僕のことは先輩と呼んでくれないかなと返す。

「僕は誰だと思う? みっち」

「の、のっぺらぼうですー」

「そう。僕には顔がないから個人としての情報が抜け落ちている。僕は個人としての存在を維持していないんだ。そんな相手に何の気兼ねが要るんだい」

「た、確かにそうかもしれませんけどー……」

「そうそう、あんま気にすんなって。BLものでも驚かねえからさ」

 部長が言うと、みっちはむっとして眼鏡を押し上げる。

「私は腐女子じゃなくて女オタクですー」

 それで踏ん切りがついたのか、みっちは偽怪部の部室に戻って鞄を持ってきた。

「読みたきゃ読めばいいですよー」

 鞄の中から原稿の束を取り出し、僕に突き出す。

 どこかで見たような画風だと思ったら、まんま水木しげるだった。あのデフォルメされたキャラクターが出てきて、なんやかんやするという話だ。

「背景もデフォルメされてるね」

 僕が気付いたことを言うと、みっちはぐっと唇を噛んだ。水木しげるといえばあの圧倒的な画力で描かれる精緻な点描画が如き背景だろう。それとデフォルメされたキャラクターとの奇跡的な融和があの世界観を醸し出しているのだ。というのはにーこからの受け売りなのだが。

「そうですよー……私にはあんな画力はないんですー」

「ああーこれは受けないだろうな」

「全くだね。今の画風に慣れた生徒達は簡単に受け付けないだろうし」

 みっちは肩を落としながら原稿をひったくる。

「わかってんですよー、自分に力がないことくらい。だから見せたくなかったんですー」

 怒ったような沈んだような声で言って、みっちはそっぽを向く。

「自信はあるんだろう?」

 そっぽを向いたまま頷くみっち。

「じゃあ気にすることはないよ。確かに画力はないし話も大して面白くもないけど、漫画を描けるというだけで僕は尊敬するな」

「――先輩はこうやって部長を誑し込んだんですか?」

 よくわからずに首を傾げる。

「あ、危なかったー。あと少しで先輩に心を奪われるとこでしたよー」

「天然ジゴロか、こののっぺらぼう」

「何を言ってるのかよくわからないなあ」

 別にすっとぼけている訳ではない。何せ僕はのっぺらぼうだから、考えているようで考えていないし、わかっているようでわかっていないなどしょっちゅうなのだろう。

「そうだ、ぬらりひょんをどうするか考えてくれないと困るんだった」

「そうだな、とにかくこの子の漫画は使えない。まあ少し待ってくれないか。色々と考えてみよう」

 ドキドキさんがそう言うので、僕はわかったと引き下がった。実際は、現在考えている最中です、と言っておけばぬらりひょんが文句を言うこともないだろうと思ったからである。ぬらりひょんがどうなろうと僕にとってはあまり意味がないし、とりあえずの間愚痴を漏らさなくなればそれで重畳だ。

 ぬらりひょんを見ると少し不満げだが文句を垂れることはなかった。よしよし、上手くいったぞ。

「じゃあよろしく頼むよ」

 僕達はそうして部室を後にした。

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