見上げ入道見越した!

 偽怪部の部室は夜の間使わせてもらえることになったので、僕は陽が暮れるとその部室に置かれたソファーの上に寝転がった。

「お前はいつまでこんな暮らしを続けるのだ?」

 ぬらりひょんに呆れたように言われ、僕は特に気を悪くするでもなく声を返す。

「のっぺらぼうじゃなくなるまで、だね。大体僕がのっぺらぼうになってからまだ三日しか経ってないじゃないか。もう少し気長にいく訳にはいかないのかい」

 のっぺらぼうだからか腹は減らないし、寝る場所さえあれば何とかなる。今のところ別段困ることはないのだから、そう急くこともないだろう――などと悠長に構えている僕である。

 大きく伸びをすると、部室の中に僕とぬらっりひょん以外の人影があることに気付く。

 ぼろぼろだが、僧衣だとわかる服を着て、顔は髭だらけ。そして何より一つ目というのが目を引く。

「お前は――青坊主か」

 ぬらりひょんが言うと、その法師は違うと否定した。

「今は見上げ入道だ」

 見上げ入道は僕と目を合わせると、はあと息を吐いた。すると身体が一回り小さくなる。

「お前だな。わしを感得したのは」

「悪いけど何の覚えもないよ。何せのっぺらぼうなものでね」

「ふん、都合のいい奴だ。文句の一つでも言ってやりたいが」

「言ってやれ。どうせこいつは暇だ」

 ぬらりひょんが言うので、僕も反論はしない。暇を暇と思う感覚が欠落はしているが、その合間に何が入ってきても煩わしく思うということはない。

「まあ気楽にして。僕も横になりながら聞かせてもらうよ」

 見上げ入道は今度は息を吸い込んだ。すると身体が大きくなる。

「見上げ入道、見下げ入道、見越し入道、他にも呼び名はあるが、今のわしは見上げ入道だ。だがこの姿形、これは鳥山石燕の書いた青坊主のものだ。お前のせいだぞ、全く」

「うん、よくわからないけど、別の妖怪だったのが他の別の妖怪の姿で出てきてしまったということかな。となるとつまり、僕が混同してしまっていたということなのかい?」

「いや、これはある限られた場所では正解なのだ」

 ゲゲゲ――墓場の鬼太郎だ、と見上げ入道は言う。

「墓場の鬼太郎では、わしはこの格好で『見上げ入道』という名で登場している。風を操り、息を吸ったり吐いたりすることで身体のサイズを変えられる妖怪としてな」

「じゃあ僕はそれを以前に読んでいて、その情報を元に君が出てきてしまったということなのかな」

 もっと性質(たち)が悪いわ――と見上げ入道は嘆く。

「先に言った通り、わしにはこの姿が青坊主のものだという自覚がある。これはつまり、お前がその辺りの違いをしっかりと知りながらも、わしを見上げ入道として感得したということだ」

 ややこしいねと僕が言うとややこしいのだと見上げ入道は嘆息を漏らす。また身体が縮んだ。

「それに加えて、見越し入道が妖怪の親玉だとされているという江戸時代の話まで取り込んで、わしはもう大混乱だ」

「何っ、妖怪の親玉だと?」

 ぬらりひょんが身構える。この哀れな妖怪は自分で否定している癖にまだ妖怪の親玉という肩書きに拘泥しているらしい。

「はは、親玉対決という訳かい? がんばれぬらりひょん。僕は個人的に君を応援するよ」

「そんな妄言を吐くくらいならば余計なことを考えずに感得すればよかったのだ!」

 何故か僕に憤慨するぬらりひょん。そんなことを言われてものっぺらぼうになる前の話だから今の僕には責任の取りようがない。まあ第一妖怪なんかのことをどう思おうが個人の自由のような気もするのだけど。

「まあ待て。今のわしは鬼太郎の手強い敵だということになっている。中身は滅茶苦茶に情報が入り混じっているが、表面上はただのゲストキャラクターだ」

 でも見た目は青坊主って自分で言ってるよね――という言葉を発するような真似はしない。

「見越し入道は黄表紙などで妖怪の親玉として描かれた。今の世では妖怪の親玉といえばぬらりひょんだが、昔はわしが親玉だった。ただな――」

 姿がまた違うのだ――見上げ入道は僕がさっき言おうとしたのと殆ど同じ言葉を口にする。これではわざわざ口を噤んだのも徒労に終わったようなものだ。

「見越し入道は元は伝承の妖怪だから、定まった姿はない。ところが黄表紙上では、わしは首の長い化け物として描かれる」

「その見越しだとか見上げ入道だとかいう妖怪が何なのか、僕は知らないんだけどね」

 僕が言うと見上げ入道は怪訝な顔をする。自分を感得した相手が自分のことを何も知らないとなればそんな顔もするだろう。

「夜道を歩いていると、僧形をした者が現れる。それを見上げれば見上げる程大きくなるというのが見越し入道の伝承だ。『見越し入道見越したぞ』などと唱えれば消えるとも言われている」

「で、黄表紙というのは確か江戸時代の絵本というか漫画みたいなものだよね? それに君が出てくる訳かい?」

「『見越し入道』という名前はな。だがその姿は最初から異形なのだ。首が長く大きな姿――見上げると大きくなるという情報を端的にキャラクター化した形。だが今のわしの姿は墓場の鬼太郎中のものだ」

「青坊主を元に描かれた見上げ入道――ややこしいね」

「ひょっとすると」

 ぬらりひょんがここで怖い顔をする。

「お前は愉快犯だったのではないか?」

 言っている意味がよくわからず僕は首を傾げる。

「お前はのっぺらぼうになる前、あえてややこしい情報を集めて我々を感得したのではないかということだ」

 なるほど、ぬらりひょんは僕が感得したせいで自信を失った。

 トイレの花子さんは僕が感得したせいで霊に文句を言っていた。

 そして見上げ入道は僕が感得したせいで鬼太郎準拠の姿でありながら中に黄表紙時代の記憶も内包している。

 ぬらりひょんは僕がこうなることを予見していたのではないかと言う。

 確かに、僕は悪質な人間だった――という。

 しかしそうも簡単に妖怪を感得出来るものだろうか。

 どうもその辺りに僕の正体のヒントがありそうな気がしないでもないが、何、そう急くことはない。

「まあまあそう怒らずに。のっぺらぼうになる前の僕のことなんて僕にわかるはずがないんだから」

 結局こういう結論に落ち着く。

 ぬらりひょんは怒ったような呆れたような声を上げ、見上げ入道は大きく溜め息を吐いた。するとやっぱり、見上げ入道は縮んでしまうのだった。

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