mission1-29 主役と裏方



「惜しかったですねぇ……まさか、桜水晶を取り込んでいたのがあだになるとは」


 キリはコクピットの大画面で甲板での戦いの様子を映し出していた。


「さて、ドリアードもやられたとなると……次はどう出ましょうか」


 キリは片手で杖をくるくると回して弄ぶ。彼が何か考え事をするときの癖だった。


「それにしてもアイラ・ローゼンまでここに来てしまうとは……今回は計算外のことが多いですね。まぁはとうに果たしているので構いませんが……」


 その時、コクピットの自動扉が開く音がした。キリは椅子を後ろ向きへ回転させる。眼帯をした黒髪の青年があくびをしながら入ってきた。彼の姿を見て、キリはいつも以上に口角を吊り上げる。


「お帰りなさい、ソニア。ドーハ様から言いつけられた任務はどうしたんです? ブラック・クロスを止めるのがあなたの役目だったでしょう」


「……知らん。俺は寝ていた」


 そう言ってまた一つ大きなあくびをする。キリはキャハハハと高笑いをすると、ソニアの側に歩み寄り、少年にしては低い声で言った。




「気をつけたほうがいいですよ。いくら王のお気に入りとはいえ、あまり勝手なことをするようであれば……すぐさまその称号、剥ぎ取ってあげますからね」




 キリの顔からは笑みが消えている。一方、ソニアは元々の無表情を保ったままだった。


「……それよりさっさとウラノスをこの国から引き上げろ。コーラント王に真相が伝わって面倒なことになる前にな。いくら小国とはいえ、力づくで支配するのは外聞が悪い。キリ、あんたの作戦は失敗したんだ」


 キリはまた耳障りな笑い声を上げる。


「失敗、ね。それは一体誰のせいなんでしょうねぇ」


「さぁな。俺は部屋に戻って寝直す。早く起こされて寝足りないんだ」


 ソニアはコクピットを出る。扉が閉まった後で室内からガンッと物音がしたが、気にせず自室に向かった。






 それから間もなくのことだった。コーラントの国中に散らばっていたヴァルトロ兵たちは急に引き上げ始めた。コーラントの人々がその理由を問うても、特に問題はない、上からの命令だと返すばかりであった。


 兵士が全員引き上げると、ヴァルトロの飛空艇ウラノスは離陸し、コーラントから去っていった。


 人々は彼らの不可解な行動を疑問に思ったが、咎める気もなかった。すでに触媒の力が戻り始めていたのだ。密航者たちも結局見つからず、そもそも本当にいたのかさえ定かではない。あのヴァルトロの胡散臭い王子が勘違いでもしていたのだろう。


 魔法が再び使えるようになり、よそ者ももういない。いつも通り平和なコーラント。誰もがそう信じ、日常に戻ろうとしていた。






 アイラは徐々に飛空二輪の高度を下げる。彼女の目には街の様子もよく見えていた。コーラントの中心地からは方向をそらし、ユナの小屋がある浜辺でエンジンを停めた。


「さ、ユナ姫。あなたはここで降りなさい」


「え?」


「え、じゃないわよ。私たちが送れるのはここまで。街なんかに出て捕まるわけにはいかないもの。私たちは義賊ブラック・クロスの人間。騒がれていた密航も残念ながら事実。そもそも一国の姫であるあなたとこうして話をしていること自体がおかしいのよ」


「それはそうかもしれないけど、触媒が使えなくなったことには関係なかったんでしょう。あなたたちは私を、コーラントを助けてくれた。みんなの誤解を解かなきゃ。一緒に来てよ」


 それまで目を閉じて休んでいたルカは、身体を起こして首を振った。


「それはだめだ。おれたちが一緒に行ったらややこしいことになるだろ。自作自演だって思われる可能性もある。いいんだよ。おれたちは裏方で十分。それよりユナの方こそ誤解を解かなきゃ。ユナは魔法よりももっと強力な、神石の力を使えるんだってことが分かったんだから」


「でも……」


 ルカはにっと笑い、ユナの背を押してサイドカーから降ろす。


「ずっとみんなに認めてもらいたかったんだろ? チャンスじゃんか。胸張って説明してこいよ」


 ユナが降りると、アイラは再び飛空二輪のエンジンをかける。静かな浜辺にゴゥンとエンジン音が響き、マフラーのそばの砂を巻き上げた。


「もう発ってしまうの?」


「いいえ。夜くらいまではどこかで身を隠すわ。このバカが回復しないことにはね」


 そう言ってアイラはルカの頭を小突く。


「いてっ」


 飛空二輪はゆっくりと浮き上がっていく。巻き上がる風でユナのワンピースはふわりと膨らむ。車体が海上に出ると、アイラはぐっとアクセルを踏んだ。ブォン! 風圧で海面に水しぶきを上げながら、飛空二輪は浜辺から遠ざかっていった。ユナはその後ろ姿に向かって叫ぶ。




「ねぇ! 後でもう一度会えないかな。ちゃんとお礼がしたいから——」




 ルカはサイドカーから腕だけ出して、ひらひらと手を振った。だんだんユナの声が小さくなっていく。アイラは前方を向いたままルカに話しかける。


「ま、どのみち神石の基本的な扱い方は教えてあげないといけないわね」


「そうだった。バタバタしてて説明するのすっかり忘れてたよ」


 でしょうね、とアイラがため息を吐く。飛空二輪は街とは反対方向へ向かっていた。ヴァルトロがすでに引き上げウラノスが離陸した今は、飛行場のあたりはかえって人気ひとけが少なく身を隠すにはちょうどいい。入り江の洞窟の横を通り、ルカはふと思い出したように言った。


「そういやアイラ、あいつはどうしたんだよ。洞窟の入り口にいたソニアってやつ」


「なんとか切り抜けたわよ。そうじゃなきゃここにいないでしょ」


「四神将相手に体力ほぼ使わず無傷ってことか。さすがだな。どうやったんだよ。……もしかして、お色気?」


「企業秘密よ」


「なんだよー、教えてくれたっていいじゃんか」


 アイラは何も答えず、片手をハンドルから離してポケットから煙草を取り出した。相手にされないと分かると、ルカも再び目を閉じ、たちまち眠りに落ちていった。




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