mission13-48 破壊神を鎮圧せよ!


 巨体なだけあって動きは遅い。ルカの瞬間移動ならあっという間に破壊神の背後を取ることができた。ただ、そこからが難題だ。試しに数回、大鎌で斬撃を与えてみる。白く膨張した肉片が抉れるも、断面が赤黒い光を帯びたかと思うとすぐにぶくぶくと泡立つようにして再生してしまった。おまけに破壊神自体は少しも怯む様子がない。


「ルカ」


 いつの間にかすぐ側に立っていたクレイジーが、刺青から現れたナイフを構えながら呼びかけてくる。


「君とリュウで破壊神を引き付けてよ。君たちのスピードなら逃げ切れるでしょ?」


 よく見るとクレイジーのナイフの先には呪術の触媒の粉末がついている。ルカは意図を察し、縦に頷いた。


「リュウ!」


「わかっている!」


 リュウが破壊神の正面に躍り出る。胸の赤黒い瞳がぎょろりと彼の姿を捉え、骨でできた不気味な大剣を振り上げた。だが、


 ビュンッ!


「オオ……?」


 風を切る音とともにリュウの姿が消える。


「こっちだ!」


 ルカの瞬間移動によって破壊神の右後方に回ったリュウは、拳を鬼人化させると力を込めて破壊神の右脚ひざの裏を突いた。巨体はひざを折り、バランスを崩す。神格化でなければダメージは通らないが、こうして敵の動きを封じることは可能だ。


「ヌ……ウ……ウガァァァアアアアッ!!」


 苛立ちを露わにしながら、振り向きざまに大剣の凪ぎ払い。リュウは姿勢を低くして避けようとしたが、頭上をかすめる激しい風圧に耐えきれず吹き飛ばされてしまった。


 破壊神の標的は、ルカへと変わる。


「捉えてみろ、ウルハヴィシュヌ!」


 タッとステップを踏み、瞬間移動で破壊神の死角へ。大鎌の峰で軽く打撃を与え、敵がルカの方へ視線を向ける前にその場を離れる。攻撃、退避、攻撃、退避。繰り返したところで破壊神には大したダメージを与えられはしない。むしろルカの方が体力を消費している。ついに破壊神の方が痺れを切らし、天に向かってがばっと口を開けた。ルーフェイ王城での戦いで苦戦させられた、平衡感覚を奪う雄叫び。


 そう、この瞬間こそを狙っていた。


「今だ!」


 ルカの合図とともに、破壊神の足元が円形に怪しく光る。そこにはクレイジーのナイフが突き立てられていた。破壊神がリュウとルカに気を取られているうちに仕込んだのだ。


「"闇を司る眷属よ、汝の力を示したまえ"」


 クレイジーが呪術を唱えると、ナイフから蜘蛛の糸のような黒い糸が噴き出し、破壊神の身体をがんじがらめに拘束した。巨大な口も両顎を固定したので開いたまま。


「ガ……!?」


 そして見上げたままの姿勢で視界に入るのは、上空に滞留している厭世の念の下にできた雨雲。


「グレン、準備はいいか?」


 ノワールは水の矢を弓につがえたグレンに声をかける。


「はい、いつでも行けますよ!」


「よし」


 ノワールは腰につけたチャームを手に取ると、その先端にある灰色の神石を天に掲げた。


「海風よ、海王ポセイドンの元へ集え!」


 すると雨雲が徐々に大きさを増し、もくもくと渦を巻きだす。渇いた砂漠の大地とは思えない湿った風がルカたちの肌を撫でた。ほんの少し潮の香りがする。


 拘束を引きちぎらんともがく破壊神。糸は何本も絡みついているが、一本一本はもろく、あっけなく切れていく。動きを止められるのはほんのわずかな時間だ。チャンスは一度きり、失敗は許されない。グレンは緊張による汗で手がベタつくのを感じながら、雨雲目掛けて矢を放った。


 雨雲に群青色の光が走ったかと思うと、そこから滝のような雨が破壊神に降り注いだ。海水の混じった大量の水がぱっかりと開かれた破壊神の口の中へそのまま流れ込む。


「ゴボッ! ガァァアァアア……」


 糸が切れる。だが破壊神はすぐには動き出さなかった。水浸しになった身体を折り、ゴホゴホと水を吐き出す。


「ライアン……少し苦しいだろうが辛抱してくれ……!」


 その頃、リュウは態勢を立て直しシアンと共に動きを鈍らせた破壊神の元へと駆け出していた。


「リュウ、こっちも行くわよ!」


「了解!」


 シアンの合図でリュウは頭のかんざしを抜いた。かんざしは棍となり、リュウがぶんと振るうとその先端から雷の球を空中にいくつも撃ち出す。


 シアンは自慢の脚力で高く跳躍、宙返りしたその勢いで雷球を破壊神に向けて力強く蹴った。一つ、二つ、三つ、四つ。


「行くわよ……! "雷神の蹴球ミョルニル・シュート・積乱"!!」


 間髪入れずに雷球を撃ち込む。


「グァァァアアァァアァァッ!!」


 おぞましい叫び声をあげ、痙攣する破壊神。先ほどのノワールたちの攻撃で全身濡れていることもあって感電しやすくなっていたのだ。


 それでもやはり神格による攻撃でなければダメージを与えることはできない。だから、ここまでの連携の成果はすべて、次の一撃に繋げるため。


 破壊神の前にターニャが立つ。瞳は白銀色。神をも裁く力を持つ神石ヴァルキリーの剣を構え、敵の胸元の赤黒い瞳へと切っ先を向ける。


「はぁぁぁぁぁあああッ!!」


 ——ぐしゃり。


 裁きの剣が瞳を貫く。赤黒い虹彩が不安定に揺れ、光を失っていく。


 やったか?


 固唾を飲んで見守る一行。


 だが、剣先に妙な感覚を覚えたターニャがハッと息を飲んだ。


「いや……まだだ!」


 そう叫ぶと同時、ターニャが剣を抜きバックステップで距離を取る。貫かれたその瞳から、ターニャを追うかのように赤黒い膿が噴き出した。


「うっ!?」


 飛び散った膿がターニャの腕に付着する。焼けつくように熱い。ひりついて痛い。その膿が触れた場所を見てぎょっとする。膿はぶくぶくと泡立ちながらターニャの腕を侵食しようとしていた。肌の色がくすみ、張りを失い、骨張っていく。


(まるで、七年前の破壊の眷属になりかけた時と同じ……!?)


「ターニャ……! 今助ける!」


 ユナがウーラニアの歌を歌うと、ターニャの腕を覆い尽くそうとしていた膿が徐々に引いていった。破壊神は完全神格とは違ってあくまで肉体は人間をベースにした現人神だ。その力の源は神通力である。対ソニアの時とは違って今度は効いたようだ。だが、膿に触れた場所には火傷のような痛々しい痕が残っている。おまけに一瞬のうちに体力を削られたのか、息が上がっていて身体が重い。


「グオォォオッ!! グガァァアァアアッ!!」


 破壊神の雄叫びとともにドプンドプンと赤黒い膿が次々に噴き出す。


「みんな、一旦離れるんだ!」


 ノワールの号令で破壊神と距離を取るルカたち。砂地に落ちた膿は自ら増殖していき、そこから破壊の眷属が現れた。その数、百……いや、千をも超えそうな勢いで次々に現れる。立ち向かう者の希望を打ち砕かんとする、魔の者の大軍勢。


「あの破壊の眷属の数だけの厭世の念……兄さんは全部一人で抱え込んでいたのか……!」


 ドーハはぎゅっと拳を握り締めると、八咫の鏡を構えた。ミハエルがそのすぐ側に立つ。


「加勢します!」


「助かる!」


 八咫の鏡からポイニクス霊山のマグマが噴き出し、破壊の眷属たちを飲み込んでいく。そこにミハエルの唱えた上級呪術が加わり、大爆発を引き起こした。


「ギャァァァァアアアアアッ!!」


 破壊の眷属たちの断末魔が響き、彼らの残滓が黒い煙となって天へと立ち昇っていく。残る破壊の眷属は、破壊神の前に壁のように立ちはだかる特異種数体。


 体力を一気に消耗してふらつくミハエルをノワールの腕が支えた。


「よくやった! 後は他のやつらに任せろ!」


 すでにリュウやシアン、動けるメンバーは特異種との戦闘を開始していた。過去には特異種に苦戦させられたこともあったが、今のこの場にいる者たちにとっては数撃で倒せる相手だ。すぐに破壊神への攻撃を再開できる——はずだった。




「あれ……いない!?」




 特異種たちの立ちはだかる先に、破壊神の姿はない。だが彼の発する不気味な気配は今もなおこの場に漂っている。




“…………足りぬ…………”




 声が聞こえてルカはハッと息を飲んだ。


 今の声は、ルーフェイ王城やソニアが見せた過去の記憶の中で聞いたものと同じ。




“……もっと……もっとだ……! 厭世の念を、我に……!!”




「ウルハヴィシュヌ……! まさか!!」


 ルカは光速時限の力で瞬時に特異種たちの元を離れた。仲間たちにはルカが何をしようとしているか伝わらないだろう。だが、説明している余裕はない。


(間に合え……間に合ってくれ……!!)


 同じ神格だからか、ウルハヴィシュヌの狙いが分かってしまった。裏を返せば、ウルハヴィシュヌにとってもルカが神格だからこそ分かったのだろう。彼にとって一番大切なものが何かを。




「ウグルァッ!!!!」


「え……!?」




 砂の山から現れる破壊神。そこは、後方で仲間を支えるために歌い続けていたユナのいる場所。


「ユナちゃん!!」


 すぐ近くにいたウラノスが退避のために羅針盤を描こうとするが、破壊神の大剣がユナに斬りかかるほうが早かった。


「っ……!!」


 避けられない——頭が真っ白になり、恐怖で脚がすくんだ。


 ユナに穢れた刃が触れようとした、その時。




 ——ガキィンッ!!!!




 ほとばしる紫色の閃光。息を切らした金髪の青年が、ユナの目の前に立つ。破壊神の大剣は、彼の大鎌が受け止めていた。


「ル、カ……」


 震える声で彼の名前を呼ぶ。ルカは破壊神の力に押しつぶされないよう耐えながら、彼女に背を向けたまま言った。


「怖い思いをさせてごめん。でも、あと少し……頼む、ユナの力を貸してくれ」


 ユナはこぼれ落ちそうになる涙をぬぐい、まだ強張っている両足を叩くと、大きく息を吸った。


「もちろんだよ……! 私はもう、守られてばっかりのお姫様にはならないって決めたんだ……!」




 蒼海に響かせよ

 我が魂を響かせよ

 想いは龍となりて空を昇り

 遥か彼方へ稲妻を降らせん




 清らかな歌声に、破壊神が悶え苦しみだした。よく見るとさんざん膿を吐き出したせいか、ずいぶんと身体が小さくなっている。ソニアが厭世の念を引き剥がした時と同じ、人の二倍程度の大きさだ。


 今しかない。


 ルカの瞳に紫色の光が灯る。


「しばらく眠れ、ウルハヴィシュヌ! “無時空結界カレント・クローズ”!」


 大鎌が、破壊神の身体を切り裂いた。


「グァアアアアァアアァァァアアアアッ!」


 紫色の光が切傷から溢れ、巨体を覆い尽くしていく。もがく破壊神を渦巻く風が捕らえ、砂を高く巻き上げた。破壊神の姿は見えなくなり、風の渦の中からは低音と高音が入り混じったおぞましい悲鳴が響く。


(頼む、効いてくれ……!)


 やがて悲鳴が止み、風が収束していった。


 ドサッ。


 柔らかい砂の上に投げ出されたのは、破壊神の身体ではなく、共鳴者本人。


 ライアン・エスカレードであった。



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