mission13-36 エルロンド王再び



「王に逆らう愚か者共よ。貴様らの息の根はここで止めてやる」


 ルカたちの眼前に立ちはだかるはエルロンド王、クリストファー十六世。


 ターニャはギリと歯を食いしばると、白銀の剣を鞘から抜いた。


「まったくこの王様は……性懲りもない……!」


「待て、ターニャ! たぶん、ゼネアの時とは違——」


 ルカは飛び出そうとするターニャの腕を掴んだ。その判断は正しかった。いつの間にかエルロンド王の姿が消えていたのだ。


「上です!!」


 ミハエルの声に、ルカはすんでのところでターニャと共に瞬間移動で回避する。先ほどまで二人がいた場所を見れば、砂地は抉れて大きな穴が空いていた。


「一体何が……!?」


 考えている暇はなく、第二撃、第三撃が上空から繰り出された。並外れた膂力りょりょくで高く跳躍したエルロンド王が、身の丈の二倍ほどはある巨大なランスによる衝撃波を上空から繰り出してきていたのだ。


 着地したエルロンド王はターニャを見やると長いため息を吐いた。


「ターニャよ……一体何度言えば理解するのだ? 戦場で余を見失うとは、奴隷兵士の風上にも置けぬ奴よ」


 その威圧的な視線にターニャは反射的にびくりと身を震わせた。相手は死者で、自分はとうの昔に自由を勝ち取った身だと、頭では分かっている。……分かっていても、幼い頃に植え付けられた恐怖は、絶望は、彼女の中のどこかにまだくすぶり続けているのだ。


 そして、エルロンド王は彼女の畏れを知っている。


「その哀れな羊のごとき目をよく開いておけ。今から良いものを見せてやる」


 エルロンド王がパチンと指を鳴らす。すると彼の手前でいくつもの赤黒い炎が立ち上がり、そこから破壊の眷属たちが現れた。ただ、普通の破壊の眷属とは少し見た目が違う。ほとんど人型で、穢れた毛皮や骨に覆われていない首元からうっすら見えるのは桜色の入墨。


 彼らは、かつて二国間大戦の前線で戦わされ、『終焉の時代ラグナロク』の幕開けと共に破壊の眷属に身をやつしたターニャの仲間たちであった。


「くそ……くそ……! どれだけあたしたちを侮辱すれば気が済むんだよ……!!」


 怒りに指先を震わせながら、ターニャは再びエルロンド王へ向かっていく。だが割って入った破壊の眷属たちに取り押さえられてしまった。


「ターニャ!」


 すぐさま援護に向かうルカとドーハ。ユナとミハエルが後方から支援をしようと詠唱を始める。戦えないウラノスはユナたちの側で状況を見守るしかなかったが、それゆえにエルロンド王の動きにいち早く気づいた。


「あれは……!?」


 破壊の眷属たちに相手をさせている間、ランスを持たない左腕を胸の前にかざす。するとその掌のあたりに赤黒い炎が湧き出して、ぞわぞわと大きくなっていく。王の半身を隠すくらいの大きさになると、それはぴしぴしと石のように固まった。王はぐいとランスを持つ腕を引く。


「何か来るよ!!」


 ウラノスが警告するも、一瞬遅かった。王のランスが赤黒い塊を粉砕、その破片が放射状に勢いよく飛び散った。


「うっ!!」


 腹に攻撃をくらったターニャがよろめく。至近距離で殴打されたかのような衝撃に、胃の中にあるものがむせ返ってくる。ただ、彼女の受けたダメージはそれでもマシな方だった。なぜなら、彼女が避けられないよう動きを封じていた破壊の眷属の身体によって多少勢いを吸収されていたからだ。その相手はというと、腹にぽっかりと穴を開けたまま悲しげな声で唸っている。


「そうだ、それでいい! 貴様らは余の剣であり、盾である! 余のためにその命を、全身を捧げるのだ!」


 エルロンド王は熱を帯びた声でそう言うと、再び左手を前にかざして次の攻撃の構えに入った。破壊の眷属たちは苦痛に呻きながらも、王の意のままターニャたちを拘束しようとする。


「ふざけないでよ……あたしはッ……あたしたちは——」


 もがく。


 押さえ込まれる。


 それでももがく。


 もがき続ける。


「相変わらず生意気な……だが、これでしまいだ!!」


 しびれを切らした王のランスが赤黒い石塊を貫こうとした、その時。




「あなたこそ、相変わらずしつこいお方ですね」




 どこからか聞き覚えのある声が響いた。


 声の主は、その場に似つかわしくない穏やかな調子でふっと笑う。


「……でも、どうやらここに居合わせた私も、少なからずその血を継いでいるようです」


「貴様、まさか……ごふっ!?」


 王が背後を振り返ろうとした瞬間、その胸から刃が突き出る。崩れ落ちる王の背後から姿を見せたのは、左右非対称の前髪に執事のような格好をした青年。そう——『屍者の王国』で別れる直前の姿のままのウーズレイだった。


「ウーズレイ!? 本当に君なの……!?」


 思わず駆け寄るターニャ。ウーズレイは王の返り血を浴びたまま彼女を迎え入れるように腕を広げるが、ターニャがすぐ近くまでやってくるとその手は彼女の背ではなく両頬をむぎゅっと挟んだ。


ふぁにふるんひゃよなにするんだよ!?」


「らしくないですねぇ、ターニャ。そんなに感傷的な顔を浮かべてどうしたんです?」


 悪戯な笑みを浮かべるウーズレイに、ターニャの顔がカッと赤くなる。ウーズレイに頬を挟まれた瞬間、瞳に溜め込んでいたものがこぼれ落ちたことに自覚はあったのだ。


ふぉーひふぁもふぉーもどうしたもこうも


 これ以上恥を晒すわけにはいかない。彼から離れようとするターニャであったが、ウーズレイは簡単には手を放してはくれなかった。


「私がここにいたって別におかしくはないでしょう? だってここは『屍者の王国』なんですから」


ふぁふぇほだけど……!」


 ターニャが疑問に思ったのは彼がどうしてここにいるかではなく、どうして彼には自らが死者である自覚があるかについてだった。本来、自らを死者だと認識した者は姿形を失い、生者を恨む死霊となって襲いかかってくるはずだ。


 ターニャがそれを問うと、ウーズレイは首をかしげるだけだった。


「さて、私にもわかりません。ただどうにもこの世界に身体が馴染まないもので、ずっとこのままというわけです。ゼネアであなたたちと別れてから一瞬だったような気もするし、もう何年も経っているような感覚もします。いかんせんこの空間には時間軸が存在しませんから」


 ウーズレイはそう言って、裁きの剣を持つターニャの右手の上に自らの手を重ねた。


「ターニャ。かつて私を見つけてくれた時のように、ヴァルキリーに念じてください。この先への道はエルロンド王によって隠されているだけです。あなた方が望めば道は切り開かれる」


「……うん、わかった」


 ターニャは裁きの剣を強く握り瞼を閉じる。白銀の剣が煌めいたかと思うと、刃を走るようにして白銀の光がほとばしった。光は剣先からまっすぐ水平に視界を遮る砂嵐を突き破っていき、ある一点で止まった。薄暗い砂塵の中で目印のように煌々と光が灯る。


 だが、そうしている間に胸を貫かれたのエルロンド王の変化へんげが始まっていた。彼もまた破壊神の力を借りて復活した死者の一人なのだ。


「今のうちに行ってください。ここは私が時間を稼ぎます」


 ウーズレイはそう言ったが、ターニャは首を横に振った。


「君一人でなんとかなるわけないでしょ。あたしも残る。ルカ、君たちは先に行って」


「けど……!」


 迷いなく告げるターニャにルカは戸惑う。アイラもまた、彼女の判断に目を丸くしていた。


「待って。ターニャ、あなたはソニアに復讐したいんじゃなかったの?」


「その気持ちは変わってないよ。ただ」


 ちらとウーズレイの方を一瞥すると、言葉を続けた。


「あたしにとってはそれよりもこっちのが優先。あたしの個人的な復讐は、アイラ、あんたがまともにあいつと言葉を交わせた後でいい。ちゃんと追いつくから、それまでにちゃんと説得しておいてよ」


 じゃないと今度こそ、と小さな声で付け加える。


 アイラは頷いた。それだけの覚悟はもうできている。和解の道を探るなら、次が最後の機会だと。


「ぬぉおオおォォォおおオおおおお!!」


 エルロンド王がおぞましい雄叫びをあげ、彼の身につけていた鎧が全身を覆うようにして巨大化していく。周囲には破壊の眷属たちが溢れだし、これ以上ここに留まっていては身動きが取れなくなる。


「僕もここに残ります。これだけの数であれば、呪術式が使える人間がいた方が早いでしょうから」


「……わかった。ミハエル、ターニャとウーズレイを頼む」


「はい!」


 先へ進むのはルカ、アイラ、ユナ、ドーハ、ウラノスの五人。ルカは全員に自らの肩に触れさせると、一瞬のうちに瞬間移動で包囲を抜けた。


 ウーズレイはそれを見届けると、先ほど王の身体を貫いた剣を再び構え、息を吐いた。


(みなさん……私の友ライアンのことを頼みましたよ……!)



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