mission13-35 変質



 誰がこんな事態を予測できただろうか。


 爆発と共に乗り込んできたのは、エルロンド軍にルーフェイ軍に民族解放軍に、おまけに破壊の眷属たちが加わった連合軍であった。史実ではありえない組み合わせだが、この場所はあくまで過去の出来事そのものではなく、破壊神とハデスの力がせめぎ合う『屍者ししゃの王国』。ここまで混沌とした状況に陥っているのは、いよいよハデスの支配力が弱まってきたということなのだろう。


 この拠点にいるヴァルトロ兵は負傷して戦えない者も含めて千。一方で敵の軍勢は五千は優に超える。「屈強」という言葉を掲げて戦場をのし上がってきたはずのヴァルトロ兵たちがいとも簡単になぎ倒されていく様に、やるせない思いに駆られる。だが、彼らもまた死者だ。この空間にいる生者はルカたちとソニア、そしてライアンだけである。ソニアたちの本体の居場所を突き止め、破壊神との共鳴を止めないことには生きて現実には戻れない。


 ルカたちは襲いかかってくる敵をいなしながら、ライアンのテントへと向かった。






 一度テントに戻ったライアンたちであったが、爆音を聞いて再び外へ出ていた。一人の兵士が報告にやってきたが、それを聞くまでもない。まともに相手をしていたら全滅してしまう状況であることは一目見れば分かる。


「何をやってるんです! 早く全員退却するよう指示を出してください!」


 珍しく声を荒げるライアン。だが、報告に来たヴァルトロ兵はそこを微動だにしない。


「できません……! 我らヴァルトロの誇りにかけて、敵と戦わずして逃亡するなどありえません! それはお父上の……マティス様のお名前に傷を付ける行為です!」


「今はそんなことを言っている場合じゃないでしょう! ここが壊滅したら、ガルダストリア本陣にもっ……!!」


 言葉の途中でライアンは突然その場にうずくまった。苦しそうな吐息にソニアが心配して背中をさすろうとするも、その手は冷たく弾かれた。


「ライアン様……?」


 行き場なくさまよう手をそのままに、ソニアは唖然とした表情でライアンを見つめる。兵士もライアンがこんな風に取り乱すのを見るのは初めてだった。ライアンは謝る余裕もないのか肩で息をしながら身をかがめている。その手は不安げに自らの首をさすっていた。そこには民族解放軍のアジトに攻め込んだ時に敵のリーダーから噛みつかれた傷痕が残っている。あれからしばらく経つが傷はなかなか消えず痛々しく残ったままであった。


 兵士は小さくため息を吐き、ソニアに向かって言った。


「ライアン様を連れて逃げろ。それくらいの時間稼ぎはできる」


「けど……」


「いらん心配だ。確かにお前にとっての一番はこの人だろう。だが俺たちは違う。俺たちはマティス様のヴァルトロ兵でいたいんだ。ルーフェイの血が流れる甘ちゃんなお坊ちゃんのじゃなくてな」


「お前っ!」


 ソニアは食ってかかろうとしたが、あっけなく突き飛ばされて尻餅をつく。兵士はそれを一瞥すると、くるりと身を翻して戦場へと飛び込んでいった。


 相変わらずライアンはうずくまったまま、発作が落ち着く様子はない。こうしている間にも敵の勢いはどんどん増していき、拠点が飲み込まれるのも時間の問題だった。


「……ライアン様、行きましょう」


 ソニアはライアンに肩を貸して、その場から離れた。まだ成長盛りのソニアにとってはライアンは一回り背が高く、主人を引きずるような形になってしまったが、それでもあの場にとどまっているよりはましなはずだ。


 だが、逃げても逃げても敵が追ってきた。物陰に隠れてもすぐに見つかった。まるで引力が働いているかのように、どこまでもどこまでも敵がついてくる。


 追いつかれるたび、ソニアは右眼の力を使った。戦う力のない非力な少年にはそれしか身を守る方法がなかった。だから迷いはしなかった。……たとえ、力を使うたびに頭に響く死者たちの声が大きくなることに気づいていたとしても。


(守るんだ……ライアン様には、指一本触れさせない……)


 ただ、この頃のソニアはまだ自らの体力の限界を知らなかった。


(あれ……?)


 急に力が入らなくなり、ライアンもろとも砂の上へと倒れ込む。起き上がろうとしても指先に力が入らなかった。


 砂の暑さがじりじりとその身を焼くのを感じながら、ソニアは意識を手放した。






 あたり一面、砂、砂、砂。


 破壊の眷属の相手をしている間に、ルカたちはソニアとライアンの姿を見失ってしまった。


 どうやらヴァルトロ軍の拠点からは遠く離れた場所まで来たようだ。天気が荒れ始めたのか、砂を含んだ強い風が吹いて視界が悪い。


 おまけに間も悪いことに、無視できないほどの禍々しい気配がすぐ近くまで迫っていた。


「来るよ……!」


 ターニャの合図とともに、眼前の砂の山から赤黒い炎が立ち上がった。


 そこから現れたのは、通常の成人男性より一回り体格の良い、黄金の鎧に身を包んだ壮年の王。エルロンド王国最後の王、クリストファー十六世だった。



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