mission11-44 覇者と荒ぶる風の神



 戦いの火蓋は切られた。


 ルカたちもまた、それぞれの神器を手に取り構える。


 だが、マティスから斬りかかってくることはなかった。


「小手調べだ、ハンデをやろう」


 そう言って、自らの両脚を指差す。ここから動かない、そういうことなのだろう。


 リュウは舌打ちを鳴らすと、右腕を赤く鬼人化させた。


「舐められたものだ……! 行くぞ、ルカ!」


「ああ!」


 ルカとリュウが先陣切ってマティスに挑む。


「はぁっ!」


「おおおおおおっ!」


 敵の得物は大刀。両刃で刀身が長く分厚い、重い一撃を得意とする武器である。常人なら両腕で抱えることすら難しいはずだが——


 ルカの大鎌は軽々と片手で振るった大刀で弾かれ、リュウの鬼人の拳はもう片方の利き手ではない素手で受け止められてしまった。


「混血の鬼人族か。よく鍛えてはいるようだが」


「ッ!?」


 リュウの鳩尾みぞおちに衝撃が走る。マティスの蹴りが入ったのだ。


(蹴り技ならシアンとの組手で慣れているはずだが、全く見えなかった……!?)


 驚いている暇はなかった。よろめいたリュウに対し、マティスは大刀を両手で持ち直して斬り上げる。すぐに避けられたから距離はとったものの、頰からつうと血が垂れていく感覚があった。かすったわけではない。風圧だ。マティスが大刀を振るい、生まれた風がかまいたちのように皮膚を切り裂いた。


「はは、化け物じみてるね……」


 ターニャが苦笑いを浮かべながら呟く。


 あの大刀を片手で持ち上げ振るうことすら常人離れしているというのに、そのうえ本来大型の武器の弱点になるはずの隙が全くない。発達した全身の筋肉が身体のばねを素早く動かし、一つ一つの動作を機敏にしているのである。


「どうした。まさかこれで終わりとは言うまい」


「くっ……もう一度!」


 今度は全員総攻撃で。


 ターニャとドーハも剣を抜き、マティスに向かっていく。ユナの歌による身体強化や、アイラの銃の後方支援もある。


 だが、それでも攻撃を見切られてしまう。大刀で弾かれ、反撃を食らう。マティスは最初の立ち位置から一歩も動いていないにも関わらず、だ。


 二人以上で同時に攻撃してみたり、死角を狙ってみたり、あるいは遠距離からの攻撃を中心に攻めたりしてみても、結果は同じ。


 ハンデを背負った状態の相手をのけぞらせることすらできない。


「はぁ、はぁっ……はぁっ……」


 床に手をつくルカたちに対し、マティスは深くため息を吐いた。


「この程度か。笑えもしないな」


「まだ、まだ……っ!」


 ルカは立ち上がり、"音速次元"で瞬時に間合いに踏み込む。マティスが大刀で受けの構えを取るよりも早く、大鎌で斬りかかる。


 だが、あと一歩のところで大刀の刀身にはめられた濃紺色の石が煌めき、そこから走る赤い筋に血が通うように光が躍った。ルカとマティスの間に一陣の風が吹く。


「うっ……!」


 バランスを崩したルカ。その隙を見逃してくれるほど相手は甘くはなかった。


「食らいつけ、眷属ども」


 マティスの言葉に呼応するように、彼の背後にぬらりと巨大な影が現れた。ジーゼルロックの封神殿でも見た、八匹の大蛇の影。それぞれが牙を剥くと、ルカに向かって一斉に襲いかかってきた。


「うぐ……うあああああああッ!」


 ルカの全身を切り刻む、実態を伴わないはずの影。その正体はすさぶ風の眷属。


「……巡り合わせよねぇ」


 側で戦いを見守っているフロワは愉しげに呟いた。


「八つ首の竜王を倒した男が、八匹の大蛇を眷属として従える神の力と共鳴する。むしろ陛下以外の人間には使いこなせないでしょう。創世の神々の中でも群を抜いて強く、気性の荒い神——スサノオ神はね」






「クレイオ、お願い、急いで……! このままじゃ、みんなが……!」


“分かっています、ユナ。でもまずはあなたが落ち着いてください。あなたが動揺すると、私たちも思うように力を出せない”


「う、ううっ……!」


 ユナは不安で溢れ出す涙を拭い、大きく息を吸ってクレイオの歌を歌った。


 仲間たちはすでに満身創痍だった。


 相変わらずマティスは無傷のまま初めの位置から一歩も動いていないが、こちらは近づけば大刀による攻撃が、離れていても神石スサノオによる攻撃が放たれ、一方的にダメージを受けている。


 そのうえマティスが攻撃を仕掛けてくるペースは徐々に上がっており、 持ち合わせの薬やユナの歌では回復が間に合わなくなってきていた。


 ユナがもう一度歌おうとすると、ルカがぜぇぜえと息を切らしながら立ち上がった。


「ユナ……もう、大丈夫、だから。体力……温存、しといてくれ」


「でも……!」


 制止を振り切り、ルカは再び武器を構える。


「まだ立つか。気力だけはあるようだな」


「ったりまえだ……! 昔っから簡単に死ねない身体なんだよ……! との約束があるから……!」


 ルカの大鎌の神石が強く輝き始める。


「第二時限上段解放、”時喰亜者ア・バ・クロック”!」


 光が弾け、マティスの身体を包み込んだ。クロノスの神石の中にある、時の島の人々の精神を消費して相手の時間を奪う技。強敵相手にはより多くの精神を消費する必要があり、その分ルカへの反動も大きくなる。


「くっ……!」


 脳裏に時の島の人々の記憶が一斉に流れ込み、めまいがする。だがなんとか足先に力を込めて踏ん張ると、ルカは仲間たちに合図を出す。これでもマティスの動きを止められるのはもって五秒の間だけ。


 五、リュウが神石を発動し全身に雷をまとう。ドーハもまた、神石の力でポイニクス霊山の灼熱を呼び出す。


 四、アイラが双銃をバズーカの形に変えて照準を定める。ターニャがヴァルキリーの力で味方の士気を上げる。


 三、さらにユナがタレイアとテルプシコラの歌を歌い上げる。味方の攻撃力と素早さを引き上げる歌だ。


 二、全員で一斉に攻撃を仕掛ける。


 一、「とどめ!!」ターニャが、裁きの剣の切っ先をマティスの胸に向ける。


「っ……!」


 覇王の時間が、戻る。


 ルカの想定よりも早く。


 深追いするな、と伝える間もなかった。


「うそ、でしょ……」


 ターニャは引きつった笑いを浮かべ、その場に崩れ落ちた。


 マティスの大刀が、彼女の脇腹をえぐっていた。


 ルカたちから総攻撃を受けていたにも関わらず、その反動なしに、元いた場所からの瞬時の踏み込み、そして目にも留まらぬ速さでの斬撃。


 これが覇王マティス・エスカレード。


 今まで戦ってきた相手とは桁違いに強い。


 実力が、違いすぎる。


「俺にハンデを破らせたことは褒めてやる」


 マティスはそう言って大刀を後方へ引く。やがてその刀身に巻きつくように風が集まっていった。


「だが、ここまでだ。貴様らの旅はここで終わる」


 負ける、という言葉を頭に浮かべる余裕もなかった。


 マティスが大刀を振るうとそれは荒ぶる風の衝撃波となり、その場にいる者すべてを強く、激しく切り裂いた——


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