mission11-10 フロワの結論
朱雀。
全身は真っ赤な羽根に包まれ、巨大な翼ではばたきながら火の玉を吐き出し攻撃してくる。他の神獣に気を取られていて隙ができるタイミングを狙ってくるため、気が抜けない相手だ。
空中にいるせいで、確実に攻撃を当てられるのはグレンとミハエルだけだった。だがやはり例外なく守りが堅いのか、二人がかりの攻撃でもなかなか弱るそぶりを見せない。
「だから、白虎に攻撃させるんだ」
ルカの言葉に、ドーハはすぐには頷かなかった。
確かにミハエルたちの攻撃で朱雀が水氷系の技を弱点としているのは分かっている。青龍の攻撃が玄武に効いたように、白虎の氷の爪も朱雀に有効なはずだ。
だが……
「どうやって攻撃させる?」
先ほどのルカたちの作戦が成功したことで、フロワの警戒は強まっていた。なるべく神獣たちが互いに近づかないよう、鞭を使って巧みにコントロールしている。
「それで、だ」
ルカはちらりとドーハの懐を見やる。そこには布に包まれた八咫の鏡が入っていた。
「アマテラスの力が鍵なんだ。鏡のことは、まだフロワにも知られてないはずだろ?」
「それはそうだけど……」
ドーハがルーフェイでアマテラスと共鳴したことを知っているのはブラック・クロスのメンバーと、あの時戦いの場にいたエルメをはじめとするルーフェイの者たちだけである。
ルカが考えたのは、あらゆるものを吸い込んだり出したりできる鏡の力を使って神獣たちの攻撃を取り込み、それで白虎のコントロール崩せないかということだった。
ただ、あまり何度も使える手ではない。手の内を見せれば必ずフロワは対策を講じてくるだろう。使えるのは一回だ。失敗はできない。
「……わかった、やってみる」
ドーハは緊張した面持ちで頷いた。
「そろそろ作戦会議は終わりかしら?」
しびれを切らしたフロワが鞭を打ち鳴らす。白虎がこちらに向かって駆けてきた。朱雀はまだ空中で位置を保ったまま様子を見ている。
「ふふ……青龍のことも忘れてないでしょうね!」
白虎の後を追うように、青龍が宙を縫うようにうねりながら向かってくる。
「ギャオオオオオオオオッ!」
放たれた電撃がルカたちを襲う。
「うぐっ……」
「待ってて、今クレイオの歌で回復を」
「いや、まだダメだ!」
牙をむいた白虎が岩場を踏み台にして飛びかかってくる。狙いはユナ。ルカは瞬間移動でユナの前に踊り出た。
ガキンッ!
大鎌を横向きに構え、白虎を食い止める。
「ユナ、今のうちに逃げろ!」
「でも、ルカが」
「大丈夫だから、早く!」
ルカに急かされるようにしてその場から退くユナ。
白虎を抑えている大鎌はぎりぎりと押し戻され、鋭い牙が迫ってくる。
「ちょっと待ってろルカ!」
グレンが離れた場所から短く叫び、矢をつがえた。その矢先には彼特製の毒薬が仕込んである。
「食らえっ!」
矢は白虎の脇腹を狙って勢いよく宙を駆ける。
「甘い!」
フロワが鞭を打ち鳴らすと、朱雀が大きく羽ばたいた。炎を吐いて矢を撃ち落とす気だ。
(今だ!)
ドーハが朱雀の方に向かって駆け出す。
「何を……?」
フロワの目には、彼の行動が無謀で無意味なものにしか映らない。
そして、そう見えてしまうことこそが、彼女の最大の油断だった。
ドーハのことを、いつまでも父親の背を見て指をくわえているだけの幼な子だと、無意識にそう断じていたことこそが、一瞬の判断の遅れを生んだ。
「アマテラス!」
ドーハが懐から鏡を取り出し、朱雀の吐き出した炎に向かってかざした。鏡面がきらめき、炎を吸い込んでいく。
「なっ……!?」
フロワがうろたえるのが伝わったのか、動きを鈍らせる神獣たち。その隙に、阻むもののなくなったグレンの矢はまっすぐに白虎の脇腹に射止めた。
「ガルルルルル……?」
白虎はきょろきょろと辺りを見渡し、どこか怪訝な様子を浮かべている。矢自体はさほどダメージに繋がらなかったのか、脇腹に突き刺さっているものに気づいていない様子だ。だが、注意がそれたおかげで力は弱まった。ルカは白虎の前足を押し返して抜け出す。
「一気に攻めるぞ! 時間よ止まれ——“
大鎌から放たれた紫色の光が滞空する朱雀を捕らえ、身動きを止めさせた。ミハエルとユナが詠唱を始める。
「朱雀が動けないうちにとどめを刺す気? 気が早いねぇっ!」
フロワはぐっと鞭を引いた。
青龍と白虎に詠唱中の二人を攻撃させようとしたのだ。だが、異変に気づく。
「白虎が言うことを聞かない……!?」
白虎は動いているが、攻撃したのはミハエルとユナではなく、先に攻撃を仕掛けたリュウに対してだった。
グレンはにやりと笑みを浮かべる。
「ああ、さっきのはただの毒じゃないぞ……! 錯乱効果のある薬草を練りこんである。神獣に使ったのは初めてだけどな!」
「やってくれるねぇ……! 青龍、お前に任せるよ!」
フロワはもう一度鞭を強く地面に叩きつけた。それと同時、ドーハは鏡を青龍の方へ向ける。
「食らえっ!」
鏡面から吐き出されるのは先ほど朱雀が放った炎。
「ギャオオオオオオッ……!」
かろうじて全身直撃は避けるも、身体半分に炎を受けた青龍は雄叫びをあげてうなだれる。
「チィッ!」
フロワは短く舌打ちし、鞭を振るった。
青龍は残る力を振り絞りユナたちに襲いかかる。
「させん!」
白虎の相手をグレンとドーハに任せ、リュウが間に入ってガードする。
錯乱してフロワの指揮下から外れた白虎は、挑発に弱くなっているのか遠隔で攻撃をするドーハとグレンの元へまっすぐ向かってくる。
その時、“時間軸転移”を使って一瞬気を失っていたルカがぴくりと動き出した。それはつまり、朱雀の方の時間も動き出した証。
「今、だ……!」
ルカの合図で、ミハエルがカッと目を見開いた。
「”地を司る眷属よ、我ミハエル・エリィの魂を糧に汝の力を示したまえ”!」
白虎の足元が輝き隆起する。それはジャンプ台のように白虎の身体を宙へと押し出した。
「タレイア!」
ユナは高らかに歌い上げる。
攻撃力を高めるその歌は、味方ではなく白虎の力を引き上げた。
錯乱したまま高く跳ねた白虎が氷爪を向ける先には、空を舞う朱雀。
赤い羽が、散った。
白虎に翼を引き裂かれた朱雀は無残な姿で地に落ちる。
残るは青龍と白虎の二体。
武器を構え直すルカたち。
だが、いつの間にか二体ともその場から姿を消していた。
「あれ……?」
フロワの方を見やる。
どうやら彼女が残った神獣たちも引き下がらせたらしい。彼女は鞭をその場に投げ捨てる。
一瞬の安堵。勝負はついたかに見えた。
急にフロワがその場から消える。
「っ!?」
真っ先に彼女の気配を察知したのはリュウだった。
刺すような殺気を感じ、とっさに鬼人化した腕で受けようとする。
「だめだ!」
ドーハが叫び、腰の剣を抜いた。
どういうことだ、と言いたげなリュウを雪原に押し飛ばし、ドーハは剣を構える。
キィィィンッ!
激しい音が響く。
ドーハの剣が折れていた。
折れた剣の破片が飛んだのか、ドーハの頬は薄く切れてつうと赤い血が滲み出す。
よく見ると、ドーハの剣に向かって振り下ろされたフロワの腕には鱗のようなものがうっすらと浮き出ていて、その指先にはいつのまにか白虎のように鋭い氷の爪が生えていた。もしドーハが庇わずリュウが受けていたら、苦手な氷系の攻撃に致命傷を負っていただろう。
「どきなさいな、ドーハ坊ちゃん。……それとも、本当にその子たちの方に寝返るってことかしら?」
フロワはたしなめるような低い声で言った。
橙色の髪は燃え上がるようにして逆立ち、その毛先一本一本に殺気がこもっているかのようだ。
ドーハは折れた剣を構えたまま、奥歯を噛み締める。いつでも彼の身体を引き裂ける位置にあるフロワの鋭い爪。今のフロワには、マティスの息子だからと見逃してくれるような甘さはない。緊張で全身から汗が噴き出す。
「フロワこそ、これ以上はやめてくれ。その力は……父上を守るために使う力だって言ってただろ。こんなところで使うべきものじゃないはずだ」
フロワはしばらく黙り込んでいた。
だが、やがてドーハの懇願するような視線に観念したのか、深いため息を吐いて手を引いた。
「いいでしょう。決着はついてないけれど……ドーハ坊ちゃんの覚悟は伝わった」
「それなら、父上のもとに……!」
フロワは首を横に振る。
「そうじゃない。これなら安心してちゃんとした話し合いの場を用意できる、ってこと」
きょとんとしているドーハ。
フロワはにぃと笑って、くるりとその身を翻した。
「十日後、ニヴル雪原で決着をつけましょう。ヴァルトロ全軍で迎え撃ってあげる。それでもあなたたちがヴァルトロの意思に背くというのなら、強者たちとの戦いを勝ち上がりなさい。……私らは覇者の砦で待っているからね」
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