mission11-9 ドーハの焦燥



 ルカとリュウが玄武を倒すまでの間、ユナたちは残る神獣の足止めを任されていた。


 特に白虎は厄介だ。素早い上に、氷でできた爪と牙は攻撃力が高い。ルカが相手をしていた時に、白虎が足場に使った岩は見事に削れていることからも、一撃食らうだけで致命傷になりうるのは明らかだった。


 それでも、リュウとルカの作戦が上手くいくまでは後衛で引き止めなければ。


 メルポメネの歌の効果が切れ始め、元の動きを取り戻し始める白虎に対し、ユナはテルプシコラの歌を歌いあげた。




 逢い 愛 い 哀 山谷ありて

 乞う 煌 う 幸 果てもなく

 今吹く風をればこそ

 足どり軽くなるものを




「ガルルルッ!」


 その間にも白虎が襲いかかってくる。その鋭い爪がユナの身体に触れるか否かのタイミングで、薄桃色をまとった爽やかな風が吹く。


(見切れた!)


 ギリギリのところで、ユナは雪原に身を投げ白虎の攻撃を避けた。テルプシコラの歌は味方の素早さと回避力を引き上げる力を持つ。そしてその影響範囲は自分だけではなく、側で戦う味方全員だ。


 白虎の攻撃を避けたユナに対し、朱雀の吐いた炎が襲いかかってきたが、通常よりも射速の速くなったグレンの水の矢がそれを打ち消した。


「大丈夫か?」


 駆けつけたドーハがユナに手を差し伸べる。


「うん、ありがとう」


 その手を取り、ユナは服についた雪を払いながら立ち上がる。


「少し休んだほうがいいんじゃないか? さっきから立て続けに歌ってるだろ」


 心配するドーハに、ユナはくすりと笑って返す。


「大丈夫だよ。いつもみんながしてる無茶に比べたら、全然だから」


「……なんか、変わったな」


「え?」


「コーラントで最初に会った時とは変わったな、って思ったんだ」


 自分ではよく分からない。首をかしげるユナに、ドーハは「ごめん、戦闘中にこんな話してる場合じゃないよな」と自嘲する。


「とにかく、今の方が絶対いい。惚れ直しそう」


 そう言ってドーハはユナの前に立つ。「えっ」とうろたえる彼女の声が背中越しに聞こえたが、振り返りはしない。


 格好つけるために吐いた言葉ではなかった。どちらかといえば羨ましくて、眩しくて口を突いて出た言葉だった。ずっとユナのそばにいたわけではないからこそ、ドーハには彼女の変化がよく分かったのだ。今の彼女は、周囲の顔色を気にして、言いたいことは分厚い蓋の下に隠しているようなか弱い島国の姫だった彼女とは違う。


 ドーハは剣を構え、追撃で襲いかかってくる白虎の爪を払う。


 ほんの少しだけ、苛立っていた。彼女に対してではなく、自分に対してだ。


 過ごした時間は平等だ。なのになぜこんなに違う? 違うと感じる?


 ドーハにとっては、急にユナとの差をつけられてしまったような気がしたのだ。


「はぁぁぁぁぁっ!」


 苛立ちを剣筋に込める。


 ブラック・クロスに同行するようになって、よく分かったことが一つあった。それは「仲間」だ。彼らが仲間と支え合いながら戦っているのに対し、ドーハは一人だ。いや、正確に言うなら強力な部下に囲まれていると思っていたのに、違った。


 四神将の統括とは名ばかりで、四神将たちはみなそれぞれに使命があり、果たすべき役目がある。今戦っているフロワもそうだ。彼女にとって最も大事なのは父親・マティスへの忠誠であって、ドーハに対するものではない。


 ——カンッ!


 強い音が響き、白虎の爪にドーハの剣が弾き飛ばされた。


「あっ」


「ガルルルルルッ!」


 白虎の勢いは止まらず、大きな口を開けて牙をむく。白い獣の唾液と吹雪のように冷たい吐息がドーハの頭上に降りかかるその直前——脇からリュウが体当たりを食らわせ、予期せぬ攻撃に白虎は姿勢を崩して倒れこんだ。


「ふぅ、間に合ったね」


 ドーハの隣には額の汗を拭うルカが立つ。ルカたちが先ほど戦っていた方を見やると、玄武はもう戦えないのかその場に沈黙している。


「助かった……。作戦、うまくいったんだな」


「ああ。で、次はお前にも協力してもらうよ」


 きょとんとするドーハにルカは作戦を耳打ちした。


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