mission11-3 不時着



「ウラノス……!」


 ドーハが緊張した面持ちで彼女の名前を呼ぶ。


 ルカとミハエルはとっさに身構えていた。目の前に立つ無防備な少女からは殺気は感じられない。だが、破壊神の逃亡に関与している可能性と、一瞬のうちに出現したり消えたりするその力に警戒心を抱いていたのだ。


「あはっ。もしかして僕、嫌われてるのかな」


 少しだけ悲しそうな響きを伴っているが、相変わらず少女はにこにこと笑みを浮かべている。


「それよりドーハ様、これは一体どういうこと? どうしてブラック・クロスの人たちが飛空艇に乗ってるの?」


「やっぱり気づかれたか……」


「やっぱりって、どういうことだよドーハ!」


「さっき言っただろ。飛空艇はウラノスの神石を通じてあいつの身体と繋がってる。だから侵入者がいるとか、機体が故障したとかはすぐに察知できるようになってるんだ」


「は? だったら初めっからこんな作戦無理があっただろ! なんでおれたちを飛空艇に乗せるなんて言い出したんだよ」


 ルカの言葉は的を射ていた。ただしだけは。ドーハは残り半分の可能性に賭けるために彼らを飛空艇に乗せたのだ。


 ドーハはぐしゃぐしゃとくせ毛の髪をかき、


「ああもう、少し黙っててくれ!」


 そう言うと、つかつかとウラノスの方に歩み寄った。


「なに?」


 怪訝な表情を浮かべる少女。


「なぁ、お前……ルーフェイで何をした」


「ルーフェイ? え、何のこと? それより僕の質問に答えて——」


「俺の質問が先だ! 破壊神を逃したのはお前だろう。あの場にいた全員が青白い神石の光色を見てる。どうして破壊神を逃した? あと少しで兄さんを助けられるところだったのに」


 ドーハは語気を強める。


 この場で彼女の狙いを確かめるつもりだったのだ。


 だが……いたいけな少女の瞳には大粒の涙が浮かびはじめ、じっとドーハを見つめてきた。


「ひどい……ひどいよ。僕、ルーフェイなんか行ってないのに。そうやってその義賊たちと一緒に僕を責めて悪者にするつもり?」


「い、いや、そういうつもりじゃ……」


 あからさまにうろたえるドーハを、ルカたちは背後から呆れた表情で見守る。


「ドーハ様こそ、ルーフェイに行ってあの女王様やブラック・クロスの人たちにだまされてるんじゃないの!? どうしてさらっと飛空艇に乗せちゃってるんだよ! ブラック・クロスはアラン君をスウェント坑道に閉じ込めた、ゴクアクヒドーな奴らなのに!」


「ちょ、ちょっと待て、アランはおれたちが閉じ込めたわけじゃなくて、あいつが自爆したから坑道が崩れたんだぞ」


 あまりの言い分に、ルカも口を挟まずにはいられなかった。


 だがウラノスは涙で潤んだ瞳でキッと二人を睨みつける。


「言い訳なんか聞くもんか! とにかく、今のドーハ様や君たちを覇者の砦に入れるわけにはいかないよ!」


 そう言った瞬間、彼女の眼の前に青白い羅針盤が浮き出て、それがパキリと真っ二つに割れた。ゴゥンと音がしたかと思うと、飛空艇内の照明が一つずつ落ちていき、常に鳴っていた稼働音が弱まっていく。


「お、お前、まさか……」


 わなわなと声を震わせるドーハ。


 ウラノスはフンと鼻を鳴らす。


「この飛空艇への動力供給を切ったよ。今のうちに不時着準備をしておいてね」


「おい、待て——」


 言い終わらないうちに、少女は背後に浮き出た青い羅針盤の模様に飲み込まれるようにしてその場から消え去ってしまった。


 後に残ったのは、唖然とする一行と、あっという間に高度を落として地面へとまっすぐに向かっている飛空艇。


 ルカは深いため息を吐き、神器を大鎌の形に変える。


「……ドーハ。いろいろ言いたいことはあるけど、今はまず着陸の準備をしてくれ。あと、ミハエルはみんなを起こしてきて。おれはクロノスの力で落下速度をなんとかするから」






 せめてもの慈悲だったのだろうか。


 飛空艇が落下したのは雪深い針葉樹林の上だった。


 背が高く生い茂った木々がクッションとなって衝撃は浅く、幸い着陸時に怪我をする者は誰もいなかった。


 だが、飛空艇については一切動く様子がなく、一行は遠くにそびえる覇者の砦をにらみながら徒歩でその場所を目指すことになってしまった。


「そもそもここはどこなんだ?」


 種族の性質として寒さが苦手なリュウは、がちがちと歯を鳴らしながら尋ねる。


「た、たぶん、ニヴル雪原の近くだとは思うが……いや、もしかしたら落下時に方角が狂ってリンデン湖の北側かも……」


「なんでそんな曖昧なんだよ」


「お、俺はニヴルヘイム大陸全部を把握してるわけじゃないんだよ!」


「そうだろうねェ。君が出歩いたことがあるのはせいぜいエスカレード家の屋敷があった覇者の砦の付近、凱旋峠がいせんとうげの向こうにあるヴァルトロ兵団拠点の範囲内ってとこかな」


 ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべるクレイジーの言葉に、ドーハは肩を落として俯いた。


「……その通りさ。で、しょっちゅう母上に来てたあんたの方がここの地理について詳しいってことだろ?」


「と言っても十二年以上前の話だけどねェ。こうしてニヴルヘイム大陸に来たのはずいぶん久しぶりだよ。まァ、この辺は時間が経ってもあまり変わらないみたいだけど」


 そう言ってクレイジーは周囲の針葉樹林を見上げる。


「どうしたんだ?」


「いや、もうすでに罠にかかっちゃったなァと思って」


「罠……?」


 ルカが目を凝らして見てみると、彼の視線の先にはきらりと光る何かがあった。木々の枝の上にずっしりと乗った雪の中、雪が陽光に照らされてきらめくのとは違う小さな光が見える。細く、長く、雪の合間を縫うように伸びていて、


「糸、みたいな」


 ルカがそう言いかけた時、「オオーン」と獣の咆哮がどこからか響いた。雪を踏む複数の足音が近づいてくる。


「なんだ……!?」


 それぞれに武器を手に取り襲撃に備える。


 木々の間から姿を現したのは、雪のように白い体毛をなびかせ、赤い瞳でぎらぎらとこちらを睨みつけるニヴルウルフの群れだ。包囲されていて、逃げ道はない。獣たちは威嚇しながら、ルカたちを囲む円をじりじりと狭めてくる。


「気をつけてください。ニヴルウルフは非常に獰猛な性格で、かつ仲間と協力しながら狩りをする賢い獣だと聞きます。孤立したら狙われますから、なるべく固まって——」


 ミハエルの説明の途中で、リュウはすでにその場を強く踏み込み駆け出していた。


「バカ! 最後まで話聞けっての!」


 グレンが苛立ちつつも弓に群青色の光の矢をつがえる。


「説明はいらん。こいつらとは一度手合わせしている」


 リュウはそう言うと、両腕を素早く鬼人化させて獣たちに殴りかかっていく。


「君がニヴルヘイム大陸にしか住んでないはずのこのオオカミたちとどうしてやりあったのかは知らないけどさ!」


 ターニャも続いて剣を鞘から引き抜いた。


「さっさとカタつけようってのは同感! のんびりしてたら仲間呼ばれそうだし、何よりあたしらが凍えちゃうからね!」


 リュウ、ターニャの後を追って、ルカやクレイジーも前線に飛び込んでいく。


 雪の上を飛び跳ねる獣たち。リュウが鬼人化した腕でガードし、動きを止めたニヴルウルフをターニャが白銀の剣で振り払う。それでも負けじと飛びかかってくる第二陣にはグレンが矢の雨を降らせ、それでもすり抜けてくるものをルカとクレイジーが素早く仕留めていく。後衛のユナとミハエルは味方のサポートに専念。ユナの歌が味方の能力を引き上げ、ミハエルの炎の呪術がオオカミたちを威嚇する。


 一糸乱れぬ攻撃だ。


 ただ一人、輪に入れないドーハを除いて。


「お、おう、俺はどうすればいいんだ? お、お前たち! ここは任せるぞ! 任せちゃうぞ!」


「ドーハ、後ろ!」


「へ……?」


 はっと振り返るドーハ。


 そこには長く鋭い牙をむく一頭のオオカミ。


「あわわわわわわわわ」


 判断が遅れ、頭が真っ白になる。


 こんなところで死ぬのか——そう思った時、




 ピィーッ!




 甲高い笛の音が響き、獣はぴたりと動きを止めた。


 どこからか、雪を踏みしめ近づいてくる足音が聞こえる。これは獣じゃない、人の足音だ。


「やめだやめだ。そん人らは獲物じゃねぇで」


 やがて針葉樹林の向こうから一人の男が姿を現した。もこもこと毛皮を何枚か着込んでいる、褐色肌の大柄の男だ。


 先ほどまで牙をむいていたニヴルウルフたちはすごすごと引き下がり、彼のそばへと群がっていく。


「もしかして、おじさんがこのオオカミたちを……?」


 警戒を解かないままターニャが尋ねると、男は無邪気な表情でニカッと笑った。


「いんやぁたまげた。あんたら強いんだなも」


 そして豪快に笑うと、手袋を外して手を差し出してきた。ごつくて大きな手だ。


「襲っですまね。獲物がかかっとるんかと思ったち。お詫びにめし食わしちゃるで、オデんちない」


 言葉は訛っていて聞き取りづらいが、どうやら食事に誘われているらしい。


 男は満面の笑みを浮かべながら、ルカたちの手を勝手に握っていく。ホカホカと温かい手だった。その表情や気配からも悪意は感じられない。


「えーと、ついてっちゃっていいのかな?」


「悪い人じゃ、なさそうだけど……」


 顔を見合わせるルカとユナ。


 それを同意と捉えたのか、男は獣たちを連れてすたすたと森の中へ歩き出す。


「行こっか。慣れない土地だし、人の集落の位置は把握しておいた方がいいサ」


 クレイジーの言葉に後押しされて、一行は男について歩くのだった。



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