mission11-2 ニヴルヘイム大陸へ
「おうアイラ、調子はどうだ」
リーダーの執務室に入ると、ノワールはアイラの方を見ないまま声をかけてきた。彼は今、部屋の中央に置かれた巨大な岩に手をかざして何かを念じているようだ。岩はノワールの持つポセイドンの神石と同じ淡い灰色の光をたたえていて、彼の呼吸に合わせるようにしてゆっくりと明滅する。
「何やってるの?」
「本部全体を動かしてるのよ。もともとは勝手気ままに動く島だけど、ポセイドンの力なら意のままに海の上を走らせることができるの」
集中するノワールに代わってシアンが答えた。
「いつものように、カゴシャチで上陸するのは難しいのかしら」
「そうね。あらかじめシャチたちに調べてもらったんだけど、ニヴルヘイム大陸の沿岸は海氷に覆われていて上手く進めないみたい。もともと温かい海に住んでいる子たちだから、寒い地域は苦手なのよ」
「なるほど。それで島ごと乗り込もうってわけね」
「そういうこと。この島は全体が頑丈な岩でできているから、氷を砕いて進めるし」
「そのぶん目立つ可能性はあるけど、敵地の中に自分たちの拠点が持てるって意味では心強いわね」
「ええ。ただでさえ極寒の地だから補給はいつも以上に大事だし——」
二人の会話を遮るように、ツギハギだらけの巨大なクマ型のぬいぐるみ・サンド一号がけたたましい音を上げ始めた。
「ちょっと、うるさいってば」
シアンが脇腹にひと蹴り入れると、ぬいぐるみはしんと沈黙してその口からぽとりと一通の手紙を吐き出した。
「何……?」
アイラが拾おうとすると、畳み掛けるようにしてどさどさと何通も手紙が吐き出される。差出人の住所は各地ばらばらだが、名前はどれも見たことのあるものばかりだ。中を開くと、どれもブラック・クロスの活動に協力するという趣旨のことが書かれていた。
「ガザにヤオ村のジジさん、ナスカ=エラのイスラ様に、ジョーヌ……ってこれ、もしかして今まで私たちが任務で関わってきた人たちから?」
「当たり。今回は大掛かりな任務になりそうだから世界中の有志に声をかけておいたの。あなたたちがいかに信頼されているか、よく分かるわね」
シアンはどこか嬉しそうにそう言った。
アイラはというと、目の前に積まれた手紙の山に思わず嘆息を漏らす。
「いつの間にかこんなに大きな旅になっていたのね……。私にとっては、たった一人の家族を探すために始めた旅だったのに」
俯くアイラの顔を、シアンが心配そうに覗き込んできた。
「ねぇアイラ、やっぱり今回はやめておいた方がいいんじゃない? ヴァルトロに着いたら、きっとまたソニア・グラシールと戦うことになる。あなたにとっては辛い戦いになるかも……」
「平気よ。ゼネアでの戦いで踏ん切りがついたの。私はもう、迷わずあの子に銃口を向けられる。それに、仲間のためにも、あの子自身のためにも、このまま見過ごすことはできないから」
シアンは小さくため息を吐く。あまり納得はしていないようではあるが、仲間の意思に水を差すようなことはしない
「じゃあ今回も頼りにしてるよ、アイラ!」
「ええ、しっかり任務を果たしましょう」
やがて島全体が小刻みに揺れ、外からは何かを削るような鈍い音が響き始めた。ニヴルヘイム大陸付近の海氷エリアに入ったのだ。
「ねえ、ルカたちとはどうやって合流するの? あの子たちは確か、ドーハの飛空艇でそのまま覇者の砦まで乗り込むつもりなのよね」
「ああ、その予定だったんだが……」
苦々しげな表情を浮かべ、ノワールが頭をかきながら呟く。
「さっき連絡があってな。どうもそれが上手くいかなかったらしい」
***
時間は三日前に遡る——。
「うおおおお! すっげえ! これが飛空艇かぁ!」
ドーハの飛空艇に乗り込んだルカは、目をきらきらと輝かせて大はしゃぎしていた。
ヴァルトロとガルダストリアの最先端の技術を駆使して作られたその船内には一切の無駄がなく、洗練された白基調の壁に青白い光を放つ細い線が走るデザインはシンプルだが美しい。何より惹きつけられるのは今彼らがいるコクピットだ。正面には外の景色を映すパノラマの大画面があり、操縦席の付近には羅針盤のような形をしたハンドルを中心に、こまごまと隙間を埋め尽くすようにしてメーターやボタン、レバーが並んでいる。
「そんなに驚かれるとは思ってなかったよ。お前、コーラントで一度中に入ってるだろ」
ドーハはハンドルを握りながらそう言った。
「あの時は飛んでなかったじゃん。誰かさんたちのせいでゆっくり中を探索する余裕なんてなかったしさ。あ、そういえばさ、おれとユナがキリと戦ってた時、ドーハはどこにいたんだ?」
「そ、それは……」
押し黙るドーハの横で、ユナはただ気まずそうに苦笑いを浮かべるのであった。
飛空艇ウラノスはなめらかに空を滑り、南のアルフ大陸から極北地のニヴルヘイム大陸へとぐんぐん近づいていく。緑豊かな大地はすでにはるか遠くへと過ぎ去り、いま眼下に広がるのは見渡す限り白い、雪と氷に包まれたヴァルトロの地。飛空艇の目指す先には険しい山々に囲まれてそびえ立つ「覇者の砦」が見える。あの場所こそが覇王マティスの君臨する場所、そして今回の任務の目的地である。
「そろそろ着くけど、お前たちは寝なくていいのか?」
ドーハがルカとミハエルに声をかける。それぞれのメンバーが飛空艇内の空室で休んでいる中、コクピットには操縦を担当するドーハと、飛空艇に興味津々な彼ら二人だけが残っていた。
「おれは平気だよ。ドーハに操縦任せて寝るのもなんか悪いしさ。ミハエルは?」
「僕もまだ起きています。もう少しこの飛空艇のことを知りたくて」
ミハエルは声を弾ませながら言った。彼の手元にある羊皮紙には飛空艇についてのメモがびっしりと書かれているようだ。
「すごいな。アランの良い話し相手になれるよ。ヴァルトロの中でもアランとまともに話ができるのはほんの一握りだから」
「いえ、僕なんてまだまだ勉強不足です。噂には聞いていましたが、こうして間近で彼の作ったものを見ると、いかに高度な技術が使われているのかわかります。こんなの、学府で学べるものではありません」
実際、彼はガザのように学府で修行を積んだわけではない。ヴェルンド=スペリウスに破門させられてキッシュの街を出た後は全部独学だ。それでもここまでのものを大成させたのは、彼自身の技術向上に対する執念があるからこそなのだろう。
「それにしても、飛空艇の動力って一体どうなっているんですか? これだけ大きな機体が空に浮かぶなんて……やっぱり何度考えても信じられません」
「俺も詳しいことは分からないよ。ただ、アランが作ったものだから、あいつの義手とかと同じ原理なんだとは思うけど」
ロキの神石がはめられた左腕の神器のことだ。スウェント坑道最奥部での戦いでは相当苦戦させられたことを思い出す。
「アランの専門は生体機械技術って言って、人間の身体と機械を繋ぐ技術なんだよ。本来なら拒絶し合う二つのものを、眷属のエネルギーや神石のエネルギーを使って上手く繫ぎとめてるらしい。まぁ、理論がわかってもアランみたいな技術者じゃなきゃ実現できないものなんだけど」
「ってことはつまり、この飛空艇も——」
「そ。機体全体が僕の義肢みたいなものってわけ」
突如響いた少女の声に、ルカはハッと後ろを見やる。
そこには、いつの間に現れたのか青白い髪を切り揃えた少女が立っていて、ルカたちに向かってにっこりと微笑みかけてきた。
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