mission10-68 星空の下、蠢めくもの



 明かりが少なく、高地に位置する鬼人族の里では満点の星空が見える。


 鬼人族たちは毎晩星を見上げ、次の日の天気や狩猟の運勢を占いながら眠りにつくのだ。


 特に最初ここを訪れた時に鬼人族たちが儀式をやろうとしていた高台は、山の中腹にぽっかりと空いた鬼人族の里の入り口とほぼ同じ高さにあるため、星空が見えやすい。


 ルカはその高台に続く階段に腰掛け、一人で考えごとをしていた。


 頭の中にあったのは、昼間テオが解読したわらべ唄のこと、そしてその後にドーハから聞いたライアンの話だ。


 ライアン・エスカレード——ドーハの六つ年上の兄。


 周囲から見た彼は、ヴァルトロの次期統率者として申し分ない少年だった。父親ほどではないがそれでも同じ年頃の子どもたちには引けをとらない武術の才能があり、加えて母親から受け継いだ神通力の高さと頭の良さを兼ね備えていて、そして何よりその真面目で優しい性格によってあらゆる人々に好かれていた。幼い頃のドーハは、人気者でなかなか自分だけに構ってくれない兄に対して何度も拗ねたことがあるという。


 だから、そんな彼が破壊神になってしまうなど誰一人想像していなかった。


 一方、破壊神ウルハヴィシュヌの神石とは、もともとガザたちの師匠ヴェルンド=スペリウスがスウェント坑道の奥で掘り当て、若い頃のアランが暴走させ、危険だからと使用を禁じてきたものだ。


 だが、二国間大戦の開戦によって武器商人としての高みを目指すことに囚われたガザは、師匠の禁を破って破壊神の神石をはめ込んだ剣を作ってしまう。それが、彼にとって初めての神器だった。


 恐ろしい魔力を秘めた武器がどこに流れ着いたのか、ガザは把握していなかった。当時の彼は最強の武器を作った時点で満足してしまっていたのだ。一体どんな商人が買い、どのように売られ、ライアンの手に渡ったのか——ドーハにはうっすらとその時の記憶が残っているという。


「あの剣は……買って手に入れたものじゃないんだ」


 ドーハはそう言った。


 七年前、『終焉の時代』が始まる直前——ライアンの誕生日に贈り物の一つとしてヴァルトロの家に届けられたものだ、と。


 それを見たマティスは、ライアンにその剣を持って初陣に出よと命じた。


 ライアンはその三年前の時点から父親の手伝いのために戦場に出向いてはいたものの、あくまで兵站へいたん部隊としてであり前線で戦っていたわけではなかった。そろそろ戦場に慣れてきたというのと、彼が十八歳になって充分戦える体躯に成長してきたというのもあって、父親としては戦場で功績を上げさせたいと考えていた。


 ただ、エルメはそれに強く反対した。彼女はそもそもライアンを戦場に立たせるということにでさえ大反対だったのだが、マティスに連れて行かれてしまったことを根に持っていたのである。


 なんとしてでもライアンの初陣を阻止しようと、エルメは不気味な剣の出どころを徹底的に洗った。やがてキッシュから武器を仕入れているガルダストリアの商人に行きつき、あの剣を購入した人物は誰なのかを問いただした。商人は気まずそうにこう答えた。


「それが分からんのです。なんにせよあの剣は気づいたら倉庫から盗まれていたものでして……。ああもちろん、厳重に保管していたんですよ! 三重の鍵付きの扉がある倉庫でした。普段は宝飾品を入れる倉庫で、武器をしまうことは滅多にありません。ただ、なんせあのガザ=スペリウスの最高傑作ですからね。念には念をと思って倉庫に入れていたのに……ええ、盗まれたと分かった時は相当落ち込みましたとも……。ただ、代わりに剣のあった場所に売価の二倍はあるソル金貨が積まれていたので、おおごとにはしませんでした。他の宝飾品には一切手をつけられてませんでしたしね」


 結局そこで手がかりは途絶え、エルメは剣の怪しさを証明することは叶わなかった。そしてライアンは父親とともに再び戦場へと発っていったのだ。


 そこから先、戦場で何があったのかドーハは知らない。


 ライアンの無事の知らせが届かないことを心配したエルメが戦地へと向かい、そこで『終焉の時代』が始まって、エルメは破壊神となったライアンを連れてジーゼルロック封神殿へ、マティスは帰国してドーハに「ライアンは死んだ」と告げた。


 ルカはため息を吐きながら頭をかく。


(なんかしっくりこないな……。どうしてライアンが破壊神になったのか、そのきっかけになった出来事が何なのか、結局分からずじまいだ)


 ルーフェイ王城での戦いの時、ドーハの言葉はライアンに響いていた。父親からのプレッシャーに追い込まれていたというのはおそらく事実だろう。


(けど、たぶんそれだけが理由じゃない)


 だからこそ、ドーハの”浄化の陽光イノセント・レイ”が完全には効かなかった。ライアンを禁忌の領域タブーに陥れた別の理由を探らなければいけない。


(あと、問題はもう一つ)


 ウラノスと呼ばれる少女のことだ。彼女は破壊神の味方なのか、敵なのか、それともまた別の目的で動いているのか。


(分からないことだらけだ……ただ、一つだけ希望がある)


 ルカは頭上に広がる星空をじっと見つめる。


 場所は違えど、時は違えど、そこにある夜空の様相はさほど変わらない。


 の"時の追憶"の中にも、こんな景色があった。


(時の島で行われていた"天寿の占"——あの儀式は、ただ寿命を数えるためだけのものじゃなかった)


 自分の記憶のように鮮やかに脳裏に焼き付けられたその光景を噛み締め、ルカは拳を握る。


(きっと、破壊神に立ち向かうための奥の手になるはずだ……ユナには、怒られそうだけど)


 ルカは苦笑してもう一度星空を見上げる。変わらずまたたく星が、やけに眩しく感じた。






 ひんやりと湿った空気。どこからか定期的にしたたり落ちる水音。鼻をつく薬のにおい。


 の身体の感覚は、ゆっくりと戻ってきた。


 皮肉にも、一番はじめに動いたのは機械でできた左腕だった。身体の下に敷かれている柔らかい布の上を這わせて「あるべきもの」を探る。無意識のうちに出た、寝起きのいつもの癖だった。だが、確かに傍らにはあるべきもの——眼鏡が置かれていた。ひび割れたガラス越しに見えた景色は、いつもの自分の部屋ではなかったというのに。


「ここ、は……」


 身体を起こそうとして、全身に痛みが走った。うめき声を上げる彼に、ひたひたと駆け寄ってくる足音が聞こえる。


「ああだめだめ! やっと傷が塞がってきたばっかりなんだから!」


 その声は、聞き馴染みのある少女の声。


「ウラノス……?」


 痛みで再び朦朧としだす頭をなんとか稼動させ、アランは視線を少女の方へと向ける。


(なっ……)


 違和感が、あった。


「もー、ほんとに心配したんだよ! まさかアラン君が自爆するなんてさ!」


 ぷんすかと怒る。


 その声は、その顔は、その身体は、確かによく知る少女そのものだ。


「……おかげで、表に出てくる羽目になっちゃった」


 彼女は、いつもの無邪気な顔で笑う。


 だが、ぞっと寒気を覚え、脈が早打つ。


 見た目は間違いなくウラノスだ。唯一違うといえば、透き通るような青白い髪が力強い赤と黒に染まっているというだけ。


 ただ、それ以上に——アランは気づいてしまっていた。


 彼女が放つ、禍々しい気配に。




「お前は……誰だ?」




 少女はにっこりと微笑んだ。それは今まで見たことのない、どこか大人びた笑みだった。


「ふふふ……」


 彼女はゆらりと立ち上がり、どこか恍惚とした表情を浮かべて呟く。




「ねぇ、アラン君。どうして誰も気づかないんだろうね……? この世界はすでに壊れかけてるってことにさ……」






*mission10 Complete!!*


十章完結、ここまでご愛読ありがとうございます。

十一章構想のため、二回分更新をお休みします。

次の更新は2/9(土)です。お楽しみに!


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