mission10-65 女王からの依頼
ルカが目覚めた時には、破壊神がルーフェイの地を去っておよそ一ヶ月が経っていた。
状況を確認するためにも、目が覚めたその日のうちにルカはクレイジーと共にルーフェイ王城を訪れた。
「ようやくお目覚めか、ルカ・イージス」
「はは……どうも」
「身体の調子はどうじゃ? もう起きて良いのか」
「平気。寝すぎて頭が痛いくらいだよ。全身固まってるからむしろ早く動きたいんだ」
「ふふ、なるほど。そしてヴェニス、そなたはだんだん仮面の無い状態が馴染んできたな」
「まァ、この国の中じゃ仮面つけてたほうが目立っちゃうしねェ。仲間たちにはつけろつけろって言われるけど」
激しい戦いによってぼろぼろになった城では修復作業が行われていて、あちこちから金槌の音が響いている。
謁見の間で待っていたのはエルメとハリブルだけだった。
ディノは今、ミハエルと共に八番街に出かけているという。ルカが眠っている間に歳の近いディノとミハエルはすっかり意気投合して、頻繁に学府の図書館に通っているようだ。
なんでもきっかけはミハエルが戦いの最中に渡したナスカ=エラ産の砂糖菓子で、ディノはいたくそれを気に入ってしまった。城の料理人たちに再現するよう命令したが、彼らはレシピを知らず作ることができない。そこでミハエルを呼んでレシピを教わっているうちにディノ自身がおかし作りに興味を持ち始め、今はより美味しい菓子を作るにはどうすればいいのかを熱心に調べているのだという。
「しっかしまー、ディノ陛下も変な方向に目覚めましたよねっ。あのままパティシエにでもなっちゃったりして」
「ふふふ、それも良いではないか。あの子たちが大きくなる頃には戦争の無い世界になっておるかもしれぬ。そういう時代に必要なのは人を支配する力じゃなく、人を喜ばせる力じゃからの。それに……あの二人を見ていると、かつての大巫女マグダラと我が父ジクードがここにいるような、そんな気がしてな」
そう語るエルメは、どこか憑き物が落ちたような柔らかい表情をしていた。
「そう言えば、ユナ姫は一緒ではないのか?」
「う……それは」
「ユナはターニャと買い物に出かけてるよ。本当は一緒に来る予定だったけど、ルカが怒らせちゃったからねェ」
「い、言わなくてもいいだろ別に!」
「ほう、何があったのじゃ?」
気まずそうに顔を伏せるルカの代わりにクレイジーが説明する。
ユナはあの戦いの後、ほぼつきっきりでルカの看病を続けていた。かつてここまで長く寝込んでいたことがなかったから、もしかしたらもう二度と目を覚まさないんじゃないか——そんな不安に駆られるのを必死で抑え込んで、ルカの意識が戻るのを健気に待っていた。
だからこそ、ルカが目覚めた時に嬉しさと同時に苛立ちがあったのだろう。どうしてこんな危険のある技を使ったのか、一体何を代償にしているのか、ユナはそれをルカに問いただした。それなのにルカは答えをはぐらかし、破壊神はどうなったとか、ドーハたち他の面々はどこにいるのかを気にしてばかり。
ついに堪えていたものがはちきれたのか、ユナは涙を浮かべながら「もう知らない!」と言って、ターニャと共に外に出て行ってしまったのだ。
「だってさ……代償なんてたいがいロクなもんじゃないでしょ。そんなの話したらユナに余計心配かけるんじゃないかって」
「バカだなァ。あの子は質問に対する答えが欲しいわけじゃなくて、君の口から『もう二度とあの技を使わない』って聞きたかっただけだよ」
「けど、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。相手は破壊神なんだし」
「嘘でもいいのサ。君もいい歳なんだから、女の子を気持ち良くさせる嘘の一つや二つは吐いてみせなよ」
こほん、とエルメの咳ばらいが聞こえて二人は話すのを止めた。
「ヴェニス……そなたがそう言うと妙に説得力があるのう?」
「おお怖い。怒らないでよ、エルメ」
おどけた様子で肩をすくめるクレイジー。
エルメは呆れたようにため息を吐いた。
「まぁ良い。それでそなたたちを呼んだ本題じゃが——」
横に控えていたハリブルが、ばさりと一枚の巻物を開く。地図だ。描かれているのはとある大陸。
「これは、スヴェルト大陸だね?」
スヴェルト大陸。かつて砂漠の国アトランティスを中心に栄え、そして内戦と二国間大戦の戦場となったのを機に衰退した、今や不毛の土地と呼ばれる場所。
「ああ。現地に駐屯している兵からの目撃情報が入った。破壊神は今、スヴェルト大陸の中央部にいる。二国間大戦の前線があった場所じゃ。おそらく、先の戦いでドーハの力によって消耗した破壊神は、この地に溜まった厭世の念を吸収して力を取り戻すつもりなのじゃろう」
「ドーハの力……"
「さぁ、妾には分からぬ。妾がアマテラスの共鳴者だった頃には使えなかった力じゃ。その名の通り、破壊神の穢れを祓う力のように見えたがの」
「うん。あれなら破壊神を弱らせられる。……けど、それだけじゃ足りない」
「そうだねェ。神格の方——ウルハヴィシュヌは無傷だったし、何よりあの時破壊神を助けた人間がいる」
「あの青白い光、か」
ルカは頷く。
青白い光について、ルカたちはかつて二度見かけたことがある。
一度目はジーゼルロック封神殿からヴァルトロ四神将たちが撤退するとき。
二度目はガルダストリアの工場でキリとの決着がつこうとしていたとき。
いずれもヴァルトロの飛空艇と同じ名前で呼ばれていた少女が放つ神石の光色だ。
「妾もドーハから話を聞いたよ。ウラノス、だったか? 彼女はアラン=スペリウスの実験体の一人で、飛空艇を自在に操縦する力がある少女。ただ、それ以上でもそれ以下でもなく、破壊神や戦争のことについては無関心だったらしいが……」
「おまけに、その子はドーハ様がヴァルトロを出た時にはヴァルトロにいたそうですよっ? ドーハ様がそうおっしゃってました」
「いや、あの子に居場所は関係ないと思う。おれたちは何もない場所からあの子が突然現れたのを見たことがある。……たぶん、瞬間移動する力のある神石の共鳴者なんだ」
エルメはなるほど、と頷くと玉座に深く腰掛け直した。
「であれば、そなたたちに依頼する内容はいずれにしても変わらんな」
「依頼?」
エルメの顔には悪戯な笑みが浮かんでいる。
「ああ。何か問題があるのか? ルーフェイの女王が義賊ブラック・クロスに依頼をすることが」
ルカははっとクレイジーの方を見やる。彼は事前に話を聞いていたのか、にっこりと微笑んで話を聞くよう促す。
ルカはエルメの方に向き直って言った。
「いや、それが黒十字の誓いを果たすものなら、おれたちは誰の依頼でも引き受けるよ」
「ふふ……そうでなくてはな。先日、ルーフェイ議会は破壊神の動向を踏まえ、今後の方針について決議を下した。破壊神は我々の想定を超えた存在であり、支配下に置くことは不可能。暴走する前に鎮圧することが急務と考える」
「鎮圧、ってことはつまり——」
「ああ、討伐はしない。あれは確かに破壊神じゃが、身体は我が息子ライアンのもの。ライアンを殺すわけにはいかぬ。……これは、あくまで妾の私情じゃが」
「大丈夫さ。おれたちも初めからそのつもりだった」
「だからこそ、そなたたちを介して依頼したいのじゃ。ヴァルトロはそう考えてはいないであろうからの……。まぁ良い、話を続けるぞ」
そう言って、エルメは先ほどの地図を指した。
「破壊神が今いる場所はこの中央にあたる場所じゃ。鎮圧には、創世神話に記述されている通り神石の共鳴者が協力しあい、破壊神を包囲して相手を無力化、そしてドーハの力で
エルメの指先は地図の北側を示した。
「まず一つ、現在スヴェルト大陸の北半分にはヴァルトロがすでに戦争に向けた拠点を築いていて手を出せない。そしてもう一つ、先の戦いで分かったように我らの力だけでは破壊神を鎮圧することはできぬ」
「だからおれたちがヴァルトロに戦争をやめさせて、あいつらにも協力してもらえるよう頼みに行く、ってわけだな」
「理解が早いの。その通りじゃ。我々はそなたたちブラック・クロスと王子ドーハを使者に立て、ヴァルトロとの停戦交渉を依頼したい。……そして、目的はもう一つ」
エルメは声を潜めて続ける。
「ウラノスという少女について調べてきてほしい。彼女がヴァルトロの意思で動いているのか、そうでないのか。破壊神を庇った理由は何なのか……。それが分からぬうちに再び破壊神と対峙するのは危険じゃからな」
おそらく、今まで受けてきた中で最も難しい任務になるだろう。
あの覇王マティスが停戦交渉を聞き入れてくれるかどうか。
その上でヴァルトロ配下の少女について調べることができるのかどうか。
だがその二つをなんとかしなければ、破壊神に囚われたライアンを救うことはできない。
ルカはエルメにまっすぐ視線を返し、頷いた。
「……分かった。あなたからの依頼、確かに引き受けるよ」
エルメからミッションシートを受け取り、ルカたちは城を出た。
今こうしている間にも破壊神は厭世の念を取り込み力を蓄えている。あまりのんびりはしていられない。
まずは中央都にいる仲間たちを集め、鬼人族の里にいるというドーハと合流する。ルカが早速ミハエルのいる八番街に向かおうと歩き出した時、クレイジーが彼の服の後ろ襟を掴んで引っ張った。
「な、何すんだよ!」
「まァまァ。そう焦らなくてもいいじゃない。それよりちょっとボクの用事に付き合ってよ」
クレイジーはのんきな調子でそう言うと、すたすたと別の方向へ歩いていく。ルカは仕方なくその後を追った。
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