mission10-64 浄化の陽光
「兄さん!? 兄さんなんだよな?」
「ウウ……」
ドーハが声をかけると、ライアンは眉間にしわを寄せ苦しそうに身をよじった。
「ワたしハ……ワたしハ、ナぜこコにイる……? 戻らナケれバ……戦場ニ……!」
ライアンの身体ががくがくと痙攣したかと思うと、その振動が破壊神の身体にも伝わったかのように、ルカの技で停止したはずの破壊神がわずかに身動きする。
「ッ!」
ルカがうめき声をあげてその場にうずくまった。いつのまにか、頭から血が流れている。クレイジーが彼をユナの側に運んで応急手当を施したが、依然としてルカは頭を押さえながら痛がった。
「ねぇ、ルカ。あの力って……?」
おそるおそる尋ねるユナ。だが、ルカは何も答えない。
聞かずとも分かってはいた。あれは"神格化"の力だ。ルカは"神格化"の力で破壊神の巨体の方の時間を停止させた。聞きたかったのはいつから使えて、その代償が何なのか、である。
「ごめん、ユナ。いつか話す。けど今はだめだ。破壊神は"
そう言っている間にも、ルカはまたうめき声をあげて頭を抱えた。先ほどとは別の場所に傷ができて血が噴き出している。
「ドーハッ……早く……!」
ドーハはルカたちに背を向けたまま頷く。
「兄さん! 聞いてほしい話があるんだ。少しでいいから、耳を傾けてくれ……!」
「イやだ……ワたしハ、戦場ニ……」
ドーハはぎゅっと唇を噛み締め、一層声を張り上げた。
「今の俺には、兄さんがどうして破壊神になったのか、ちょっとだけ分かるんだよ!」
「……ナ、に?」
「七年前、戦争が終わった時……俺は、父上から兄さんが戦場で死んだって聞いたんだ。母上もいなくなって、急にがらんとした家の中で俺は思った。このままじゃ父上にも見放されて、ひとりぼっちになるんじゃないかって」
ライアンに語りかけながら、ドーハは瞳の端に浮かんだ涙を拭う。
「だから俺なりに頑張ったんだよ。苦手な筋トレも、剣術の訓練もちゃんとやるようにした。柄じゃないって思いながら帝王学を学んだ。社交的な場にも積極的に顔を出すようにした。父上に認めてもらうために必死でもがいたんだ。……でも、無理だった。俺は兄さんには追いつけなかったよ。どれだけやっても兄さんのように上手くはできなくて、部下には信頼されないし、父上には叱られてばっかりだし……けっこう苦しかった」
ドーハは自嘲し、肩を落としながらも話を続けた。
「それでも俺にとっては父上が絶対だった。だから少しでも期待してもらえるように、父上の命令を聞いて任務にあたってきた。……ジーゼルロックの封神殿で、兄さんが生きてると知るまでは」
「ワたしハ……ワたしハ……」
「父上は俺に嘘をついた。兄さんのことを破壊神と呼んだ。俺はそれがどうしても許せなかったんだ。父上だけじゃない……やっぱり父上と同じようにはなれない自分自身にも。だから父上に反抗して、ここに来たんだ」
ライアンの身動きが止まる。うっすらと瞼を開き、うつろな視線をドーハに向ける。その場の緊張は未だ解けない。それでも、今のライアンは弟の話を聞く優しい兄のように見えた。
「ねぇ、兄さん。ひょっとして兄さんも一緒だったんじゃないか? 父上の期待を背負って、それでも父上のようにはなれないことに絶望して……ずっと、苦しかったんじゃないの?」
「ウ……ウワァァァァァァァァアアアアッ!」
ライアンが苦しみもがきだす。
鼓膜を破るような叫び声が響き、足元がぐらぐらと揺れ始める。
「刺激を与えてしまったか……!」
「いえ、テスラさん、あれを見てください!」
ミハエルが指したのは動きが止まっている破壊神の左腕だ。その腕の表面はざわざわと泡立ち、赤黒い湯気を立てて溶け始めている。
「もう一息だ、ドーハ!」
「ああ!」
ルカの合図でドーハは八咫の鏡高く掲げ、鏡面をライアンに向けた。
「ずっと気づけなくてごめん。兄さんのこと、完璧な人だって思ってたけど、それは俺が兄さんの本当の気持ちを知ろうとしなかった証なんだ。俺はつくづく馬鹿な弟だよ。それでも……また兄さんと一緒に暮らしたいんだ! 兄さんの苦しみは俺も一緒に背負うから……だから、元の優しい兄さんに戻ってくれ!」
八咫の鏡の鏡面が温かい朱色の光をたたえだす。
「"
穢れのない太陽の光が、ライアンの身体を包み込む。
どろどろと溶け落ちていく破壊神の身体。
葛藤するようにもがき苦しむライアン。
ぽっかりと空いたその左胸が埋まっていく。
"無時空結界"の効果が解かれ、その場に倒れるルカ。
「やった……のか?」
ほっと安堵しかけた、その時。
急に空気が冷えるような感覚がして、一行ははっと身構えた。
いつの間にか、ライアンの背に翼が生えている。
青白い光をたたえた翼だ。
破壊神の神石の色とは真逆のその色は、清廉さをたたえている一方で、底知れない寒さを感じさせる。
「青白色……どういうことだ!? あの色は……」
「ドーハ! 伏せよ!」
エルメが短く叫び、次の瞬間にはドーハは足元の影の中に飲み込まれていた。ハリブルの力によって移動させられたのだ。
「何だよ急に……!?」
先ほどまで自分がいた場所を見て背筋が凍る。
そこは穢れた赤黒い炎によって焼き尽くされていたのだ。
炎の出所は、ライアン。いや、正確に言えば彼の左胸にぎょろりと開いた奇妙な瞳からだった。皮膚が縦に裂けて顔を出した赤黒い怪しげな瞳は、どこかを見ているわけではないが、この場のすべてを見通しているかのような威圧感を放つ。
"……ああ、そうだとも。ようやくこの世に顕現できたのだ。まだこの身体を明け渡すわけにはいかぬ"
瞳の方から声が聞こえる。それは何者かに向かって語りかけているようであった。
ライアンは意識を失っているが、翼はひとりでに羽ばたき、上空へと高く舞い上がる。
「待ってくれ! どこへ行く気なんだ、兄さん——」
"口を慎め、人間風情が"
「え……!?」
低い声がした。
抑揚のない、人間ではないものの声。
赤黒い瞳が、怪しげに煌めく。
"我が名はウルハヴィシュヌ。世を終焉に導く破壊神ぞ。ここは人間臭いな……我にふさわしい戦場ではない……。
青白い翼が、ライアンの身体を遠ざけていく。
「兄さん……! 兄さーーーーーーんッ……!」
だが、相手が振り返ることはない。
ドーハの叫びは、虚しくその場で響くだけだった。
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