mission10-4 鬼人族の性質
一瞬のうちに、目の前の光景ががらりと変わった。
麓はウンダトレーネの森の延長線のようなうっそうとした樹々に囲まれていたが、今ルカたちがいる場所は赤茶色の地面に覆われて、草木はほとんどなく、ごつい岩がごろごろと転がっている。
「ナスカ=エラとは違って、殺風景な感じだね」
ユナが呟くと、ミハエルはしゃがみ込んで足元の土をすくった。さらさらと赤黒い土が指の隙間からこぼれていく。
「これは火山灰ですね。この辺りは噴火した時の灰や溶岩だったものに覆われているんだと思います。火山灰の中には栄養が少ないので、植物も育ちにくいんでしょう」
登山道を歩いていくと、たまに地面から灰色の煙を噴き出している場所を見かけた。近づいてみると、濃厚な硫黄の香りがする。ポイニクス霊山は活火山。ジジの話では近頃頻繁に火山灰が降ってくるので、数百年ぶりに噴火するのではないかと恐れられているのだという。
「おーい、こっち来てみろよ」
ルカが登山道から外れた崖の淵に立ち、皆に手招きする。下の景色が見える場所を見つけたのだ。ユナは恐る恐る眺めてみて、すぐさま視線を逸らした。先ほどは自分たちの頭上にあった分厚い雲が、今は自分たちの眼下にある。
「ほ、本当に高いところまで一瞬で移動したんだね。呪術って……すごい」
ユナの言葉にミハエルはどこか得意げな様子だ。
「実はああいう常設型の呪術式を使ってみたのは初めてなんです。さっきのジジさんの家にあった薬品の種類といい、やっぱり本場にある技術は本で読むのとは全然違いますね。中央都に行くのが楽しみになってきました」
「ったく……あたしらは観光しに来たわけじゃないんだぞ?」
ターニャはやれやれと肩をすくめた。
「あと、さっきの君の話じゃここから先は呪術の力が及ばない区域なんだろ。上へ行けば行くほど磁場が強まるんだったな」
「はい。下手したら神石の力にも影響があるかもしれません。普段どおりに戦えなくなるので、なるべく戦闘は避けて——」
「おい、そんな悠長なこと言っていられないようだぞ」
リュウがそう言って身構える。
どうやら岩石だと思っていたものの一部は破壊の眷属の擬態した姿だったらしい。いつの間にか、溶岩でその身をかたどった破壊の眷属の群れがルカたちを取り囲んでいる。
「くそっ、こんな高いところでも遭遇するなんて!」
ルカは黒の大鎌を、ターニャは白銀の剣を構え、先陣切って攻めかかる。今の二人の実力であれば、弱い敵は一薙ぎで倒せる——はずだった。
「なっ……!?」
二つの刃は破壊の眷属の身体を貫くことなく、固い皮膚に弾かれる。
「ウゴォォォォォォ!」
破壊の眷属が上体を反らして拳を振り上げる。反撃が来る前にルカは瞬間移動して後退。破壊の眷属の攻撃は勢いあまって地面に振り落とされた。
ドゴォ!
鈍い音が響き、足元の地面が割れる。できた穴からは硫黄の臭いをまとった黒い煙が噴き出した。
「なぁ、こいつら特異種でもないのに強くないか?」
すると背後から申し訳なさそうなミハエルの声が聞こえた。
「先ほどお伝えしそびれちゃったんですが、磁力の法則の対象は神石や眷属だけじゃなくて、破壊の眷属も含まれます……」
「つまり、ここにいるような破壊の眷属は土地の磁場に負けない
ミハエルの代わりに答えるように、目の前の魔物が咆哮を上げる。
通常の打撃が通らないなら、呪術や遠隔攻撃で敵の弱点を突くのが正攻法だ。敵は溶岩でできた身体。おそらく鬼人族の弱点と同様、冷気や氷を苦手としているはずだ。だとしたらミハエルの呪術かアイラの”冷砂”が有効なのだが、今はどちらも頼れない。
「どうする? 他に手は……」
その時、ヒュッという音とともに背後から人影が飛び出した。
「今のって——」
リュウだ。
両腕を鬼人化させ、素手で思い切り殴りかかる。
「あのバカ、骨折れるぞ!」
ルカは止めようとした。が、すぐにその必要などないと分かった。
「ハァァァァァ!」
リュウの拳が敵に触れ、「ゴッ」という鈍い音が響いたかと思うと、またたく間に敵の全身にヒビが入っていく。
「ウガ……ウガァァァァァ!」
断末魔とともに、破壊の眷属はばらばらに砕け散ってしまった。リュウは次々と自分たちを取り囲む敵をなぎ倒していく。唖然とするルカたちに対し、リュウだけはけろりとした表情だ。
「言ってなかったか? 鬼人族の本来の力が発揮されるのは火山地帯だけ。低地にいる時の俺たちは本来の力の三分の一も出してはいない」
「まじかよ……」
リュウの場合、単に身体能力が向上するだけではなく、鬼人化する時の体力消費量が減って長時間鬼人化を維持できるようになるという。
「それって鬼人族は神通力を持たない代わりに自然界にある磁場と引き合う力を持っているということですよね? うーんこれは興味深いです、そういえばルーフェイ中央都の民俗学者が書いた本にそういう記述があったような? ただあまり売れていない本だったので僕は内容を鵜呑みにしませんでしたが、案外真実を語っていたのかも? そもそも火山地帯に住む鬼人族の生態に関しては謎に包まれていて……」
ミハエルが何やら小難しいことをぶつぶつと呟いているので、リュウはうんざりとした表情を浮かべた。
「悪いが俺には分からん。そういうのは俺の父さんに聞いたほうがいい」
「……もしかしたら人間と鬼人族、双方の身体構造を詳しく解析することでこれまで誰も明らかにできなかった神通力の仕組みが分かるかもしれません。これまで神通力を生まれ持った才能だと思われていましたが、この研究が進めば技術によって個人差を補うことも可能になり……」
「……おい」
「あはは、ダメだこりゃ。完全に妄想タイムに入っちゃってるね」
ターニャが笑う。ミハエルにはそれすらも聞こえていないようで、止まることなくぶつぶつと何かを唱え続けている。
その時、何かが動く音が聞こえてユナはハッと周囲を見渡した。
「ちょっと待って! まだ一体残ってる!」
「チ、しつこい——」
リュウが敵に殴りかかろうとした、その時だった。
破壊の眷属の身体は目の前で粉々に砕け散る。
リュウが殴った時よりも、さらに細かい粒となってあっけなく。
粉塵の後ろから姿を現したのは、全身赤い皮膚に簡易な毛皮を身にまとった鬼人族の女だった。
「母さん……!?」
リュウのその言葉に、ルカたちは思わず二人の顔を見比べる。リュウがハーフなぶん分かりにくいが、確かに顔つきの一部はどこか似ている。
息子が近くまで来ていることを察知して、助けにきてくれたのだろうか。ルカたちがそう思った矢先——
「久しぶりだねぇ、このバカ息子」
リュウの母親はニヤリと口角を吊り上げたかと思うと、一切の手加減なくリュウの
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