mission10-3 引き合う力
ポイニクス霊山は標高八千メートル級の世界最高峰である。山々が連なり、大陸のほぼ全土が高地として隆起しているナスカ=エラのあるヴィナ大陸とは違い、ポイニクス霊山はアルフ大陸の中心地に孤高にそびえる急勾配の山だ。
ナスカ=エラの場合、高地にある中心街に向かうための手段としてゴンドラに乗ることができたが、ポイニクス霊山は傾斜がきついため乗り物はない。
「もしかして、これ全部歩いて登るの……?」
ヤオ村からウンダトレーネの森の方へ抜け、南東に進んだところに登山道の入り口がある。ターニャはそこで頂上の方を見上げて嘆いた。目の前にそびえる山は、首が痛くなるほどの高さである上に、頂上は雲に覆われてしまって全く見えない。
「ちょっと待ってください。確かこっちに……」
ミハエルが地図を眺め、登山道とは別の脇道を進み出す。しばらくその後をついていくと、開けた場所に出た。地面には半径三メートルほどの呪術式が描かれている。
「以前本で読んだのですが、確かこの転送術式を利用すれば標高三千メートルほどの場所まで移動できるようです。鬼人族の里がある中腹の洞穴は標高四千メートル付近にあるので、そこまでは自分の足で登ることになりますが」
ミハエルの話に一行は皆ほっと胸をなでおろす。リュウだけは「歩いて登るのが普通じゃないのか?」と不服そうな表情を浮かべていたが。
「にしてもそんな便利な呪術があるんならさ、鬼人族の里とか頂上まで直接行けるようにしてくれればいいのにね」
「うーん、ターニャの言いたいことは分かりますが、おそらく無理だと思います」
「なんで?」
「磁場の問題ですよ」
ミハエルはそう言って方位磁針を取り出した。よく見ると、針は北の方角を指しながらもカタカタと不安定に揺れている。
「磁場……そういえば、ナスカ=エラの時も磁場が不安定だからサンド二号が上手く通信できないってガザが言っていたような」
ルカはナスカ=エラでのことを思い出す。街に到着した日に通信をしようと思っても繋がらず、ミハエルがヘイムダルの神石を持ち出して磁場が一瞬安定してからようやくノワールと連絡が取れたのだ。
「これはまだミトス文教院が公表していない情報ではあるのですが……実は研究により神通力と眷属、あるいは神石の関係が、磁石のN極とS極の関係に近しいことが証明されています。人間の持つ神通力をN極とすると、眷属や神石の持つ力はS極となり、これが引き合うことで力が発現されます。ルーフェイの呪術というのは、N極とS極、それぞれ力の弱いもの同士の結びつきを触媒を使って補うことで力を発現させる技法のことなのです」
例えばユナが神石を覚醒させるまでコーラントの魔法を使うことができなかったのは、ユナというN極とミューズの神石というS極の力の強いもの同士が引き合ってしまい、弱いS極である眷属に引力が届かなかったからなのだ。グレンが呪術を上手く扱えないのも同じ法則である。
「つまり……ここには呪術の元となる眷属以上に引力の強い何かが存在するってことか?」
ルカの言葉にミハエルは頷いた。
「その通りです。世界には稀に土地そのものが強いS極の力を持っている場所があります。ポイニクス霊山はその代表格で、標高の高い場所に行けば行くほどその磁力が強まると言われているんです。だから安全に呪術が発動できるのは標高三千メートルまでで、それより上になると土地の磁場に邪魔されて呪術が上手く扱えなくなります」
「……なるほど、さっぱりわからん」
リュウは腕を組んで呟くが、もともと全部歩いて登ろうと考えていた彼に理解できる話だとは誰も期待していない。
「でもさ、ミハエルくんやクレイジーさんは確か神石を使いながら呪術も使いこなせるんだよね。どうやったらそれができるの?」
「ええと、口で説明するのは難しいんですが……自分の中の神通力の出力経路を切り替える感覚です。神石と呪術の眷属では、神通力と引き合いやすい経路が少しだけ違うんですよ。ただ、その感覚を掴むには呪術の基礎訓練を積まないと難しいかもしれませんね」
ミハエルは少し気まずそうに、だが素直にそう答えた。クレイジーのように幼い頃から
「ま、とにかくそういう事情なら三千メートルのところまでで我慢してやりますかね、っと」
ターニャはけらけら笑って、地面に描かれている呪術式の中に立つ。ルカたちもそれに続いた。最後に式の中に入ったミハエルは、呪術式の上にジジからもらった液体状の薬品の一つを垂らす。
「それじゃ、行きますよ」
ミハエルが瞳を閉じて手をかざし、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。すると地面に描かれた呪術式が赤紫色に光を帯び——ルカたちの身体はその場から消え去った。
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