mission8-25 楽しい話



 ずいぶん無理をしていたのだろう。しばらく歩いていると、ターニャはルカの背の上で寝息を立てて眠り始めた。


 やがて二大国どちらの陣営のものか分からないが、砂に埋もれかけた野営地の跡を見つけ、ルカはそこで彼女を下ろして自分も一休みすることにした。


 周囲は砂嵐が吹き荒れているだけで、敵襲の気配はない。


(ターニャが言うには、ここは破壊神が覚醒した直後の二国間大戦の戦場の光景とほとんど同じ……。アイラの故郷は、こんな場所だったんだな)


 以前、スヴェルト大陸についての話になった時、アイラはきっぱりと「故郷に対して愛着はない」と言っていた。その時は故郷の記憶があるだけましじゃないかとも思ったが、こうして殺伐とした大砂漠の光景を目の当たりにすると、彼女がそう言った意味も理解できるような気がしてくる。


(アイラもユナもリュウも……みんなどこにいるんだろう)


 これだけ歩き回っても、仲間たちの神石の声を聞くことはなかった。おそらくもっと遠くの場所にいるか、そもそもこの奇妙な空間に迷い込んだのが自分とターニャだけなのか、そのどちらかなのだろう。


 ルカは自らの首にぶら下がっている黒の十字のネックレスを見つめ、小さくため息を吐いた。


(おまけにクロノスの力は全く使えないし……神石なしであの王様と戦うのはきっついんだけどな)


 クリストファー十六世は軍属上がりのランス使いで、馬上からの隙がなく一撃の重い槍捌やりさばきを得意としている。通常の速度で近づいても間合いに入り込めず、腕力の差で押し返されてしまう。王の戦い方を熟知しているターニャの指示で、ルカは王の気を逸らすことに専念し、馬上でバランスを崩したタイミングを狙ってターニャがとどめを刺す、二人がかりの連携で体力の限界まで粘ってやっと倒せる相手だ。連戦で疲労が蓄積されているのもあって、もう一度王と戦うことになったら次はどうなるか分からない。


(ひとまずおれも……休まないと)


 ルカは野営跡地に捨てられていた毛布の砂を払い、眠るターニャにかけてやると、自分も毛布にくるまって重くなってきたまぶたを閉じた。周囲の景色は常に砂にまみれているせいで今が何時なのかさっぱり分からないが、灼けつくような暑さがひいて、だんだんと冷え込んできたのを考えると、砂漠に夜が訪れたということなのだろう。


 疲れていた分、眠りに落ちるのは早かった。


 だんだんと意識が曖昧になってきて、外の砂嵐のごうごうという音が止んでいき、別の誰かの声が聞こえてくる。




 兄上、なぜ死んでしまったのですか……。


 私にはできない……兄上と同じようなことは……。


 イェレナ、アーロン……私はお前たちを……。


 頭では分かっているのだ、頭では……。


 私を見るな! そんな視線を向けるな!


 期待も、憐れみも、もうたくさんだ……。


 もっと恐れるがいい! 私は王だぞ……?


 兄上なら、こんな時……。


 ああ、ターニャ……なぜ私を裏切る……。


 やはりその銀髪に裁きの剣はよく似合うな……。




 急に身体を揺すぶられ、ルカはハッと目を覚ました。まるで悪夢を見ていたかのような疲労感がどっと溢れ出す。ルカを起こしたのはターニャだった。


「ダメだ、ここで寝たら


 憔悴した彼女の表情を見て、ルカは瞬時に彼女も同じ声を聞いたのだと悟る。


「けど、休まないと体力が」


「馬鹿だなぁ、さっきヴァルキリーも言ってたでしょ。ここにあるのはあたしたちの肉体じゃなくて精神体。体力を回復しても無駄ってわけ。気分の問題だからね」


 ターニャはため息を吐いてその場にしゃがみこんだ。


「何か面白い話でもしてよ。とびきり気分がアガるようなやつ」


「そ、そんなこといきなり言われても……」


 ターニャがどんな話をしたら面白がるのか全く分からない。そもそも言葉を交わす度にお互いの意見の相違が露呈する二人だ。


「あっそ。じゃああの子は? ユナちゃん。あの子とはどこまでいってんの?」


「えっ、いや、どこまでって……」


「手はつないだ? 口づけも? それともその先も?」


 ターニャの大きな黒い瞳でじっと見つめられ、ルカは言い逃れできないことを察する。だんだんと顔が熱くなってくるのを感じながら、ルカはしどろもどろに答えた。


「別に何もないというか……そういう話をユナとしたことは一度も」


「ふーん、そうやって思わせぶりな態度とってるんだ。かーわいそうにねぇ。あの子、あんなに一途なのに」


 ニヤニヤといたずらな笑みを浮かべるターニャ。その楽しげな表情を見てルカはむっとする。


「ユナのことないがしろにしているつもりはないよ。けど、いろいろ事情が複雑なんだよ。おれには記憶がないし、ユナは行方不明の幼馴染を探してる。……だいたい、あんただって人のこと言えないだろ」


「なんで」


「あんたにとって、あいつは……ウーズレイってなんなんだ?」


 すると彼女は不意に黙り込み、やがてふっと笑うと、独り言のようにぼそりと呟いた。


「難しい質問だなぁ。そうだね、何だと言われればあいつは……あたしにとってはこの髪をとぐ櫛のようなもの、かな」


「櫛……?」


 ターニャは頷く。


「そう。別にいなくたって生きていける。けど、いなければいないで、髪の毛がもつれて、縮れて、ボサボサになって、いつか鏡を見た時に自分が嫌になってしまう。そんな奴だよ、あいつは」


 ターニャの例えにいまいちピンとこなかったルカは、怪訝な表情を浮かべる。それを見てターニャはけらけらと笑った。


「ま、普通の櫛と違うところは、あいつのしつこさかな。どれだけあたしが突き放しても、どこまでもついてくる。ちっちゃい時から、大人になった今でも変わらずね。だから、ナスカ=エラであたしが牢獄塔の中にわざと入るって決めた時は相当怒ってたっけ」


 それでも結局、ウーズレイはミトス神兵団のジューダスの隊に忍び込み、死刑台に護送される直前のターニャをミハエルやグエンと共に助け出しているのだという。ウーズレイが理解しているかどうかわからないが、ターニャが自ら牢獄塔に入って囚人たちを味方につけるなどという大胆な作戦に出たのも、彼がいずれ駆けつけてくれるという信頼あってこそだったのかもしれない。


「ってことは、もしかして……!」


「そ。あいつのことだから、いずれあたしたちのことを見つけだすよ。それまで粘るんだ。あいつの声が聞こえるまで」


 とはいえ、今のところ周囲から聞こえるのは砂嵐の音ばかりで、仲間たちの気配は一向にしない。敵がやってくる気配もないのがまだ救いではあったが、それよりもしんと冷え込んでくる砂漠の寒さの方が問題であった。身体の冷えでますます気力が奪われ、眠気が襲ってくる。


 ターニャは目をこすりながら、同じくうとうととしているルカに向かって言った。


「眠気覚ましに少し昔の話をしようか。没落貴族の娘と第一王子の影武者……二人がどうして王を殺して、エルロンドという国の歴史を終わらせたのかをさ」



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