mission7-35 雪辱
「グオォォォォォォ!」
破壊の眷属たちの耳をつんざくようなうめき声が響き、足並み揃えて一斉にルカたちに襲いかかってきた。
「リュウ、動けるか!?」
「ああ……こいつら相手なら、なんとか……!」
ルカに声をかけられ、リュウはよろよろと立ち上がる。体力を使い果たして鬼人化も神石の共鳴もできないような状態だが、この大量の敵の目の前でただ寝転がっているわけにはいかない。
「ユナは後ろで援護して。ジョーヌのこともよろしく」
アイラの的確な指示に、ユナはすぐさま頷いて突然目の前に現れた破壊の眷属たちに戸惑っているジョーヌの手を引き後方へ下がる。そのやりとりでシアンはようやく彼の存在に気づいたらしい。
「ジョーヌ!? どうしてここに!」
「ハハ、やっと気づいたかい、シアンちゃん。昔と違ってずいぶんべっぴんさんになったじゃないの」
「よ、余計なお世話! 後で聞きたいことが山ほどあるんだから、せいぜい流れ弾に当たらないようにしてなさいよ!」
するとジョーヌの身体が薄桃色のベールに包まれた。ユナのカリオペの歌の力だ。
「大丈夫、ジョーヌさんのことは私が守りますから! シアンさんは前の敵に集中してください」
「ユナ……ありがと! 頼んだわ!」
シアンはユナの肩を叩くと、敵の方へと駆けていく。
「行くよ、ルカ!」
「ああ!」
体力に余裕のあるルカとシアンが前方の敵を蹴散らし、彼らをアイラが砂の力で援護、取りこぼしをリュウが仕留め、ユナは後方から仲間の力を引き上げる歌によって支援する。
バランスのとれた布陣で、着実に破壊の眷属たちの数は減っていった。
だが、問題は破壊の眷属を操るキリの方だ。
彼は時折ルカたちが相手している破壊の眷属の後方からアストレイアの力を放ってくる。その瞬間は破壊の眷属の相手をやめて、光を避けることに集中しなければならなかった。そしてキリはその隙に新たな破壊の眷属を呼び出し、戦力を増強してしまうのだ。
(くそ……これじゃおれたちの体力が削られる一方だ……)
ルカはちらりと隣を見やる。怪我をしているシアンは、すでに息が上がり始めていた。シアンだけじゃない、他の仲間たちも神石を使ったりしてじわじわと体力を消耗している。一方でキリはと言えば、最初にいた場所から一歩も動かず、二つの神石を使っているにも関わらず体力の底が見える気はない。
(どうなってんだよあいつの身体は……! そもそも二つ神石が共鳴することなんてあるのか……?)
「ルカ!」
シアンが破壊の眷属を蹴り飛ばしながら声をかけてきて、ルカはハッとした。
「何?」
「神石の共鳴者って……神器がそばにないと力を使えないのよね?」
「ああ、そうだよ。神通力がずば抜けて高い場合は遠隔操作もできなくはないけど、基本的には神器が身体のどこかしらに触れてないと力を使えないね。けど、それがどうしたの」
「あいつの神石、うっとうしいでしょ。だからあの杖をどうにかできないかなと思って」
「そりゃそうだけど、そもそもどうやって近づけば……」
ルカは考え込んでふと思い出す。
これまでキリとは二度対峙している。一回目はコーラントに停泊していた飛空艇ウラノス、二回目はジーゼルロックの封神殿だ。どちらも一瞬だけキリが杖を持っていられなくなる瞬間があった。
ユナの歌——敵の感覚に直接響かせるというエラトーの歌だ。
ユナ曰く、二回目はさすがにキリの反応が早く途中で耳を塞がれてしまって効果が弱まったそうだが、隙をつけば一時的にキリの動きを止められる。
「アイラ!」
ルカはすぐさまアイラのそばに駆けていき、キリに聞こえないよう小声で言った。
「視力の良いアイラならここからでもあいつの動きが見えてるよな? あいつが一番余裕をなくしそうなタイミングを教えてくれないか」
「ええ、わかるけど……それを知ってどうするつもり?」
「キリが耳を塞げないタイミングでユナの歌を聞かせて隙を作るんだ。そしたら一気に間合いを詰めてあの杖をキリの手から弾く。そうするしかあいつに近づく方法はない気がする」
「確かに……でも、それって要は全員防御を捨てて攻めに集中するってことでしょう? 失敗したら後がないわよ」
「分かってる……! けど、四神将相手にはそれくらい覚悟しないと、たぶんいつまで経っても突破できない」
ルカははっきりとした口調でそう言った。本気なのだろう。アイラはルカの思いを理解すると、一つため息をついてキリの方を指差した。
「あいつが一番余裕をなくすのは、アストレイアの光を放ってくる直前よ。あのタイミングだけは天秤の杖に力を込めるのに集中しているように見える」
「よし、分かった!」
ルカは今度は後方のユナの方まで行って作戦を伝える。だがルカたちが何か話しているのにはキリも気づき始めていた。
「一体何をコソコソしているんです? 悪知恵を働かせたところで力の差は埋まりませんよ!」
キリが天秤の杖に力を込め始める。アストレイアの光を放つつもりだ。
「今だ! ユナ、頼む!」
ルカの合図に応じて、ユナが詠唱を始めた。
蒼海に響かせよ
我が魂を響かせよ
想いは龍となりて空を昇り
遥か彼方へ稲妻を降らせん
「ぐっ……その、歌は……!」
アイラの見立て通り、キリは杖に集中していたせいで耳をふさぐのが遅れ、その場に膝をついた。
キリが操る破壊の眷属たちの動きも鈍っている。アイラはその隙に彼らの足元に砂弾を打ち込み、砂を変化させて足枷を作った。
「ルカ、シアン! 今のうちに早く!」
「ああ!」
「行くわよ!」
できるだけ長くキリの動きを奪うために、ユナはもう一度エラトーの歌を歌った。だがエラトーの歌は他の歌よりも体力の消費が激しい。危うく力が抜けてがくんと倒れそうになったところで、そばにいたリュウが肩を貸した。
「大丈夫か?」
「う、うん……けど、もう歌は歌えない…‥」
「分かってる。あとはあいつらに任せるしかない」
ルカとシアンは足止めされている破壊の眷属たちの群れをくぐり抜け、キリの目の前まで来ていた。
だが、キリの方もエラトーの歌の効果が切れてきたようだ。
「ルカ、まずい、キリが動き出して——」
「大丈夫さ……! あとは頼むよシアン! “
ルカが大鎌を振るうと、刃に取り付けられた紫色の石が強い光を発した。光はまるでキリの身体を食らうようにして包み込むと、微粒子となって弾け飛んだ。光の向かう方向とは反対側にルカが意識を失って倒れる音がした。
「ルカ!」
だがシアンはすぐさま前方に向き直る。
ルカの力をもってしてもキリの時間を止められるのはおそらく一瞬でしかない。その間に、何としても決めなければ。
シアンは全力を込めて地面を蹴りあげる。
彼女の脚がキリの顔面を捉える直前、彼の口角が不気味に釣り上がるのが見えた。
(もう動けるの……!?)
キリはシアンの蹴りを杖で受け止めた。
鍛え抜いた武人であるシアンと、遠隔からの攻撃が専門のキリでは腕力の差は歴然。キリの杖は弾かれ、遠く離れた場所へと転がっていく。
こうなってしまえばキリは神石の力を自由に使えないはず。勝負は決まったようなものだ。
だが、キリの表情は少しも曇らない。
「何考えているか知らないけど、これで終わり——!?」
シアンは目を見張った。
キリの胸元あたりで分厚い軍服越しに焦げ茶色の光が見える。杖はもう遠くに弾いたはずだが、その光はアストレイアの神石と同じ色をしていた。
キリがボソボソと何かを呟く。
「……ル・ヴィス・ガルナ・ハ・ティス・タンヌ・アハ・ティス……ディスト・ヘル・ガハ!」
その瞬間、キリの胸元に見えていた光が一層強くなり、気づけばシアンはその場に突っ伏していた。いや、シアンだけじゃない。その場にいた仲間や、キリが操っていた破壊の眷属でさえも、全員が床に倒れこんでいる。起き上がろうにも身体がまるで床に張り付いてしまったかのように重く、いくら力を込めてもダメだった。
「キャハハハ…………キャハハハハハ!!」
聞こえるのは地鳴りのような音と、キリの耳障りな笑い声。
頭をガッと押し付けられ、シアンは必死に視線だけを上に向ける。
キリがシアンの頭に足を乗せ、満足げな表情で見下ろしていた。先ほど光を発していた胸元の軍服が破れ、少年の発達途上な身体が露わになっている。それを見てシアンは思わず息を飲んだ。キリの左胸——心臓があるはずの場所には、何やら機械のようなものと焦げ茶色の石が埋め込まれていたのだ。
「天秤の杖の石はダミー……アストレイアはこっちが本体なのですよ。残念でしたねぇ、あと一歩のところだったのに」
キリが足に力を込め、シアンはうめき声をあげる。
「さて……この姿を見られたからには、あなたたちを生きて帰すわけにはいきません。ボクの工場に侵入したことを地獄でも後悔したくなるよう、ゆっくりゆっくり殺してあげましょう」
キリはおもむろに手を掲げると、シアンの腹部を指差した。その瞬間、シアンの身体の内側に鈍い痛みが走った。まるで一部だけを押しつぶされたような感覚。胃の中に何かがこみ上げてきて、シアンはそれを吐き出した。赤い血が床を染める。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
息が荒ぶる。
いったい何が起きている?
キリが触れたわけでもないのに、腹部がズキズキと痛む。
「キャハハハハ……! わけがわからない、そういう顔をしていますね!? ボクはね、こうしてあなたを潰せる日を心待ちにしていたんですよ! 昔からずっと……! 十二年もの間……ああ、長かった! だけどそれもここでおしまいだと思うと……なんだか寂しいですねぇ!」
「十二、年……? やっぱり、あなた、は……」
「さぁ、一つずつ臓器に重力負荷をかけて潰していこうじゃないですか! 次はどこがいいです? 胃? 肝臓? それとも心臓?」
後方から仲間たちの悲鳴が上がるのが聞こえる。だが彼らも重力で押さえつけられているせいでシアンを救い出すことはできない。
「キャハハハハ! 無力! 無力な! ええ、決めましたよ……この生意気な小娘の脳を端から少しずつ潰していくのです! そうして正気を失っていくのをあのガキに見せつければ…………ッ!?」
急にキリの声が途切れた。
それどころか、重力が弱まって一気に身体の自由が戻る。
「ぐっ……ああっ……うわああああああ!」
キリが胸元を押さえ、のたうちまわる。
そこに取り付けられた焦げ茶色の石が怪しい光をたたえている。
(何なの……?)
だが千載一遇のチャンスだ。シアンはよろよろと立ち上がり、先ほど自分が弾いたキリの杖を拾い上げてジタバタと床で転げ回るキリのそばに立つ。
「形勢、逆転、ってとこ……今度、こそ……!」
彼女が杖を振り上げた時、青白い閃光が目の前をよぎった。
「ッ!?」
どこから現れたのか、キリの前に庇うようにして少女が立っていた。青白く肩まで切り揃えられた髪をたたえた少女は、シアンに向かってにっこりと微笑み、この場に似合わぬ明るい調子で言った。
「はいっ、そこまで!」
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