mission7-31 誘拐犯の正体
それからというもの、リュウは毎日ノワールとシアンの元に赴き、雪辱を果たすべく彼らに殴りかかっていった。
だが、結果は惨敗。
どんなに隙をついた攻撃でも必ずシアンに止められてしまう。
「あなた、何なの? 何度来たって同じだからね。私がついている限り、ノワールには指一本触れさせないわ」
リュウを倒した後で、半ば呆れたように言うシアン。リュウはカウンターパンチによって口の中ににじみ出た血をぷっと吐き出すと、砂を払って起き上がった。
「俺は諦めない……ヨギを取り返すまで……」
「ヨギ? 一体何のこと……」
「また明日来る」
「あ、ちょっと!」
思わず襲撃宣言をしてしまうほど、リュウはシアンたちに心を開き始めていた。
本当は薄々感づいていたのだ。
彼女たちはヨギをさらうような人間には見えない。隙を伺うために何度か彼らを尾行したのだが、これだけつけ回していても向こうから先に仕掛けてくることはなかった。リュウのことを捕らえようとしてくるそぶりも見せなかった。それどころか、時折彼らがメルクリウス・フェストで迷子になった子どもを親元まで送り届けてやるのを見かけることもあった。
どうしても、キッドの言うような誘拐犯には思えない。
だが確かに手配書は発行されている。彼らが国際的な指名手配犯であることは間違いない。何か悪さをしていなければそうはならないはずだ。
それでも、実際の彼らのことを知れば知るほど二人のことを悪人だとは思えなくなっていった。
(本当にこいつらが誘拐なんかするだろうか……いや、まだ本性を隠しているだけかもしれないが……誰かをだますような奴らには見えない……)
そうしている間にも日にちは過ぎていき、いよいよメルクリウス・フェストも残り数日で終わろうとしていた頃。
リュウはまたシアンに挑んで、いつも通り返り討ちにされていた。
地面に突っ伏すリュウのそばにしゃがみ、シアンは呆れたような声で言った。
「懲りないなぁ。私には勝てないってことは、もう十分わかったはずでしょう。あなたの腕が良いのは認めるよ。でも、同じ拳でも——乗せている想いの大きさが違うの」
言われなくても分かっていた。リュウの中に生じた迷いが、拳の重さを奪っている。おそらく初めに挑んだ時よりも一発の重さが軽くなっているはずだ。
シアンもリュウの様子がおかしいことに気づいているのだろう。彼女は問いかける。
「君は何のために拳を振るうの?」
「……俺は……俺が戦う理由は……」
その時、別の足音が近づいてきてリュウははっと顔を上げた。義賊ブラック・クロスのリーダー、ノワール。
護衛の相手がのこのこと襲撃者の前に現れるなんて。つくづく変な奴らだ、リュウはそう思った。だがいつまでも勝てず、かつ本当に自分が狙うべきなのか確信が持てなくなってきている彼らに対し、ここまで執着している自分もどうかしている。
シアンは「何で近づいてくるんですか!」と怒っていたが、ノワールは気にせずリュウの目の前でしゃがんだ。リュウ自身、今は彼に拳を向ける気力はなかった。
「君……リュウ・ゲンマだっけ? 前に自警団に入ってるって言っていたよな」
「……ああ」
そう答えるとノワールは一瞬眉間にしわを寄せた。今更なんだというのだろう。リュウが怪訝に思っていると、ノワールは声を落として言った。
「少し調べてみたんだが、この街の防衛は登録商人ギルドが雇う傭兵が担っているんだ。それ以外の武装団体を組織することは認められていない」
「どういう……ことだ?」
ノワールが何を言っているのか、全く頭の中に入ってこない。
呆然とするリュウに対して、ノワールは言葉を続けた。
「君には酷な話かもしれないが……キッシュには『自警団』は存在しないってことだよ」
「は……? そんな……そんなはずが」
ノワールが言うことが本当なら、キッドの言う「自警団」とは何なのだろう。自分が今までしてきた仕事は何だったのだろう。
それとも、ノワールが自分のことをだまそうとしているのか?
いや、だがもし自警団が存在しないとして、これまで取り締まってきた者たちは一体どこへ消えたのか。キッドに引き渡したあと、てっきり街の牢にでも入れられているものだと思っていた。自警団でないのなら牢へ立ち入ることはできないはずだが、かといって彼らを捕らえておけるような別の場所は思い当たらない。少なくとも詰所の中にはない。
分からない。……分からない。
リュウはガバッと飛び起き、元来た道を駆け出した。
複雑なことを考えるのは苦手だ。
だから、リュウはその目で確かめたかった。
その耳で、キッドから本当のことを聞きたかった。
詰所に着くなり、リュウは大声で叫んだ。
「……キッド! キッド! いないのか!?」
返事はない。どこかに出かけているのだろうか。
詰所の玄関で立ち尽くしていると、急にぐらりとめまいを感じた。シアンにやられて疲労していたにも関わらず、慌てて戻ってきたせいだ。ふらついて、そばにあった棚に向かって倒れ込む。
カシャン!
リュウがぶつかったことで、棚の上の方に置かれていた小瓶が床に落ちてしまった。キッドの私物だ。確か特別な用事で出かける時だけに使う香水だとか言っていた。それならさぞかし高級なものだろうとなるべく触れないようにしていたのに、落ちた衝撃でひびが入ったのか小瓶から中の液体が床に染み出してしまっている。
「まずい……」
残りの液体がこぼれないうちに別の容器に入れ替えよう——そう思って小瓶に手を伸ばした時だった。
ふわり。
甘い香りがした。
大人の男がつけるにしては甘い、砂糖菓子のような匂い。
この街に来たばかりの時に、一瞬嗅ぎつけた匂い。
幼い頃、ヨギをさらった道化がつけていた匂い。
背後でガチャリと扉の開く音がした。
香水のキツい匂いのせいで嗅覚がおかしくなっていて、誰がやってきたのかすぐにはわからなかった。
だが、おそらくあいつだ。
リュウは拳を握りしめて、ゆっくりと振り向く。
詰所に戻ってきたばかりのキッドは、リュウの表情を見て、そして床に落ちた香水とこぼれた液体を見て状況を悟ったのだろう。しばらく俯いていたかと思うと、やがて肩を震わせてくっくと笑い出した。
あの時の道化の笑い声と、同じ音で。
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