mission7-6 クレイジーの仮説


***



 時を同じくして、アルフ大陸西部・ヤオ村。


 “凪の期”を過ぎ、絶えず風が吹き続ける薬師たちの集落。カタカタと音を立てて回る色とりどりの軒先の風車かざぐるまと、青く透き通った聖水のコントラストが美しい。七年もの間、村を蝕んでいた疫病が消え去り、本来の穏やかさを取り戻したからこそ——そこを訪れた奇抜な服装の背の高いアイマスクの男はひときわ目立っていた。


「あんたさぁ……この村の中にいる間くらい、その仮面外せば? 俺たちが仮面舞踏会ヴェル・ムスケのせいで酷い目にあったってこと知ってるだろ」


 彼に同行するヤオ村出身の青年・グレンは呆れた声で言った。とはいえ、相手がそんなことで仮面を外すような男でないこともなんとなく分かっている。ルーフェイの動向調査任務で行動を共にするようになってからもう十日以上が経つが、これまでどんな場面であろうと一度も素顔を見る機会がなかったのだ。


 案の定グレンの言葉は響かず、彼はただ紫色の唇を吊り上げて笑うだけである。


「そんなに気になるなら自力で取ってみせなよ。ルカが修行時代、一度も出来なかったことだけどね」


 馬鹿にされてムッとするグレンをよそに、彼は懐からトリ型のぬいぐるみを取り出すと、ふわりと空中に投げた。すると、ポンと何かが弾ける音がしてぬいぐるみから白い煙が吹き出して膨らんだ。サンド五号。サンドシリーズのうちの一体である。


『おう、クレイジーか。どうした?』


 ぬいぐるみの方からノワールの声が聞こえてきた。本部との通信が繋がったのだ。クレイジーはふわふわと宙に浮いているぬいぐるみに向かって話しかける。


「今ボクたちはヤオ村にいる。ルーフェイ中央都に入る関所をホットレイクの方から順に一通り探ってみたけど、どこも警備が厳しいんだよねェ。だからなかなか中央都には近づけなくてサ」


『そうか……仮面舞踏会が使っている抜け道はどうだった?』


「全部調べたけど、ボクが知っているものは封鎖されているか、現役の子たちが見張っていて突破できるような状況じゃあない。あと心当たりがあるとしたら……一つだけだね」


『どこだ?』


 クレイジーはちらりと背後を見やる。ヤオ村からジーゼルロックと反対側に位置するのは、悠々とそびえる赤黒い山。


「ポイニクス霊山だよ」


『!?』


 クレイジーの言葉に、隣にいたグレンは息を飲んだ。


「ちょ、ちょっと待て、あんたそれ本気で言ってんのか? 確かにポイニクス霊山の向こうには中央都があるけど、あの山は活火山だし、めちゃくちゃ標高たかいし、それを超えるなんてできるわけが——」


 慌てふためくグレンの唇に、細く長い指が当てられる。思わず押し黙るグレン。クレイジーは仮面の向こうから不敵に笑う。


「だからこそ警備が薄い。あそこは磁場が強くて呪術のコントロールが利きにくいんだ。ルーフェイ軍の呪術兵士はもちろん、仮面舞踏会も好んでは近づかない。それに、別に無謀な案ってわけでもなくてサ」


 クレイジーは両手の人差し指を立て、額のあたりに掲げた。グレンははっとして答える。


「もしかして……鬼人族?」


「そう。実はね、ルーフェイ中央都には時々鬼人族が関所を通らずに忍び込んでいることがあるんだ。彼らは関所を通る時に暴力を振るわないよう手錠をかけられるから、それを嫌ってね。で、彼らが秘密裏に中央都に入るためのルートが、鬼人族の里のどこかにあるんじゃないかって噂だよ」


『クレイジー、お前の言いたいことは分かったよ。鬼人族の里に入ってその抜け道を探す気だな?』


 ノワールの声に、クレイジーはにっと笑う。


「そういうこと。だから、できればリュウをこっちに寄越して欲しいんだけどサ」


『悪いがそれはしばらく難しいな。シアンがココット村で捕まって、今はルカたちと一緒に救出に向かっているんだ』


「シアンさんが!?」


 シアンと言えばブラック・クロスの立ち上げの頃からいる古株で、おまけにリュウの師匠でもある。その彼女が捕まるなんてただごとではない。自分たちも助けに行ったほうがいいのだろうか。だが、クレイジーの方を見ると彼は全く動揺する様子はなく、淡々とノワールに向かって話す。


「やっぱりあの子をココット村に行かせるのは失敗だったんじゃない? こうなること、ホントは分かってたんでしょ、ノワール」


『……』


「十二年前の遺恨はまだ消えてない。それが確認できただけでも良かったじゃないの」


「あの、十二年前って……?」


 何があったのか。グレンは聞いてみようとしたが、二人の男はただ黙っているだけだった。


「……あ、そうだ」


 沈黙を破ったのはクレイジーの方だった。


「”最後の海戦”……覚えてるよね? ボクたちとが制海権を守るために戦った、歴史上、海で行われた最後の戦争」


『……ああ、忘れるわけがないだろ』


「あの時、一つだけし損なったことがある。当時ガルダストリアを率いていた宰相リゲル——どれだけ探しても彼の遺体をこの目で見られなかったんだ」


『!? だけどあいつは海戦で死んだんじゃ——』


「ウン、表向きにはそうなっているね。でもボクたちはその死の瞬間を見ていない。ボクたちだけじゃない、誰も見ていないんだ」


『それは、どういう……』


「彼は確かに死んだ。葬儀も行われた。けど、どんな最期だったかは誰も知らないってことだよ。だからボクはずっと気にかかっているんだ。キミを最も恨んでいる男は、一体どんな風にして死んだのかってね」


『まさか……シアンが捕まったのはあいつの意思だとでもいうのか?』


 クレイジーはノワールの問いには答えず、ただけらけらと笑った。


(死んだはずの人間の意思が残っているなんて、そんなでたらめな話——いや)


 グレンは一瞬浮かんだ考えをかき消す。ジーゼルロックで四神将ソニア・グラシールと対峙した時は、彼がその場に残る死の記憶を呼び出したことでかつて生贄にされた両親たちの悲鳴を聞いた。神石が絡めば何が起きたっておかしくはない。それが『終焉の時代ラグナロク』だ。


『分かったよ、クレイジー。念のためあいつに関わるものが何かないか、ルカたちに調べさせてみよう』


 ノワールとの通信はそこで途絶えた。


 クレイジーはサンド五号をしまうと、先ほどまでの深刻な話などなかったかのような明るいトーンで言った。


「サ、リュウたちがこっちに来れるまで、ボクたちはボクたちのできることをしようか」




***


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