mission6-16 準決勝の行方
戦況は明らかにジューダスの方が優位だった。
唐紅色の光をその瞳にまとってからというもの、ジューダスは素早さを増してルカに攻めかかかってきた。炎を纏った武器を受け止めればこちらに燃え移ってしまうため、ルカはただ避けることしかできない。回避に専念したにも関わらず、ルカの方に余裕が生まれることはなかった。
(くそ、全然隙がない……!)
それまではジューダスが神石ヘスティアと言葉を交わす声を聞き取れば攻撃がある程度予測できた。だが、彼が力を解放してからはそれがなくなってしまったのだ。ジューダスとヘスティアは言葉を交わしているというよりも、言葉を重ねている。互いに互いの思考を共有しているかのように意思疎通を必要としていないのだ。
ジューダスの棍をバックステップで回避。だがそのすぐ後ろでヘスティアの火柱が立ち上がるのが見え、ルカは咄嗟に”音速次元”で距離をとった。どっと疲労が襲ってくる。
「あんた……そんなに神石の力を連続して使ってよく体力尽きないな」
ルカが肩を上下させながら言うと、ジューダスは余裕の笑みを浮かべて答えた。
「ナスカ=エラの高地に生まれ育った者は身体のつくりが環境に適応しているんですよ。高地は空気が薄く、天候にも恵まれませんからね。だから私たちが体力勝負で低地の人々に負けることはありません」
そして棍を縦に薙ぎはらう。神石との対話は聞こえないがジューダスの癖も少しずつ把握できてきていた。縦なら直線的な地面を伝った炎撃が、横なら放射状に空中に放たれる炎撃だ。軌道を予測し避ける。そしてその間に間合いを詰めてきたジューダスの物理攻撃を躱す。
ルカが再び距離をとると、ジューダスは呆れたようなため息を吐いた。
「さっきから逃げてばかりでまるで攻撃できてないじゃないですか。次の試合に向けての体力温存でもするつもりですか? だとしたら——甘いッ!」
ルカの周囲に火柱が立つ。抜け出そうにも隙間がない。ルカが身動きできないでいると、ジューダスがこちらへ向かってきた。仕方ない。胸元の十字のネックレスに意識を集中する。
「”
紫色の光がジューダスの身体を包んだ。彼の動きが一瞬止まり炎の勢いが弱まる。練り上げた時間は短い。ジューダスの時間を止められるのはほんの一瞬だ。ルカはすぐさま炎の包囲を抜ける。その頃にはジューダスの時間軸は元に戻っていた。
「君の力はそんなものですか? その神石、時の神クロノスでしょう。使いこなせばどんな相手もものともしないでしょうに」
ルカは苦い表情を浮かべた。脳裏には消えたジーンのことがあった。強い力を使おうとすれば、きっとまたクロノスの中に宿る時の島の人々の精神を犠牲にする。彼らの肉体はすでに滅んでいるとはいえ、それは心身ともに二回殺してしまうことになるのではないか。ルカの中にはそんな葛藤があったのだ。
「簡単に言わないでくれよ。力を使うのには代償がいるんだ」
するとジューダスは急に笑い出した。
「代償! 例の力を使うものなら払って当然です。それを今更なんだと言うのです?」
ジューダスはそう言って団服の袖をまくった。そこにはよく鍛えられた腕があったが、その表面は乾燥した木の表皮のように筋張っていて荒れている。
「ハンデとして教えてあげましょう。私がヘスティア様に捧げた代償は”水”。彼女の力を使えば使うほど私の身体は水分を奪われていきます」
そう言って炎に包まれた棍をくるりと一回転させた。ジューダスの腕に一筋ひびが入って枯れていく。彼の言ったことは本当だ。
ジューダスの唐紅色に染まった瞳がルカをまっすぐ見据えた。
「で、あなたは代償を言い訳に力を使わないというのですか? ……そんなのは謙虚さではない」
「じゃあなんだって言うんだ」
「”罪”、ですよ」
言葉が途切れるとともにジューダスが踏み込んだ。炎を纏った棍を振り上げ斬りかかってくる。
そうだ。ジューダスの言う通りだ。
過ぎてしまった時間を戻せないことなど、ルカが一番よく分かっていることだった。いくら配慮してみたところで、以前自分がクロノスを覚醒させたことで奪ってしまった命は戻らない。
罪滅ぼしのために『
ルカは黒の十字のネックレスを握りしめた。神石が少しずつ熱を帯びていく。
「さぁ、これで終わりにしましょう!」
ジューダスが高らかに叫んだと同時に、ルカはネックレスを外して天に掲げた。
「第二時限上段解放——“
その瞬間、ルカの視界は紫色の光に包まれ、闘技場とはまるで違う映像が飛び込んでくる。のどかで自然豊かな島。以前この力を使った時に見たのと似たような光景。まるで自分の記憶のように色鮮やかに感じるが、ルカは必死で意識を保とうと指先に力を込めた。薄々感づいていた。これがルカに対する罰だ。時の島の人の時間を奪って力を使う、罪人に対しての。
ジューダスの足音が響いてルカはハッと現実に戻る。
「どうやら無駄だったようですね! 私には何の影響もないようですが!」
炎が再びルカの周囲に沸き起こり、ジューダスの武器が眼前に迫ろうとしていた、その時——
『雨です! 雨が降ってきました!』
司会の声が会場に響き、屋根のない観覧席はざわついた。喧騒をかき消すくらいの強い雨が降り注ぎ、闘技場に沸き起こっていた炎はたちまちにして消える。
「山の天気は変わりやすいって聞いてたんだけど、本当だったみたいだな」
ルカはニッと笑い武器を構えた。炎を失ったジューダスの瞳は元のウグイス色に戻っている。
「なるほど、そういうことですか……先ほどの力は私ではなく」
「そう、雨雲の時間軸に対して使ったんだよ。おかげで相当体力消費しちゃったけどな」
ルカはジューダスの方へと向かっていく。雨で濡れて服が重いが、軽装にしておいたのが幸いした。普段通りの動きを妨げるほどではない。ルカが繰り出す攻撃をジューダスが棍で受け止める。彼の表情からはもう余裕が消え去っていた。
「おれももう神石の力を使う余裕はない。こっからが生身の人間同士、本気の戦いってことだな!」
「くく……生意気な!」
ジューダスの反撃。ルカはそれを跳躍して躱し、頭上からの攻撃に繋げる。ジューダスは防御に回ったが踏ん張っていた左足が一瞬よろけるのが見えた。彼も相当体力を消費しているはずだ。
雨の中、武器同士の激しい打ち合いが続く。
観客の半数は雨宿りのため席を離れていたが、残っている人々は固唾を飲んでその戦いの行方を見守っていた。
一瞬、雨で滑ってジューダスの持ち手が緩んだ。ルカはその隙を逃さなかった。残りの力を振り絞り、相手の腕に思い切り叩きつつける。雨音をかき消すくらいの強い音が響き、ジューダスの武器が闘技場の上を転がった。
『しょ、勝者……ルカ・イージス!』
雨足がだんだんと弱まり、代わりに歓声が響いてくる。自分に向かって花を投げ入れられるのを目に、ルカは体力の限界を感じてその場に倒れこんだ。
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