mission6-12 予選開始
『それではお待たせしました! 〈ティカ〉グループ予選出場の皆様は、いざ闘技場へ!』
司会の声でルカは他の参加者の列に混じって闘技場へ続く階段を登る。壇上まで来ると、四方八方を囲う観客席がざわめいた。歓声がたった一人に向けられていた先の二戦とはまた違った賑やかさである。
理由は容易に想像ができた。個性派揃いで一目で誰が勝つのか予想できないのだろう。ルカは隣に並ぶ出場者達を見やる。
例えばミトス神兵団の制服を着た者が二人、全身赤紫のマントを羽織ったルーフェイの呪術師らしき男、濃紺色のヴァルトロの軍服を着た男、あるいは鬼人族でルカと同じ年頃の双子の少女、そしてガルダストリアの貴族風の服を着た美青年。
耳を澄ませてみたが、今のところ神石の力を使っている者はいない。だがミトス神兵団のうちの一人は先ほどのグループにいた兵士と同様、ベルトの部分に
(ミトス神兵団はこの大会のルールをよく知っている……きっと神石の力を使ってくるはずだ)
ルカは胸元の十字のネックレスを強く握る。普段戦闘の中で緊張を感じる方ではなかったが、闘技大会という独特の空気にわずかながら指先が震えるのを感じた。
闘技場にはルカも含めて十二人。参加者たちは間合いを調整するかのように互いに距離をとって立ったが、それでも数歩踏み込めば相手の懐に飛び込める狭さである。
“ルカ・イージス、聞こえますか”
声がしてハッとした。聞き覚えのある女神の穏やかな声。ユナの神石に宿るミューズ神の一人、カリオペだ。ユナたちが座っている観覧席の方に視線を向け、手を振る。ユナたちが気付いて手を振り返した。
“ユナに頼まれてこうして代わりに語りかけています”
(そっか、この騒ぎじゃ普通の声は届かないもんな。何かあったの?)
ルカが尋ねると、カリオペはくすりと笑った。
“いいえ、特には。『頑張って』だそうです”
急に照れくさくなり、ルカは頭をかく。そう言えば大会の前にユナが『おまじない』をしてくれていた。そのことを思い出すと、再び体の芯が温まってくる感じがした。いつもの彼女の歌の効果とは少し違う。
不思議に思っていると、今度はカリオペとは真逆なくらいハキハキとして語勢の強い声が響いた。
“アタシの歌の力をかけてやったんだよ! 安心しろ、このタレイアの歌は人間の身体機能を最大まで引き上げる力さ! さぁ、存分に戦いな!”
——カァンッ!
ルカがタレイアに返事をするのとほぼ同時に、試合開始の鐘が鳴った。
背後にいた傭兵らしき鎧の男が声を張り上げながら向かってくる。ルカは棍を回しながら振り返り、相手の木刀を受け流した。男はルカが反撃してくることを予想していたのか、進行方向に前のめりによろける。
男が体勢を整える前にルカは彼から距離を取った。「腰抜け!」と罵声を浴びせられたが気にしない。ルカの頭にはかつてクレイジーに言われた言葉が浮かんでいた。
——ルカ、キミは乱戦の時の心得を知ってるかい。
場内を駆け、なるべく敵をかわしながらルカは一つのことに集中していた。
——乱戦ではむやみに標的になって体力を消費すると不利なんだ。なるべく自分は手を出さず、戦場をコントロールすること……それが必勝法サ。
戦闘開始からわずか数十秒。乱戦と言えど、すでに誰が誰と戦おうとしているかは見え始めていた。
ルーフェイの呪術師とヴァルトロの兵士。両者はおそらくこの国に駐屯している兵士だが、開戦前の状況で互いに仲良くできるわけがない。二人は試合開始早々真っ向からぶつかっている。
他の参加者たちは彼らの戦いに巻き込まれまいと距離を置いているようだ。ただ一人、戦う二人の側で退屈そうに剣を構えている男を例外として。
ガルダストリアの貴族風の男。一見細身で力もなさそうに見える。だが、そんな彼を仕留めようとしてすでに一人返り討ちにあっているのをルカは見逃さなかった。背後から攻められても後ろ手に素早く剣を持ち替え、敵の力の流れを利用した無駄のない
一方ミトス神兵団の二人の戦い方はしたたかだった。敵を闘技場の場内間際まで誘い込み、無駄のない力で外へと弾きだす。一人は重量制限ぎりぎりまで防具を着込んだ重装備の兵士。もう一人はベルトに石をはめ込んだ剣士。まだ二人とも本気は見せていない。参加者の数を十分に減らしてから勝ちに来るつもりなのだろう。
他の者は——周囲を見渡そうとして途中でやめた。
「なーによそ見してんのかなっ!?」
「あたしらがやっちゃうぞー!?」
闘技場の雰囲気に似合わないのん気な女二人の声がして、ルカは咄嗟に前方に転がる。ドゴォン! 轟音がして砂煙が舞った。ルカがついさっき立っていたところに穴が開いている。
すぐさま体勢を取り直し集中。風邪を切る音が響く。右だ。ルカが左に身体を避けるのと同時に砂煙の幕の向こうから拳が現れる。間髪入れずにもう一つの気配。今度は左だ。即座にしゃがみ込み、頭を狙ってきた蹴りを躱す。
やがて砂煙が晴れてきた。そこに現れたのは、額に二本のツノを生やし全身真っ赤な皮膚を持つ鬼人族の少女たち。二人の顔はそっくりだった。双子なのだろう。違うのは服装くらいだ。
「あたしはメイって言いまーす」
ノースリーブの少女が言った。
「あたしはリンって言いまーす」
今度はショートパンツの少女が言った。
二人は瓜ふたつの顔を見合わせると、うふふと少女らしい微笑みを浮かべた。そしてぴったりと息の合った動きでハイタッチ。
「「グループ戦を勝ち抜いて、グエン様に良いとこ見せちゃうぞーっ!」」
そう言うか否や、強い踏み込みでルカに迫ってきた。先ほどのグエンと同じく、彼女たちの得物はその強靭な肉体そのものだ。武器は脇に挟んだ状態で、メイは右手を、リンは左手をルカに向かって振り上げる。
ルカは頭の中でクレイジーの言葉を反芻しながら、応戦の構えを取った。
——共闘はなんとしてでも崩す。何、そんなに難しいことじゃァない。共闘ってのは『不安』だからそうするのサ。そこの不安をつつけばいいんだよ。
ルカは棍を使って跳躍、軽い身のこなしで自分に向かってきていた双子の背後に回る。
鬼人族の力の強さはよく知っている。この二人の拳を武器で受け止めでもしたら木の棍など呆気なく折れてしまうだろう。まだ強敵が多く残る中、武器も体力も消費するのは得策ではない。
ならば。
双子が体勢を整えてこちらを振り返ってくる。そのタイミングを見計らい、ルカはおもむろに両手に一枚ずつハンカチを掲げた。先ほど背後に回った時に二人の服のポケットから拝借したものだ。どちらにもグエンの名前が刺繍されている。彼女たちのすでに赤い肌が、ますます赤く染まっていった。
「あんたたち、優勝したら何をお願いするんだい?」
ルカが尋ねると、メイが答える。
「あ、あたしはグエン様と結婚させてくださいって頼むぞ!」
するとリンも慌てて答えた。
「あ、あたしもグエン様と結婚させてくださいって頼むぞ!」
鬼人族の二人が互いに顔を見合わせる。わなわなと震えながら互いを指差している。ルカはそんな二人に近づいて、彼女たちにハンカチを返した。
「さ、どうする? 勝ち抜けるのは一人だけだよ」
「メイぃぃぃぃぃぃ!」
「リぃぃぃぃぃぃン!」
——ドゴォン!
二人の鬼人族の拳がぶつかり合う。衝撃で闘技場に一筋の風が起こり、闘技場にいた者全てが振り返った。そして悟ったはずだ。このままでは彼女たちの戦いに巻き込まれる、と。
他の参加者たちがメイとリンの周囲に集まっていく。そして弾き飛ばされる。だが彼らは再び二人を止めようとする。あるいはわざと敵対する相手を二人の側に誘導しようとする。
闘技場の戦況はますます入り乱れていった。
そう、ルカの手によって。
——罪悪感? そんなもの不要だね。だってボクらは別に正義の勇者サマなんかじゃない、義賊なんだからさァ。
(全く、あんたに教えられたことはまともじゃないことばっかりだ)
ルカはため息を一つ吐くと、自らも乱戦の渦へと飛び込んでいった。
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