mission4-29 それでも前へ
--ヒュウッ!
鈍く低い鼓動の音が轟く空間の中で、風を切る音が響いた。大鎌と長刀……
「グレン、お前……!」
グレンが立ち上がり、群青色の弓を構えていた。
「聞こえたんだよ……」
青年はもう一度弓を引いた。群青色の光が集まり、矢の形を成していく。
「あんたがさっき眼帯を外した時……中央都にいるはずの父さんと母さんの悲鳴が聞こえたんだ……!」
ソニアは頬の血を拭い、落ち着いた声で言った。
「だから言っただろう。ルーフェイ王家は破壊神を封じるためではなく、増強するためにこの場所で
ルカも武器を構えたまま一旦グレンの隣まで後退する。グレンの弓を構える手が少しだけ震えているのが見えた。
「そうだ……俺が七年前に感じたのは破壊神の気配だけじゃない……ここで殺される人たちもみんな、あの鏡の中に閉じ込められていた」
「鏡……?」
ルカが尋ねる前にソニアがゆらりと長刀を構え直し、空間内に緊張が走る。
「ならば問う。お前とその死者に何の関係があるのか知らないが……俺に矢を向けるのは筋違いではないのか?」
「俺だってあんたらヴァルトロが破壊神にこだわる理由なんか知らねぇよ……! けど、俺にとって大事なもんはもう一つしか残されてないんだ……俺の手で村を救わなきゃ報われねぇよ……! だから、この神殿の先に進む。邪魔をするなら立ち向かってやる!」
--ヒュウッ!
群青色の弓から光の矢が放たれる。狙いは定まっていた。しかしソニアは無表情のまま、すっと
「破壊神は俺たちの王が倒す。そこに異論があるのなら--斬るまでだ」
「来るぞ!」
周囲の温度が急に低くなったと思えば、一瞬で間合いを詰めてくる。ルカは瞬間移動でグレンの前に庇うようにして立つ。
--キィンッ!
ルカは奥歯を噛み締め、刃越しにソニアと睨み合う。こうしていると分かる。力は向こうの方が上だ。単純にやり合っているだけでは確実に
(おれでも、グレンでもどっちだっていい、あそこの宝玉さえ取れれば……!)
「グレン、援護を頼む!」
「ああ!」
グレンが別の方向から矢を放つと、ソニアはそれを避けるために力を緩める。ルカはその隙に大鎌を薙ぎ払った。長刀の刀身を弾き、彼の死角へ回る--が、仰け反りさえしない。すぐさまルカの動きを捉え、長刀を大きく振るった。黒い衝撃波がルカの正面から襲いかかる。
「がっ!!」
ルカの身体が壁際まで飛ばされ、土埃が舞う。
「クソッ! こっちだ!」
ソニアの背後に回ったグレンは矢を上空に向かって連射する。放たれた光の矢が集結し、雨のように降り注いだ。するとソニアの周囲に漆黒の
“ダメだわ。あいつ、相当神石を使いこなしている。足止めにはなっているけど私の力はほとんど効いていない”
(じゃあどうしろって言うんだよ!)
サラスヴァティーと問答をしているうちに、グレンが放った矢は尽きていた。体勢を戻したソニアが地面を蹴る。速い。避ける余裕は、ない。慣れない神器を使っているせいでグレンの体力消費は激しく、普段通りの瞬発力は出せそうにない。やられる--そう思った瞬間だった。
「……“
ソニアの身体を紫色の光が包み込み、彼の動きが止まった。
「なるほど。クロノスの力か……」
身動きの取れないソニアがぼそりと呟く。土埃の舞っていた場所から、ルカが肩で息をしながらゆらりと立ち上がった。
「今だグレン……お前が先に行け! あの宝玉を取って最奥部への扉を開けるんだ!」
「!? お前はどうするんだよ」
ルカは大鎌をソニアに向かって構えたまま、首を横に振る。
「おれはすぐには行けない……”時間軸転移”を発動するのに十分な時間を稼げなかったんだ。もうじき反動が来て、おれ自身の時間が止まる。そうなったら二人ともこいつには敵わない……だから早く!」
グレンは構えていた弓を背負い、祭壇に向かって駆け出す。赤い光を放つ宝玉。手に取ると、この空間の中の鼓動がそのまま手の平に伝わってくるような気がした。
(父さん、母さん……くそ、俺のせいで……)
「グレン急げ! もうもたないぞ……!」
振り返るとソニアを包む紫色の光が弱まっている。ルカは歯を食いしばり力を集中させているが、そう上手くコントロールできるものではないらしい。ソニアの右手がピクリと動く。
“行きましょう、グレン。村を救えるのはあなたしかいないのよ”
「けど……あいつ、ルカは……!」
するとルカは歯を見せてニッと笑った。
「気にすんな! お前みたいなやつの背中を押したくなるのが義賊の性分ってやつでよ」
「ち……後で絶対合流しろよ! 俺、ユナに叱られるのは御免だからな!」
「ああ、もちろんさ……!」
グレンは元来た道に向かって走りだす。横目でソニアの身体を覆っていた紫の光が途切れるのが見えたが振り返らなかった。手に持っている赤い宝玉が、少しだけ熱い。
「……分からないな。なぜそうまでして前に進もうとする? 破壊神を滅したいというのは俺たちと同じなのだろう?」
クロノスの束縛から解放されたソニアは一歩一歩金髪の青年に向かって歩み寄ってくる。
ルカの身体はもう動かなかった。時間軸転移は自らの時間軸の自由を代償に、第三者の時間軸の自由を奪う力。支払う代償が中途半端であれば、反動がやってくる。彼が今動かせるのは顔だけだ。
グレンに対してああは言ったものの、この状態を切り抜けるか本当は何も考えていなかった。ルカは自嘲気味にふっと笑う。
「結末は一緒さ……! だけど、目的が違う。おれたちは--救うために倒すんだ!」
「救うため……?」
ソニアが歩みを止めた。ただでさえ無表情のその左眼に宿っていたのは、ぞっとするくらい冷たい光だった。
「何も知らないお前たちが救えるというのか?」
一段と低くなった声に、ルカの額から冷や汗がこぼれる。
「分からない。だけど、力でねじ伏せようとしてるあんたたちとは違う。破壊神を殺さずに『
--ザンッ!!
ルカの顔のすぐ横に、血のように赤い刀身が勢いよく振り下ろされた。周囲の空気はより一層冷たくなり、頬の表面にまで鳥肌が浮かぶ。
「呆れさせるなよ。破壊神のことは俺たちが一番よく分かっている。なぜならあの人は--」
その時、地響きのような音がして、床が大きく縦に揺れた。
(何だ--!?)
ルカは周囲を見渡す。空間内を包む音はより一層大きくなり、祭壇や壁が崩れていく。
「この術は……」
そう呟くソニアはいつの間にか長刀を納め、黒い靄に包まれていた。
ガクンと足の力が奪われる。足元を見ると地面が崩れ始めていた。気づいた時には遅く--ルカの身体は崩落に飲み込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます