mission4-23 ヒュプノスの枝



 ここ、宝玉のある祭壇の間はそこまで広い場所ではない。キリが石--おそらく神石だろう--のはめられた杖を振りかざし現れた、あらゆる動物の骨をつなぎ合わせたような骨格に腐った皮がこべりついたような姿をしている破壊の眷属けんぞくが一体、五体、十体……それだけいれば十分に空間を埋め尽くし、二人の四神将の壁となった。


「ユナ、援護を!」


「分かった!」


 アイラは拳銃の撃鉄を素早く引き起こすと、破壊の眷属たちの足元に向けて数発撃った。着弾して砂になり、足元から彼らの軌道を奪う。


「”薄衣うすぎぬの天女 光はらはら散りて舞い 白銀の馬 あま駆けていななき笑う”--カリオペ、力を!」


 歌は途中だった。しかし神器があれば完全詠唱でなくとも力を発揮できるのだ。たちまちアイラの身体をピンクのヴェールが包み込んだ。


「ごめんアイラ、中途半端だけど……!」


「これだけあれば上出来よ。あとは自分の身を守ることを考えてなさい!」


 アイラは片膝をつき重心を安定させると、次々と破壊の眷属を狙撃していった。


「グォォォォォォ!」


 破壊の眷属がうめき声をあげ黒煙となって消えていく。破壊の眷属の弱点は体の中心にある黒いぎょく--コアと呼ばれるものだ。そこを損傷させられれば、跡形もなく消える。アイラの銃弾はほぼ確実にそれぞれのコアに的中していた。砂で足止めしているとはいえ身動きする敵を、寸分のブレもなく。物凄い動体視力だ。仲間ながら、ユナはその様子に息を飲む。


「その程度ですか? まだまだ始まったばかりですよ!」


 キリが再び杖を振り上げた。先端の小豆あずき色の曇りがかった石からぼんやりと光が発せられたかと思うと、再び地面から破壊の眷属の群れが湧き上がった。五体。先ほどアイラが倒したのと同じ数だ。


「チッ! どんだけ出てくるのよ!」


 再びアイラは銃を構え、敵を仕留めていく。砂で足元の自由を奪い、コアを確実に破壊する。銃撃が間に合わなかった破壊の眷属が間合いを詰めてきた時は、アイラはくるりと横転して距離をとり、再び狙いを定められる体制を取った。ユナは時折チャクラムを投げて牽制けんせいし、アイラが距離を取るための時間を稼ぐ。


 しかしこのままでは消耗戦だ。神石の力を使った戦いは体力を浪費する。一方キリはというと、ほとんど最初の場所から動かないまま、破壊の眷属の数が減るとまた杖を取って新たな破壊の眷属を呼び出した。


(コーラントの時もそうだった。あの杖がきっと破壊の眷属を呼び出す力のある神器なんだ。でも……おかしい。なんで初めから大量に召喚しておかないんだろう。小出しにする必要が何か……)


「……おっと、俺がいるってこと忘れてねぇか!?」


「--っ!!」



--キィィィン!



 金属同士がぶつかり合う音が響く。とっさに巨大化させた腕輪のチャクラムでアランの左腕の爪を防いだ。


「ユナ! 大丈夫?」


 アランは破壊の眷属の群れによる死角からユナに襲いかかってきたのだ。アイラはユナに対して背を向けたまま尋ねた。援護に入れる余裕はない。少しでも撃つのを中断すればその隙にキリが新たな破壊の眷属を呼び出してしまう。この狭い空間の中で周囲を完全包囲されてしまったら、勝ち目はほとんどなくなるだろう。


「う、うん……なんとか……」


 そう答えつつも、アランの力は強く、ユナはじりじりと後ろに押されていた。歯を食いしばる。その様子を見て、アランは楽しむかのような笑みを浮かべた。


「強がりはやめとけよぉ、お姫さん! あんたにはコーラントで"ヒュプノスの樹"を台無しにしてくれたっていう借りがあるんだ。女だからって手加減はしねぇ!」


 ぐっとアランの力が強まる。抑えきれない--そう思った時にはユナの身体は宙に浮いていた。巨大な機械の左腕に振り払われ、ユナの身体が空間の石壁に叩きつけられた。


「--かはっ!」


 背中を強く打ち、一瞬呼吸が止まる。すぐに舞い上がった砂塵と体内に還ってくる衝撃でむせ返る。立ち上がろうとしたが自分が思っている以上に痛みが強かったのか、足に力が入らなかった。頭の中でクレイオの「先に回復を」と囁く声が聞こえて、言われるがまま腕輪に手をかざす。


 しかし敵は待ってはくれない。アランはずれた眼鏡をかけ直し、こちらへと歩み寄ってくる。


「知らないとは言わせねぇぞ。キリの神石・ヒュプノスの力を派生させた機械のことだよ! ほら、コーラントの触媒の力を一気に眠らせたことがあったろう!」




 離れた場所でその言葉を聞いたアイラは、攻撃を続けたまま破壊の眷属たちの向こう側にいるキリに向かって叫ぶ。


「なるほど、眠りの神ヒュプノス……! あなたの神石は、他の眷属を催眠状態にでもできる能力ってとこかしら!?」


 するとキリはやれやれとわざとらしい所作で肩をすくめ、呆れたようにため息を吐く。


「敵に手の内を明かすなんて浅はかな……ボクはあの男のそういうところが受けつけませんが、良いでしょう、このままではあまりにも不公平ですからねぇ」


 そう言って手に持つ杖をアイラに見せびらかせるように掲げた。


「アイラ・ローゼン。あなたの推測どおりですよ。ボクのこの杖はヒュプノスの枝、この破壊の眷属たちも皆神石の力で隷属させているんですよ。さて、トリックが分かったところであなたたちに何ができますかねぇ」


 キャハハハハと耳障りな少年の笑い声が響く。アイラは苦笑いを浮かべただけで、間合いを詰めてきた破壊の眷属の攻撃をバックステップでなんとか避ける。少し息が上がってきていた。


(いつもはルカがいるから複数相手でもどうにかなるけど、さすがにキツいわ……)


 それに、とアイラは最奥部へつながる閉ざされた扉のことを思い浮かべる。ここで体力を全て使い切るのは得策ではない。この先何が待ち構えているのか分からないのだ。ちらりとユナの方を見やる。とっさにクレイオの力で傷の回復をしたようだが、外傷は治せても蓄積された疲労やダメージは取り除けない。一旦退くべきか。しかしヴァルトロ四神将の二人は考える隙すら与えてくれない。




「あれは俺の傑作だったんだんだぜ。一国まるまるの眷属に影響を与える機械なんてのは、製造コストも労力も馬鹿にならねぇんだ。手間をかけて作ったものをお前らは……あっさりぶっ壊しやがって!」


 アランが左腕でユナを壁に向かって押さえつけた。身をよじってみても、人の腕よりも数倍は大きい機械の腕の力からはなかなか抜け出せそうにない。


「だがおかげで良い実証実験ができたよ! やはり俺の設計に間違いはなかった……コーラント人には感謝してもらいたいくらいだ! もし設計ミスがあろうものなら、眷属どころか人間にも影響が出ていたかもしれないからなぁ!」


 ユナの思考が一瞬停止する。アランに押さえつけられて息をかすれさせながら、ユナは震える声で問うた。


「今……なん、て……」


「ああ? 何度も言わせるな! ドーハ様のお見合いなんて俺たちにとっちゃ大したことじゃねぇ。だったんだよ!」


「--!!」


 飛空艇ウラノス、第三倉庫での光景が頭をよぎる。あの時のキリの言葉は嘘だったのか。ユナは思わずキリの方を見た。少年の顔には雲をつかむような薄気味悪い笑顔がいつも通り貼り付けられているだけである。彼なら嘘の一つや二つ、造作もないのだろう。




(コーラントは……眷属の力を眠らせる機械が正常に動くための、実験の場にされたってこと……?)




「なんだ、ショックで声も出ないか? 可哀想になぁ! でしゃばらずに閉鎖的な島国にとどまってりゃこんなこと知らずに済んだだろうに」


「…………違う……」


「ああ? 何が違うって? まあいい! お前らは俺たちの邪魔をしに来た時点で運命が決まってんだ! 全員死ね! ヴァルトロに逆らう気があるんなら、それぐらい覚悟してんだろぉぉぉぉぉ!?」


「ぐっ!」


 アランの左腕の力が強くなる。機械でできたその表面がだんだん熱くなる。手の甲にあたる場所にはめられた石が、若草色に煌々と光っているのが見えた。キッシュでも見た--熱風を発生させる気だ。零距離で受ければ人間の身体はひとたまりもないだろう。


 しかしユナは自分でも驚くほどに冷静だった。いや、怒りが頂点を通り越して--まるで感情が消えてしまったかのようだった。ユナがすっと口を開き、音を紡ぐ。腕輪の薄桃色の石が輝く。




蒼海に響かせよ

我が魂を響かせよ

想いは龍となりて空を昇り

遥か彼方へ稲妻を降らせん




「まさか、その歌は--」


 キリがハッとして杖を下ろし耳を押さえるのと、ユナが歌い終えるのはほぼ同時だった。空間で巨大な地震が起こったかのように縦に大きく振動する。



「ぐ、ぐぁぁぁぁぁ!? な、何だ、これは……!」



 アランが頭を押さえてしゃがみこむ。実際に空間が振動していたわけではなかった。この歌--エラトーが奏でる歌は、敵の感覚に直接影響を与える歌なのだ。一瞬アイラは何が起きたのか理解できていなかったが、キリが杖を持てなくなった隙に残りの破壊の眷属を全て撃破する。




「違う……私は後悔なんてしてない! あなたたちみたいな人に立ち向かうって決めて国を出た……! だからもう--迷わない!」




 ユナは円月輪をしゃがみ込んだアランに向かって投げつける。アランはそれに気づいてもいなかったのか避けられることもなく命中し、ゴンと鈍い音を響かせて倒れ込んだ。少し近づいて様子を伺うと、うつろに目を開けたまま何かぶつぶつと呟いている。こちらに向かってくる気配はない。


「や、った……?」


 気が抜けたのか、ユナはその場にヘナヘナと座り込んだ。




 すんでのところで耳を塞いだキリにも効果はあったらしい。アイラによってすっかり破壊の眷属が消滅した頃、若干ふらつきながらようやく立ち上がる。


「参りましたねぇ……もともとアランは気分の移り変わりの激しい男ですが、まさかあの歌でもとは」


--パァン!


 乾いた銃声。キリの手から杖が弾かれていた。少年の指から血が流れる。


「あなたも覚悟しなさい、キリ。アランは倒れたし、あなたももう破壊の眷属を呼び出すことはできない」


 するとキリはうろたえるどころか、またあの甲高い笑い声をあげた。何か狙いがあるのだろうか。アイラは不気味に思いながらも銃を構える。キリはにやりと口角を上げると、距離の近いアイラにしか聞こえない声で言った。




「……誰が神石はひとつだって言いました?」




--バキ……


 何かの音が上の方から聞こえた。アイラはハッとして天井を見上げる。岩壁の一部から砂がはらはらと落ちてきて、岩石が不安定にぐらついている。その位置は--ユナの真上だ。



「ユナ! 危ない--」





--ドゴッ!!!!





 鈍い音が響く。その音にユナの意識は現実に引き戻される。一体何が--




「あ、アイラ……?」




 すぐ側にアイラが倒れていた。崩れた岩石。裂けた背の布。周囲に飛び散る、赤黒い血。


「まさか、私をかばって……」


「だ、大丈、夫、だから……クレイオの力を……」


 ユナが慌てて力を発動しようとした時、アイラの灰色の瞳から光が消えた。とても身体を動かせるような怪我ではないのに、何事もなかったかのようにアイラがすっと立ち上がる。


「え……?」


「少々借りますよ。彼女にはやってもらいたいことがあるのでね」


 アイラの背後にはキリがいた。いつものように薄気味悪い笑顔を浮かべて、煌々と光る小豆色の石の杖を掲げている。



「何をする気なの!? 待って--……!!」



 手を伸ばしても、捉えられなかった。ユナの手は虚しく宙をつかむ。まるでもやのように、二人の姿は跡形もなくその場から消えてしまった。



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