mission4-24 鼓動響く道


 ルカたちの進んだ通路は、時折壁によって道が塞がれていた。壁には広場と同じような呪術文字で何やら暗号のようなものが書かれており、それを解いて進む仕組みらしい。ルーフェイの呪術文字を読むことができるグレンがいることは幸いだった。


「“ヒトの身を内々から満たし、清く生きる活力たるもの。それは”……暗号の下にある呪術式は “火”、“水”、“地”の三つ。これは、“水”が正解だろ」


 グレンはそう言って壁に書かれた呪術文字の下に三つ並ぶ円形の呪術式のうち、中央のものに手をかざす。すると呪術式はぼうと赤く光って、壁はズズズと音を立てながら二つに割れて道を開けた。


「なんかここ、生き物の身体の中にでもいるみたいだな」


 ルカは細い通路の壁を見ながら言った。赤紫色の塗料の呪術文字が隙間を埋め尽くすかのようにびっしりと書かれている。色合いはさながら血管のようだ。そして何より感じるのは--何かがうごめいているかのような、ざわざわとした気配。音としては知覚できないのに、何かの鼓動の音が聞こえてきそうな、そんな感じがした。黙っていると余計な想像を膨らませてしまいそうだった。ルカは誤魔化すかのようにグレンに話を振る。


「お前、呪術が使えないって言ってたわりには呪術文字はけっこう読めるんだな」


「まあな。ここに入った時も言ったが、親はちゃんとした呪術師だったんだよ」


「今は一緒に住んでないのか」


「俺が子供の頃、中央都に出稼ぎに出てそれきりだ。ヤオ村は辺境の地だからな、聖水が穢れる前までは薬が売れていたとはいえ、そこまで稼げるわけではないし、学びも文化も中央都に比べたらだいぶ遅れている。だから、働き盛りの年齢の大人は中央都へ出稼ぎに出るんだ」


「でも出稼ぎっていつかは戻ってくるもんだろ?」


 ルカが尋ねると、グレンは溜息を吐きながら首を横に振った。


「だいたいの奴は戻ってこない。特に中央都で良い働き口を見つけられる才能がある奴はな。俺の親はまさにそうだった。もうずっと前から連絡すら取れないんだ」


「そうか……」


「おい、勝手に辛気臭くなるなよ? 今さら親がどうのこうの言う年齢でもねぇしさ、下手に気を遣われるよりはこれくらい切り捨てられた方がこっちも気楽なもんさ」


「悪い、こんなこと聞いて。おれは自分の家族のこととか何にも覚えてないから、他の人はどうなのかとか気になるんだ」


 ルカの言葉にグレンは目を丸くする。


「ルカ、お前記憶喪失なのか?」


「そうだよ。三年より前のことは覚えてないんだ」


「脳天気そうに見えたけど結構重いもん抱えてんのな」


「の、脳天気……?」


「雨の森で女二人連れてヘラヘラ笑ってるからよ、もっとちゃらけた奴なのかと思っていたんだ」


「そんな風に言われたのは初めてだなぁ。キッシュまではガザも一緒にいたからかな」


「おい、ガザって……もしかしてあの伝説の鍛冶屋ガザ=スペリウス?」


「ああ。ブラック・クロスのメンバーの神器はガザに作ってもらってるんだ。今度お前の神器も見てもらうといいよ。その弓、けっこう古いやつなんだろ」


「おいおい、そんな気楽に……! あんたら、俺みたいな一介の村人とは生きてる世界のスケールが違うな。義賊なんてやって、あのヴァルトロの奴らとも敵対して、何よりも……『破壊神をぶっ倒す』なんて言葉、同世代の奴から聞かされることになるとは思いもしなかった」


 改めて言われると気恥ずかしい。ルカはぽりぽりと頭をかきながら言った。


「おれは”まともな物差し”を知らないだけさ。目が覚めた時からブラック・クロスの仲間に助けられてて、神石の力が使えて、ヴァルトロの奴らのやり方にはなんかムカつく、ただそれだけなんだ。無謀かどうかは試してみた後で知ればいい。そんなことで悩んでいたら、あっという間に『終焉の時代ラグナロク』で世界が終わっちゃうかもしれないだろ」


「世界が終わるのはそんなに嫌か?」


「ん、なんだよ、グレンは別に終わっても良いって思うのか?」


「いや、俺だって若いうちに死ぬなんてまっぴらごめんだし、別に世界滅べなんて擦れた考えも持ってねぇよ。でもお前みたいに自分のこともよくわかってねぇ奴がそういう風に思うのが不思議だって話さ」


 ルカは少し口をつぐむと、ふっと自嘲気味に笑った。


「死のうと思っても死なせてくれないんだよ、この身体が。だから諦めて生きることにしたんだ。でも……今はそうじゃないのかもしれない」


「何だそれ、複雑なやつだな。……あ、おい、何かあるぞ」


 グレンが通路の奥を指差す。少し開けた空間に、中央部には人の半身ほどの高さの小さな祭壇がある。そこには暗がりの中でぼんやり赤く光る宝玉があった。


「”三つの心臓を捧げよ”ってもしかして、この宝玉を揃えてあの扉のくぼみにはめるってことじゃ--!?」


 言いかけた途中、ルカはバッと周囲を見回した。しかし、暗くて何も見えない。


「おいグレン、分かるか……?」


 ルカは少しだけ体勢を低くし、ネックレスを大鎌へと変化させる。グレンも背負っていた弓を下ろして頷いた。


「ああ、気味が悪い……この場所に入った途端、急に息苦しくなりやがった……はは、冷や汗が止まらねぇ……」


「気を抜くなよ。ここには


「分かってるよ! 通路で聞こえてたあの音よりもデカい音が聞こえる……まるで心臓の音みたいだ」


 息を潜めていると、ひやりと空気が冷えるのを感じた。奥の方からだ。二人はゆっくりとそちらに視線を向ける。革靴が鳴らす足音。やがて暗がりから姿を現したのは、漆黒の肩まである長髪に、右眼の眼帯。長刀を腰に携える、将軍と呼ばれる青年。




「風・水・命……ここは三つの祭壇のうちの一つ、命の祭壇と言うらしい」


「ソニア・グラシール……!」


「おい、ソニア・グラシールって、ヴァルトロ四神将だろ? お前会ったことあるのか?」


「ああ、なんだかんだこれで三回目だ」


 ルカはソニアから視線をそらさないまま答える。彼はまだ抜刀はしていない。しかしその俊敏な刀捌きは一度目の当たりにしている。油断した瞬間に自分の首が飛んでいてもおかしくないのだ。


「そう構えるな、ルカ・イージス。俺が任されているのは、お前たちの足止めだけなのだから」


 ソニアは一歩一歩ルカたちに近づいてくる。赤い宝玉の祭壇の横までくると彼は足を止めた。


「お前たちはこの場所の魄動はくどうが聞こえるか?」


「魄動……? 何だよそれ」


 するとまたぞわっとルカたちの全身に寒気が走った。ソニアは手を頭の後ろに回し、しゅると眼帯をほどいた。暗くてほとんど輪郭がハッキリしない--いや、暗いからではないのだ。


 そこに現れたのは眼球ではなく、漆黒の石。




「お前たちは知らなければいけない……この封神殿で、ルーフェイの人間が一体何をしたのか」




 ソニアがそう言った瞬間、闇が一層深くなった。暗くて何も見えない。手探りしてみても何もつかめない。ゴウッと冷気が吹きつけてきて、体温を奪っていく。冷気とともにいくつもの声が耳を駆け抜けていった。ぼんやりしていてはっきりとは聞こえなかった。しかし大体は「助けて」とか「嫌だ、死にたくない」とか「苦しい」とかそういうものだったと思う。事情はなんだかよく分からないが、決して気分のいいものではない。


(なんだよこれ……神石の声とは、違う?)



--ドサッ



 その音でルカはハッとした。先ほどよりはいくらか辺りが明るくなっていて、寒気も、謎の声ももうしなかった。だが……


「おいグレン! どうしたんだ!」


 膝から崩れ落ち、歯をガタガタと震わせるグレン。焦点は定まらず、瞳にうっすら涙を溜めている。




「……どういうことだよ……父さんが……母さんが…………ここで、殺された……?」




 ルカはグレンの肩を支えながら、ソニアの方を見やる。いつの間にか眼帯を付け直していて、漆黒の石がはめられた右眼はもう見えない。彼は終始変わらない表情で淡々と言った。




「七年前、ルーフェイ王家はこの命の祭壇で生贄いけにえを捧げる儀式を行ったようだ」


「生贄だって……!?」




 ルカが尋ねるとソニアはくわっとあくびをして……そして、答えた。




「もう気づいているだろう。封神殿とは破壊神を封じるための場所ではない--破壊神を保護し、増強するための場所だ」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る