mission4-5 ダイアウト




「ダイアウト……地図から意図的に消された村……?」


 ユナにとっては初めて聞く単語だった。


「あくまで可能性だけどね。本当に滅んだだけかもしれない。だけどさっきの野盗の存在が、この村が地図にないだけで現存している可能性を示しているの。ユナ、世界地図を発行している組織がどこかは知っているわよね」


 ユナは頷いた。ナスカ=エラのミトス文教院。ミトス神教会の組織の一つで、創世神話や世界地図など世界共通で流通する書物の多くはそこで編纂へんさんされているという。


「ミトス文教院自体に世界地図を作るだけの調査隊はいないわ。基本的には各地の権威、つまり今の時代はルーフェイやヴァルトロからの地勢調査報告を受けて作っているの。つまり--」


 ルカは「そういうことか」と呟く。


「ルーフェイやヴァルトロが報告しなかった土地は地図に載らないってことだろ」


「そういうことよ」


「さっぱり分からん」


「あなたに理解は求めてないわ、リュウ。単なるミスの場合もあるし、何らかの意図で無かったことにされてしまう場合もある。そうして地図から消されてしまった土地のことを旅人の間ではダイアウトと呼ぶの」


 ユナはアイラから地図を受け取り、リュウが出してきた古い地図を眺める。自分たちが今いるウンダトレーネの森を南方に抜けたあたりには確かに「ヤオ村」と記載されていた。目的地のジーゼルロックは森を西方に抜けた方角だが、距離はこの村の方が近く、歩いても今日中にはたどり着ける場所のようだ。


「人が住んでるのに地図に載らないなんてことあるのかな」


「ダイアウトの多くは、ルーフェイやヴァルトロにとって都合の悪い土地。これから行く村にどんな事情があるのかは分からないけど、気は引き締めておいた方がいいわね」


 アイラの言葉にユナは唾を飲んだ。自分が住んでいる土地がもし地図から消されてしまったら、人々はどう思うのだろう。自分たちの存在など無かったことにされてしまう恐ろしさ。そう、思い出したのだ。コーラントで四神将のキリに脅され絶望しかけた時のことを。






 森のはずれまで来ると、雨足はだんだんと落ち着いて行った。ルカたちは古い地図通りに進む。すると道中にツタがびっしり生えた木の看板が立っていて、かろうじて読めた文字には「この先ヤオ村」と書かれていた。


「そういやさ、なんでお前ジーゼルロックに破壊神が隠されてるかもしれないって気づいたんだよ」


 ルカが隣を歩くリュウに尋ねる。


「俺が気づいたわけじゃない。俺はただ破壊の眷属けんぞく討伐任務で奴らがやたらと湧いている場所を見つけたから、それをノワールに報告しただけだ。ノワールが調べたところ、あの崖は昔ルーフェイのまじないの儀式でよく使われていたらしい。悪いものを封じ込める神聖な場所だと言われているそうだ。俺にはただの崖にしか見えなかったけどな」


「封印の場所、か。一体誰が何のために破壊神をそんなところに押し込んだんだろうな。封印したところで破壊の眷属がいなくなるわけじゃないみたいだけど……」


 ルカはうーんと首をひねる。破壊神を封印したところで、『終焉の時代ラグナロク』が終わったようには思えない。むしろ日が経つにつれ各地で破壊の眷属の目撃数は増え続けている。


「あのさ」


 ユナはふと歩みを止めて言った。前を歩くルカとリュウが振り返り、ユナの後ろを歩くアイラも立ち止まる。


「ヴァルトロもジーゼルロックに向かっているんだよね。前にドーハがヴァルトロの狙いは『終焉の時代』を終わらせることだって言っていたけど、そうだとしたらあの人たちはジーゼルロックで何をするつもりなんだろう」


「きっと破壊神を殺すつもりね。あの武装集団ならそういうことを考えてもおかしくない」


 アイラは当然だと言わんばかりに答える。ユナもその答えを想定していた。だからこそ、彼女はギュッと唇を噛み締める。




「でもキッシュで銀髪女やガザが言っていたことが本当なら--破壊神も私たちと同じ、神石と共鳴した人間なんだよね?」




 沈黙が流れる。皆理解していたことだった。ブラック・クロスも『終焉の時代』を終わらせようとしていることに変わりはない。だが、ヴァルトロのような強硬手段を取ることが本当に世の中のためになるのか、疑問があるからこそ彼らはヴァルトロと対立している。


 ましてや破壊神を滅することが、人殺しに繋がるのであれば。




「おれは見つけるよ。破壊神を殺すんじゃなくて、『終焉の時代』を終わらせる方法を」




 ルカははっきりとした声でそう言った。


「そのためにきっと神石がある。創世神話の言い伝えが本当なら、神石の力にヒントがあるはずだ」


 ぎゅっと自分の胸元の黒い十字を握りしめる。自分で言っておきながら自信がなかったのだ。本来ならば『終焉の時代』を終わらせるのに最も近道であるはずのクロノスの力、それを使いこなせていないのだから。




「……不安なのは分かるわ。でも今は前に進みましょう。本当に破壊神がジーゼルロックに封印されているかどうかもまだ怪しいんだから」




 そう言ってアイラは歩き出す。森の出口はもうすぐそこに見えていた。




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