mission4-4 リュウ・ゲンマ




「サンド二号、頼むからもう少しゆっくり進んでくれ……」


 ルカは人間たちにお構いなく獣道を突き進んでいくサンド二号に声をかけたが、まるで聞く耳を持たない。ただでさえ雨で体力を奪われている状況だ。ルカの後ろに続くアイラとユナの表情が段々と曇っていく。


「あーもうしょうがないな、おれ先に行くから、二人はゆっくりついてきて!」


 ルカはそう言うと胸元のネックレスに手をかざす。黒い大鎌となったそれを、ルカはぶんと振り道を切り開いた。


「おれの神器は草を刈るためのものじゃないんだけど……こんなところで能力使うことになるなんてツイてないよ」


 そうぼやきながら、クロノスの力を発動させた。風を切る音と共にルカの姿は消え、あっという間に先を進むサンド二号に追いつく。




 少しだけ辺りが開けたところでサンド二号が急に動きを止めた。まだ先があるものだと思い込んでいたルカの顔はぬいぐるみの背に思いっきりぶつかる。


「いってぇ、いきなり止まるなよ! 何かあるのか?」


 ルカはサンド二号の背後からその先を覗き込みハッとする。そこには森の中でもひと回り大きい木があり、太い枝に人間が引っかかっていた。それも、ルカがよく知る相手だ。


「お前、何でこんなところに--」


 ルカが彼に声をかけようとした時、木の裏から何かがものすごい勢いで飛び出してきた。




「二号のあんちゃぁぁぁぁぁん!!」




 それは涙声で叫びながらサンド二号に抱きついた。ぬいぐるみなので涙は出ていないが、ぐずぐずと嗚咽を上げるこの物体こそ付喪神つくもがみ眷属けんぞくのうちの一体・サンド三号。


「おおよしよし、三号久しぶりやな」


「びぇぇぇぇ怖かったああああ! あんちゃんに会えへんかったらおいらどないしようかと!」


「持ち主が気絶しとるのに、なんで三号は起動できてはるのん?」


「落下の衝撃で目ぇ覚めちゃったんよおおおお! 飛ばされた時も怖かったんやけど、ここずっと雨降ってて綿まで染みてくるやろ、もう本っ当にびえぇぇぇぇぇぇ!」




 高音で泣き喚くサンド三号を無視して、ルカは木のふもとまで近寄った。


「こいつ、早速ノワールの言いつけ破ったな……」


 それが自分にも当てはまることには気づかないまま、ルカは思い切り木の幹を蹴った。上部の枝が揺れてそこに引っかかっていた青年の身体が落下する。


--ドサッ!


 普通の人間なら骨の一本でも折りそうな高さだが、彼の場合は問題ない。意識がまともに戻らないうちに落下の直前で体勢を変えて受け身を取り、相手が誰かも認識することなく反射的に殴りかかる。そんな彼の癖をよく知っているルカは、さっと後ろにかわした。


「よう、助けてやった相手への起きぬけの挨拶がそれかよ、リュウ」


「む……ルカか?」


 ようやく意識が戻ったのか、額に一本のツノを生やした青年--リュウは拳を構えたまま目を細めてルカのことを見た。


「貴様、もうたどり着いたのか。思ったより早かったな」


「なーに寝ぼけてんだ。むしろお前がどうしてここにいるんだって話だよ。ジーゼルロックで待機するように言われてただろ」


 リュウは眉間にしわを寄せて首を傾げる。


「俺は確かにジーゼルロックにいたはずだが……そうか、あの時--」




「リュウ! それにサンド三号!? どうしてここに」




 ようやく追いついたアイラに、すかさずサンド三号が飛びかかる。


「アイラはん! 会いたかった--ブフッ!」


 慣れた風に表情を変えないまま裏拳でそれを打ち払うアイラ。いきなり知らない人物とサンド二号にそっくりのネコ型のぬいぐるみが現れたことに戸惑うユナ。


「久しぶりだなアイラ。相変わらずはしたない女だ。戦士ならもっとサラシを巻いて乳を隠せ」


 無愛想なリュウのその物言いに、収まりかけていたアイラの苛立ちが再燃したのは言うまでもなかった。


「戦士じゃないし、前にその呼び方はやめろって言ったわよね。あと私今けっこう機嫌悪いの、分かる?」


「ま、まぁまぁ、アイラ落ち着いて」


 神器であるピアスを外そうとするアイラの腕をユナは必死におさえた。その様子を見て、アイラを怒らせている本人は怪訝けげんそうに尋ねる。


「おい、そこの女。貴様は一体なんだ」


「へ、私?」


 さすがのユナも、いきなりの貴様呼ばわりに顔が引きつった。


「見たことのない顔だ。まさか--刺客しかくか!」


「ええ!?」


「問答無用! 俺が成敗--」


 ユナの言い分を聞かずに殴りかかるリュウ。ルカは慌てて間に入ってユナをかばった。


「やめろってこの脳筋! 彼女はユナ・コーラント。新しくウチに加わったメンバーだよ。ノワールから聞いてないのか」


「聞いたような気もするが……こんなにヒョロい女、義賊の人間だとは思わんだろう。一体何の役に立つ?」


 蔑まれたり、馬鹿にされるならまだましだっただろう。しかしリュウは真面目な顔つきで面と向かってはっきり言った。包み隠さず、思ったままのことを告げたのだ。確かに自分がそれほど役に立っているという実感はなかったが、初対面の人間にいきなりそこまで言われて平静でいられるほどユナは大人ではなかった。




「ルカ……私、この人一発殴ってもいいかな」




 ワナワナと声を震わせるユナの肩を、ルカは溜息を吐きながらポンと叩く。


「気持ちは分かるよ……でもやめといたほうがいい。こいつの皮膚はすっごく硬いんだ。鬼人きじん族と人間のハーフだから」


「鬼人族!? じゃあ、前にルカが言ってた人って--」




「そう。こいつもブラック・クロスのメンバーの一人、リュウ・ゲンマ。ほら、今回のミッションで合流する予定になってただろ。バカだけど、悪いやつじゃないから許してやってくれ」




「誰がバカだと!?」


「バカよね」


「バカやな」


 アイラもサンド二号もうんうんと頷く。鬼人族と聞いてユナも合点がてんがいった。火山地帯に住む彼らは、屈強な肉体を持つのと引き換えに脳の成長を抑えた。……つまり、普通の人間よりは一般的に知能が低いと言われている。


 リュウの連れであるサンド三号はより一層大きく頷きながら言った。


「大バカ者やわホント! あんなところでヴァルトロ四神将なんかと一騎打ちしよってからに!!」


「ヴァルトロ四神将!?」


 目を丸くするルカたちに対し、リュウは誇らしげに鼻を鳴らした。


「強者と出会ったら戦わずにはいられんのが格闘家のさが。しかしヤツ--確かフロワと名乗っていたが、どうにも腰が引けていたな……俺の一撃を食らうのが怖くて防御技を使うとは」


「そういうとこがバカやてうとんの! 四神将のフロワと言えばヴァルトロの守りのかなめ、あの覇王マティスが二国間大戦の当時から頼りにしとる女将軍やぞ! きっとジーゼルロックの見張りを任されとったんや。で、何の考えもなしにリュウが突っ込んで行きはるから、おいらたちはフロワの狙い通り吹き飛ばされてここにおるんやろ!」


 サンド三号がキーキーとわめき、ぽかぽかと布でできた腕でリュウの頭を叩いた。アイラは呆れながらも安堵した風に言う。


「まぁでもここであなたと合流できたのはラッキーだったかもしれないわね。実はさっき野盗にあって、荷物が全部奪われてしまったの。食糧とか余っていたりしない?」


 リュウは斜めがけに背負っている皮袋を下ろし、逆さに向けた。その中からバサバサと落ちてきたのは……重そうな土囊どのうばかり。


「今は断食の修行中だったから食糧なんて無いぞ」


「……やっぱり一度蜂の巣になって反省しないと治らないかしらその性格……!」


「ア、アイラ落ち着いて……!」


「ああでも、この近くには村があるらしい」


「!? 何言ってるのよ、地図にはそんなこと描かれてなかったはず」


「これだ」


 そう言ってリュウはふところからぐしゃぐしゃによれた地図を取り出した。すっかり黄ばんでしまっている。


「おいリュウ、これいつの地図だよ」


「確か……七年前くらいから使っている」


「もしかして『終焉の時代ラグナロク』が始まる前!? それじゃあ地形や地名が色々変わってるだろ」


「そういうものなのか? 普段あまり地図を見て移動することがないから分からないが……」


 ルカもユナもうなだれる。これでは振り出しだ。リュウも含めて、この先どうするかを考えなければいけない。しかし本来なら一番にため息を吐くはずのアイラは食い入るように古地図を眺めながら言った。


「いいえ、これで良いわ。この村に行ってみましょう。野盗も食糧もここで何とかなるかもしれない」


「どういうこと?」


 不思議そうに首をかしげるルカたちにアイラは古地図を広げ、リュウが言う今の地図には載っていない村の場所を指した。




「この村はおそらく"ダイアウト”--存在しないわけじゃない、村よ」




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