むっつめの話 フランちゃん と いっしょ! ×ページ目

 そのページは、極寒の雪山だった。

 防寒の為に望月とフランは、スキーウェアを着て、手袋をはめて、耳あてをしていた。

 フランは望月の手を引いて、膝の高さまである雪をかき分けて、前へ進んでいく。

 ヤマネは、望月のリュックの中にしまわれていて、中から道案内をしていた。

 そうして二人と一匹は、五ページ目のドアを目指している。

 それは、帽子屋が出口へと続くと言っていたドア。フランが本の口へと続くと言っているドア。

 この矛盾が示すものが一体何なのか、望月は必死に考える。

 一つ目の可能性、帽子屋が勘違いしている。

 しかしこれはありえない。帽子屋は、ヤマネから正確な道を訊いているのだから。

 二つ目の可能性、フランが勘違いしている。

 けれど、先程フランもヤマネに本の口への道を訊いていた。

 本当は考えるまでもなかった。答えは明確。

 帽子屋は最初から、望月を本に食べさせるつもりだった。

 不意に視界が歪む。その理由を考えて、望月は初めて自分が泣いていることに気が付いた。

 何故泣いているのか、望月には理解できなかった。

 帽子屋に裏切られる可能性を考えていなかったわけではない。だから、それで傷つくのはありえないと望月は思った。

 ――いっぱい迷惑かければいいじゃないか。

 帽子屋の言葉が、望月の脳裏を横切る。

 その言葉が望月は本当に嬉しかった。駄目な自分を受け入れてくれた気がした。

 だからだろうか、と彼女は思う。

 その手の体温も、自分を受け入れてくれる優しさも、誰かに似ていた。

 知らず知らずの内に、その誰かに帽子屋を重ねていた。だから助けたかった、だから裏切られて悲しい。

「……っと! ちょっと! 聞いてるの!?」

 フランの声がして、望月は彼女を見た。フランは少し怒っていた。

「扉とっとと開けてよ。もう寒いの嫌だし」

 言われて前を見てみると、そこにはハートが描かれた扉が雪に埋まっていた。

 それは、五ページ目へ続くドア。

 望月は涙を拭うと、そのドアを開けた。


 五ページ目。

 赤い屋根と白い壁が立ち並び、赤煉瓦の道が交差する小さな町。

 窓はトランプのマークを模っていた。

 町の奥には赤と白を基調とした巨大な城があった。どこか可愛らしく、テーマパークにありそうな感じだった。

「何よ、あの城! 私の城より可愛いじゃない! ずるい!」

 フランが興奮して叫ぶ。その煩さに望月は思わず左手で耳を塞いだ。

 ちなみに右手はフランが握っているので、動かせない。

「よし、あの城の城主に抗議しに行きましょう!」

 フランはそう言って駆け出した。ぼうっとしていた望月は躓きそうになりながら、慌ててその後をついて行った。

 二十分後。結局すぐに走りつかれて、二人は歩いて城へと辿り着いた。

 望月は俯いてぼうっとしていて、そのことに気づかなかった。

 城の前には薔薇園があり、一人の女性がその手入れをしていた。

 女性は、真っ赤なドレスを着た金髪碧眼の綺麗を着ていた。そして、身の丈ほどもある巨大な鎌を片手で持ち、それで邪魔な枝などを切っていた。

 女性は、スケッチブックに描かれた『死んだ女王のあいうえお』の女王に似ていた。

「あらいらっしゃい」

 女性が軽く微笑む。

「ど、どうも。こんにちはー」

 フランが思わず一歩後退し、望月の手を強く握った。

 急に強く握られて、望月は驚いて前を見た。

「あっ」

 そして、城まで来たことと、目の前の女性に気が付いた。

「…………ッ!」

 女性が手に持つ鎌を見て、望月も思わずフランの手を強く握っていた。

「どうぞ中に入りなさいな。一緒にチェスでも致しましょう」

 女性はそう言って、二人を中へと案内する。

 断れず、二人は女性の後をついて行った。

 道すがら、トランプ兵やウミガメのコック等とすれ違った。

「ねぇ、あんたチェスって分かる?」

 フランが小声で、望月へと尋ねる。望月は、静かに首を振った。

 望月はチェスどころか、将棋、トランプ等のゲームのルールを知らない。

 やる相手が居なかったから覚えなかった、というのが正しいところなのかもしれない。

「むー。分かんないか。響きは美味しそうだけど、するってことは動作よね。

 …………大食い大会?」

 フランは一人、そんな風に考え込んでいた。

 やがて応接室に着くと、二人の前に双六が置かれた。

 女性に二人がチェスを知らないことを説明すると、誰でもできる双六をすることになったのだ。

 女性は二人に簡単なルールを説明して、ゲームを始める。

 サイコロを振って、その数字分進むという単純なルール。だがそれ故に、実力よりも運が勝敗の決め手となる。

 この日の望月は、つくづく運がなかった。

『五ページ目の女王は、負けず嫌い。自分より優れた者は皆首を撥ねてしまうよ。

 自分より劣るものには優しいから、勝負を挑まれたらわざとらしくなく負けてあげよう。』

 それが、このページの注意書き。

 望月は双六を見る。そろそろ終盤だが、望月が暫定一位となっている。

 ここから巻き替えされるのは、とても無理だ。このままでは、望月は首を撥ねられる。

 サイコロを振りながら、望月はそれでもいいか、と思った。

 このまま先のページに進めても、本に食べられる。どの道、死ぬ運命は変わらない。

 せめて痛くなければいいな、と女王が駒を三マス戻すのを見ながら考えた。

「でも、久しぶりですね。こうしてお客様を迎えるなんて。随分前に一人来て以来です。

 その時はチェスで戦ったんですけど、こっちが完敗してしまいました。腹が立ったもので、首を撥ねたんですけど、外の世界の人間だったから死ななかったんですよ。

 それで、余計腹が立ってしまって、彼から時間を奪ったの」

「時間を奪う?」

「そう。肉体の時間を止めて、時間の感覚を無くしてしまうの。ついでに腕時計していたから、壊しておいたの」

「へーなんかそれ楽しそう!」

「私も最初はそう思ったんですけど、意外にそうでもないんですよ。それよりは、拷問とかした方がまだ楽しかったですね。

 不死身になっていたから、何回でもやれましたし」

 物騒な二人の会話をぼんやりと聞いていた望月だったが、そこでふとあることに気が付いた。

 女王の外の人間は死なない、という言葉。

 何かが妙に引っかかった。

「あっ……」

 その引っかかった何かに気づいて、望月は思わず声を上げる。

「どうしたの?」

「どうかしましたか?」

 女王とフランが同時に訪ねた。

 望月の頭の中で、今までの出来事が一気にフラッシュバックする。

 その一つ一つがピースとなり、パチリ、パチリと合わさっていく。

「あ、あの。そ、その人って今どうしてるんですか?」

 望月は興奮気味に女王に訪ねる。

 女王は怪訝そうに首をかしげながら、答えた。

「知らないわ。このページの外に行っちゃったのよ。どこかで元気にしているとは思うけど、憎々しいことに」

 その一言で記憶のピースが全て合わさって、一つの答えを導き出した。

 時間の感覚がなくて、不死身で、外から来たらしい人物。

 全てが当てはまる人物を望月は知っている。

 それはもう、ずっと昔から――。


『世界に魔王が居ました。

 魔王は魔物達を生み出し、悪さばかりしていました。

 人々から金銀財宝を巻き上げ、時には無理難題を押し付けたりしたのです。

 人々は困り果てましたが、魔王を倒す方法がありませんでした。

 魔王が不死身だったからです。

 そんな時でした。唯一魔王を倒す力を持った男の存在が知られたのは。

 人々は彼を勇者と呼び、彼に魔王を倒してもらおうとしました。

 しかし困ったことに、勇者には戦う力がありません。

 剣を持ってみましたが、あまりに重くて持ち上げることすらできません。

 魔法もすぐに暴走させてしまいます。炎の魔法で自らの髪を焼いてしまったりしました。

 それならば、と人々は勇者を鍛えることにしました。

 まずは、剣を持つために体を鍛えることから始まりました。

 毎日一生懸命走ったり、腕立て伏せをしたりして、体を鍛えていきます。

 それだけでは終わりません。勇者は魔法の勉強もしなければなりません。

 長い呪文を唱え、難しい魔法を使えるようにしていきます。

 勇者の一日はそうした訓練で終わっていきます。

 少しづつ強くなった勇者ですが、魔王を倒すには程遠いものでした。

 後何年掛かるか分かったものではありません。

 長引く訓練に、勇者の心は何度も折れそうになります。勇者だって、他の人みたいに遊んだり、のんびりしたいのです。

 もう勇者は、魔王を倒さなくてもいいのではとも思い始めました。

 魔王は、人々から全てを奪ったりはしません。最低限の生活出来るお金は残しています。

 人々は楽ではありませんが、生きていけるのです。

 それなら別にいいじゃないか、と勇者は何度も思いました。

 何度も逃げようとしました。

 それでも逃げなかったのは、お金がなくて病気を治せない人たちを見たからでした。

 魔王は最低限の生活できるお金を人々に残しました。けれど、それはあくまで健康な人に対してのみなのです。

 大きな病気や怪我をしたの人達は、治すための余分なお金を持つことができなかったのです。

 そんな人達の犠牲の上で、魔王と魔物達は毎日遊んで、好きなだけ食べて暮らしているのです。

 勇者はその姿を見て、不公平だと思いました。

 だから、頑張ろうと思いました。

 そうして何十年と訓練は続きました。

 勇者は病気や怪我を治せず死んでいった人々を思い、必死に訓練しました。

 そうしてようやく、勇者は魔王を倒せるほど強くなったのです。

 あきらめず頑張り続けたおかげでした。

 勇者は魔王を倒します。残った魔物達も、人々の手で全て倒されました。

 長きに渡る努力が、報われた瞬間でした。

 人々は勇者を讃えて、そして皆幸せな生活を取り戻したのでした。

 おしまい。


 新月から満月へ

 遠くで頑張る君が前へ進めることを祈って、これを送る。』

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