第二十五話 白魔道士 後編 二


■ 二、 田中直哉の場合



「・・・・・隊長、いいンですか?」


 二人目の患者の移送を開始して、移動用魔法陣ポータルの周辺を警護している直哉に、橘が不機嫌そうにいう。



「物資のことか? あのくらいは必要経費だよ。上にも『ルタの穏健派に提供した』と報告すれば、大丈夫だろう。」


「そうじゃなくて! その、隊長・・・ナオヤさんにあンな言い方・・・・」


 何か言いかけて、下を向いた橘の頭を右手の手のひらでポンポンと軽く叩いて、「いいんだよ」と優しく呟く。



「アイツは・・・純二は、昔からあんな感じでさ。俺が生徒会の副会長で、アイツが会長。いつも、感情や思いつきで突っ走るアイツのフォローをしてたっけ。」


 ははは、と思い出し笑いをする直哉の顔を、橘が面白くなさそうに見上げる。直哉は、それを見つけて、もう一度頭を軽く撫でる。



「・・・・予定通り、この作戦が終わったら、二人で軍から抜けよう。この間、親父とお袋にも話をして、佳苗の奨学金は『こっちで何とかする』って言ってくれてる。


 親父たちもいい歳だしな。櫻国に帰ったら、一緒に俺の実家で働こう。第3行政区内の小さな酒屋だけど、喰っていくには困らないだろうさ。


 ――大丈夫。きっとうまくいく。」



 最後の言葉は、自分に言い聞かせるように噛みしめる。それを聞いて、「うん!」と破顔する橘を見ながら、直哉はこれからの人生を思い描いていた。



(大丈夫だ。純二のおかげで、最優先救助者の教授も救出できた。あとは、佳苗と町田を連れて、無事に湖国デルイヤの本隊に合流すれば、そこから先は危険も少ないだろう)


 何度か右の手のひらを握っては開いてを繰り返し、最後の一回で強く拳を握る。


(よしッ!)


 握った拳を左の掌に打ち付けて、いつもの気合を入れる。その目には希望に満ち溢れていた。




■ 三、 橘佳苗の場合


(この作戦が終われば・・・)


 そう思うと、不思議と疲れも感じなくなるような気がする。



 物心ついたときには、自分の生まれついての特異体質のせいで、母親と西大陸連邦国の高度白魔法研究機関をいくつも周り、検査と治療の毎日だった。たぶん、高額な検査・治療費がかかっていたのだろう。私は、自分の母親が着飾ってるのを見たことがない。



 父親のことはよく覚えていない。



 ようやく体調が安定したきた頃に戻ってきた櫻国の小さな白魔法治療院のベットの上で、痩せこけて最後の時を迎えようとしていたそのヒトと会った時に、母さんが泣いていたのを見て、(この人がそうなんだ)と思ったくらい。

 母さんは、そのヒトが亡くなった後も、何故か母国である連邦国には帰らず、櫻国で暮らすことを決めた。



 その母さんも私が中学校を卒業する頃に他界して、私は学校の先生の勧めで、学費と生活費の貸付が受けられる軍の高等学校に入った。


 それ以来、本当に機械のように訓練と、卒業して配属された部隊での作戦をこなしてきた。



 田中隊長と合うまでは――



 最初は優柔不断で、鈍臭くて、愚図だと思っていたのに、彼はどんな難しい指令に対しても、真面目に取り組んでいて、それでひどい目に合うことも多かったのに、それでいて周りの人間には、いつも穏やかに接する。いつしかその直向きなところに惹かれていったんだと思う。


 そんな彼が、『一緒に軍を抜けて、二人で暮らそう』と言ってくれる。それだけで、心が優しい気持ちになっていく気がする。




 二人目の患者の移送が始まり、橘と田中は周囲の警戒にあたる。移動用魔法陣を使ったヒトの移送には、膨大なコストがかかるだけではなく、移送中に"魔法陣そのものへのダメージ"が生じた場合、移送中のヒトが消失ロストしてしまうという危険が伴う。そのため、この移動手段は緊急用に限られている。



 しばらくして、橘はポータルから少し離れたところに小さな人影を見つける。現地人らしき小さな四・五歳くらいの女の子が、きょろきょろとしている。



 橘佳苗であれば、警戒しながら近づいたに違いない。ただ、これまでに感じたことのない優しさに触れた彼女は、"いつも"とは少し違っていた。



『どうしたの?』



 両膝に手の平を置き、目線を女の子に合わせながら、話しかける。



『・・・お姉ちゃん、【白魔道士】のヒト? お母さんがこの辺に来てるはずだからって・・・』


 たどたどしい口調で、何かを必死で伝えようとする女の子に、情がわいてしまう。


『お母さんがどうかしたの? 怪我でもしてるの?』


 そう尋ねる橘の袖を小さな手でギュッと握り、下唇を噛み締めながら、女の子は涙を溜めた目で顔を横に振る。


 何故か頭のなかで、さっきの直哉の言葉がリフレインしている。




(――大丈夫。きっとうまくいく)




■僕の博士課程論文提出期限まで、あと


 ―6ヶ月

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