第13話 夕焼けの河原:戦友
『Wienner:Teru Hosaki』
プロジェクターによってダンスホールの壁に映し出された映像には、満身創痍で倒れる2人の青年が映っていた。
そしてダンスホールの中にはドレス、スーツに身を包んだオペラグラスの人々。
ここは北欧、《
「……ふむ、【ブリューナク】が勝ちましたか」
「流石にビッグネームなだけはありますな」
「所持者もただの優男かと思えば、なかなか骨がある。お陰で賭けには負けてしまいましたが」
「はっはっはっ、端金とはいえ、やはり負けは悔しいものですな」
「全くです。まあ、200万程度このイベントの参加料だと思えば安いものですよ」
「その通りですな。こんな素晴らしい催し、他では決して見られません」
「……おや、次の戦いが始まるようですぞ?」
「ほほう、次は【ダインスレイヴ】と【ハデスの兜】の組み合わせですか……。年甲斐なく胸が熱くなりますな」
「玄人好みの名勝負になりそうです」
そう言って、オペラグラスで顔を隠した正装の男達はシャンパングラスを軽く打ち合わせると次なる談笑相手を求めて、ほの暗いダンスホールをさまようのだった。
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ギラギラと照りつける真夏日よりも明るい日光。
それを反射するのは上品な白銀の床と壁。
そしてその空間の中央には黄金に輝く太陽のレリーフ――【ブリューナク】の口金のあしらいと同じもの――が刻まれていた。
だが、その太陽の輝きは鈍く、どちらかと言えば黄銅のような色合いだった。
「あれ? 僕は綺羅星と戦ってて……」
つい先程まで僕は河原で綺羅星と死闘を繰り広げていたはず。
だが、周りをキョロキョロと見回してみても、ひたすらに白亜の世界が広がっているだけだった。
『…………よ……』
「え? 誰かいるの? 」
かすかにだが、確かに声が聞こえた。
『……人の子よ……』
今度はだいぶはっきりと聞こえた。
男とも女とも、子供とも老人ともつかない、まるで全人類の声を機械でミキシングしたかのような不安定にぶれる声。
「やっぱり! あの、ここはどこなんですか? 」
『……弱き、小さき人の子よ。何故、太陽に近づかんとする』
「太陽に近づく? 何のことですか? そもそもあなたはどこにいるんですか? 」
『……我は太陽。我は意思。そして……我は汝』
「あなたは、僕? 」
謎の空間、謎の声、謎のメッセージ。
情報が少なすぎて、何が起こっているのか理解できない。
『……小さき人の子よ、未だ目覚めぬ太陽の器よ、汝の行く先に幸あらんことを……』
声が止むと周囲の輝きが増して、視界が白に塗りつぶされる。
――ガラガラガラッ。
何かが崩れる音と同時に僕の身体を浮遊感が襲った。
「え? ええ!? うわぁぁぁあ!! 」
そして僕は重量に流されるまま真っ白な世界の底へ、底へと落ちていった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「――うわぁぁぁっ!? 」
「きゃっ!?」
「うぉっ!! 」
「……あれ? 奈緒、それに英司も。どうしたの? 」
謎の白い空間から落ちたと思ったら、今度は見知った顔が正面に出現していた。
「『どうしたの? 』はこっちのセリフよ、バカ輝! 突然奇声上げながら飛び上がったりして……。アタシたちがどんだけ心配したと思ってるの!? 」
「あ、えっと……ごめん? 」
「なんで疑問形なんだよ……」
英司も奈緒も、やれやれといった様子で溜息を吐いた。
「あっ! そういえば綺羅星は? あの後どうなったの? 」
「……呼んだか? 少年よ」
「うわっ!? 」
突如として背後から聞こえてきたバリトンボイスに思わず身を仰け反らせる。
するとそこにいたのは、ボロボロになったスーツを纏い、ヨロヨロと右足を庇うように立つ綺羅星北斗その人だった。
綺羅星を視界に捉えた僕は、思わず後ろに飛び退こうとしてよろけたところを英司と奈緒に支えられた。
「うぉっと! 」
「ちょっと! あんまりヒヤヒヤさせないでよね。ただでさえ1時間近く意識がなかったんだから……」
「僕、そんなに寝てたの!? 」
言われてみれば空も心なしか赤みがかっている気がする。
「少女の言う通りだ少年、あまり無茶をするな。その2人はずっと少年の事を心配していたのだぞ」
「そのセリフ、心配の元凶が言うことじゃないでしょ……」
「ハッハッハッ、まあそう邪険にするな。拳を交えたもの同士、闘いが終われば友も同然よ! 」
「勝手に友達扱いしないで欲しいんだけど……。そういえば、僕も綺羅星サンも怪我はどうなったんです? 」
散々綺羅星に殴打されたはずの僕の身体だが、今は不思議と痛みはなく、綺羅星も火傷や裂傷が沢山あったはずなのに見える限りでは綺麗さっぱり消えていた。
「少年、そんなたどたどしい敬称など要らんよ。傷は『ポイント交換』とやらで手に入る『回復薬』で治したぞ」
そういえば、デバイスにそんな機能もあった。
それにしても『回復薬』がこんなに万能かつ即効性の薬効の高いものだとは思わなかった。
「……じゃあお言葉に甘えて。綺羅星、もしかして僕の分の『回復薬』も負担してくれた? 」
「まあ、有り体に言えばそうなるな。この綺羅星 北斗の寛大さに感謝してくれても構わんぞ? 」
綺羅星は手を広げておどけた。
「……さっきまで殺し合いしてたのに? 随分と切り替えが早いというかなんというか……」
「少し語弊があるな、少年よ。この綺羅星は少年と戦った覚えはあっても殺し合いをした覚えはない。今回に置いては生死はあくまで結果でしかないのだ。互いが全力でぶつかった結果、それに文句を付けるのは無粋というものだろうよ」
真剣な目をして綺羅星は言い切った。
「……僕は……まだ、そこまで割り切れない」
綺羅星が戦う前に言っていた『ビッグになりたい』という言葉。
あれはきっと綺羅星の嘘偽りない本心なのだろう。
愚直に己を信じ、与えられたチャンスを全力で掴み取る。
そのためなら何ものも怖れはしない――例え自分が死ぬことになろうとも。
きっとそれが綺羅星、綺羅星北斗という1人の
チャラそうな見た目でバカな割には明確に一本芯が通っている、真っ直ぐなヤツ。
不覚にも、少しだけカッコイイと思ってしまったのは秘密だ。
「割り切れなくて当然だとも。誰だって本当は傷つきたくないし、傷つけたくない。だが覚えておけ、少年よ。いつか自らの全てを
言葉に重みがある。
説教や道徳の押し付けとはまるで違う“生きた言葉”。
普段なら余計なお世話だと真面目に取り合わなかったかも知れないくらいクサいセリフ、だけど今の僕には驚くほどスッと染み込んできた。
「まあ、敗者の戯言だと思って心の片隅にでも置いておけ」
ニヒルに笑う綺羅星の顔が夕焼けの赤に照らされて、少しだけ小さく見えた。
なんだか可笑しくなって少しだけ笑みが漏れる。
「……違う。僕は綺羅星と戦ったけど、綺羅星を敗者に仕立てあげた覚えはないよ。僕も勝者になった訳じゃない」
「……どういうことだ? 」
怪訝な顔で聞き返す綺羅星。
僕はよろけながらも立ち上がって、とびきりの笑顔で言ってやる。
「自分で言ったんでしょ? ――僕らは
ポカンと口を開けて奇妙な物でも見たかのように固まる綺羅星。
綺羅星にカッコイイこと言われてちょっと悔しかったから、意趣返しも込めてカマしてやった。
「……は、はは、ハッハッハ! アッハッハッ!! 」
するとようやくフリーズから立ち直った綺羅星が今度は突然笑い出した。
僕も釣られて笑い出す。
「……ふふっ、ふふふっ、あはははっ! 」
そこからは何が面白いのか、2人でしばらくは笑いっぱなしだった。
「「あっはっはっはっ!!! 」」
「……これが男同士の熱い友情、ってやつ? まったく、輝は心配してたこっちの身にもなりなさいよね」
「まあ、ともあれ輝が無事で何よりだ。綺羅星ともああして分かり合えたならそれはそれで収穫だろうよ」
「……だといいんだけどね。輝は昔っから少し考え足らずなところがあるから心配で心配で」
「ま、それは俺達がカバーしてやればいいさ。今までもそうだったし、これからもきっとそうだ。だろ? 」
「それもそうね。それにしてもこの2人、いつまで笑ってるのかしら……」
「「あっはっはっはっはっは!! 」」
それからもうしばらくして、どちらからともなく笑い止むと、目尻を笑い涙で濡らしながらガッシリと握手をした。
「少年よ」
「僕は輝、穂崎輝だよ。綺羅星」
「そうか、では輝よ」
「うん! 」
それから握手を解いて、ゴチンと2人の拳を打ち合わせる。
「輝よ、この綺羅星の
「それはこっちのセリフだよ、綺羅星」
互いに言い終えると、もう一度握り拳を打ち合わせた。
「「また相見える時まで!! 」」
沈みかけた夕焼けに向かって歩いていった綺羅星の背中は、なんだかとても輝いて見えた。
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