第10話 輝けし漢:対決

「バカとはご挨拶だな少年少女よ。この綺羅星 北斗のパーフェクトさに嫉妬する気持ちもわかるが、それを認めることで人は成長できるのだぞ? 」


「どうしようかしら、ここまで人を殴りたくなったのは3度目かもしれないわ」


「参考までに、前の2人はどんな人だったの?」


「1人目は昔の英司で2人目は最近の英司よ! 」


「……不名誉すぎるワンツートップをありがとう」


「むしろワーストなんじゃないかな? 」


一応、敵を目前にしてこの気の抜けた会話は何なのだろうか。


これが綺羅星 北斗の成せる技だとしたら少しだけ彼の評価を修正すべきかもしれない。


もちろん下に。


「……さて、そろそろ茶番は終わりにしないか? 槍の少年よ。この綺羅星 北斗も暇じゃない」


金髪が揺れて綺羅星――あんまりにもウザいので呼び捨てにすることにした――の顔が引き締まった。


「……どうしても戦わなくちゃダメですかね」


僕は手にしたままの槍をもう一度ギュッ握りしめる。


「ああ、ダメだな。少年が『ポイント』を差し出すために滅多打ちにされたいというならば話は別だが」


綺羅星はつまらなそうに首を振った。


「1つ聞いてもいいですか? 」


「なんだね少年。この綺羅星 北斗、懐は深いほうだと自負している。なんでも聞くがいい」


「あなたはなんで《神々の黄昏ラグナロク》に積極的に参加するんですか?」


綺羅星は一瞬キョトンとした顔をした後、不意に吹き出した。


「プッハッハッハ! ハッハッハッ!! 面白いことを聞くな、少年。そんなの決まっている。……ビッグになりたいからさ! 」


「……ビッグになりたい? 」


「ああそうだとも。《神々の黄昏ラグナロク》開始時に1億円貰っただろう? 日本人が生涯真面目に働いて手にすることができる収入は合計で約3億円らしい。つまり、このまま1億円を片手に真面目に暮らしていくだけで裕福な生活が送れるわけだ。確かにそれも幸せな人生だろうな。だが! この綺羅星 北斗はその程度で終わる男ではない!! この世に生を受けたからには歴史に名を残すような人間になりたいではないか。そしてそのチャンスが降って湧いたのだぞ? 参加しない道理があろうか……いや、ない! 」


綺羅星は一息で言い切るとこちらを見てニヤリと笑った。


「さて、御託は終わりだ少年。戦おうか! 」


「奈緒! 英司! 下がってて! 」


「輝! 無茶しないでね! 」


「絶対に死んだりするんじゃねぇぞ! 」


綺羅星の足元に件の召喚魔法陣が展開する。


相も変わらず青白い光が夕暮れの河原を照らした。


その光の中、僕と綺羅星のデバイスから同時に無機質な音声が響く。


「「BATTLE START」」


これから始まるだろう戦闘への緊張で思わず身体が震える。


「行くぞ?」


そうして魔法陣の光が止んだ時、目の前に綺羅星の姿はなく――


「カハッ!? 」


瞬間、背後から襲った衝撃に僕は思わず膝をついた。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


……何が起きた?


背後から不意打ちを受けたのは間違いない。


だけど何故?


綺羅星は僕の正面に居たし、あの短時間で後ろに回り込むのは物理的に不可能なはず。


「……げほっげほっ……うぅ……」


「おいおいどうした、もう終わりか? 少年」


頚椎を真っ先に狙っておいてよくもまあぬけぬけと言えたものだ。


「……ぐっ……まだまだッ! 」


「ほう、なかなか根性があるじゃないかッ!! 」


【ブリューナク】を杖代わりに立ち上がったが、頚椎を打たれた影響だろうか、全身が痺れるような感覚に見舞われる。


「オラッ! 」


ふらついている僕に容赦なく綺羅星の前蹴り、いわゆるヤクザキックが僕の右脇腹を襲う。


「くっ! 」


咄嗟の判断で【ブリューナク】を間に挟み、防御した。


重い一撃。


綺羅星の体重を存分に乗せた右足は《神の遺物アーティファクト》ごと僕を吹っ飛ばす。


「あがっ!? 」


綺羅星は追撃をかけるべく、こちらとの距離を詰めてきた。


僕は半無意識的に【ブリューナク】を薙ぎ払う。


「やあっ! 」


「おおっと! 」


接近していた綺羅星は急ブレーキからのバックステップでその槍を躱した。


だが、鋭い穂先と軌跡をなぞる炎のおかげで、ひとまず綺羅星との距離を置くことはできた。


仕切り直すつもりで【ブリューナク】を構え、綺羅星を見据える。


対する綺羅星は薄ら笑いを浮かべてステップを踏んでいた。


「この綺羅星の連撃に耐えるとは、なかなかやるな少年。なら、これはどうかな? 」


ステップを踏む綺羅星が右、左、右と揺れた、次の瞬間、突然その姿を消した。


「シッ! 」


背中にゾクリとした悪寒を感じて、身をかがめながら後ろに返りつつ槍を振るう。


「チッ! 」


先程まで眼前にいた綺羅星が背後、しかも中空から攻撃しようとしていたところに、うまく刺さる形になった。


カウンター気味にだが、なんとか一撃入れることに成功する。


それにしても、また綺羅星が目の前から掻き消えた。


何が起こっているんだ?


「熱いじゃないか少年。自慢のスーツが台無しだぞ? 」


焼け焦げたスーツをつまんで苦々しげな顔で呟く綺羅星。


「そんなもの着てくるほうが悪いんですよッ! 」


「言ってくれるなッ! 」


先ほどとは一転して攻勢にまわった僕は、【ブリューナク】による上段からの斬り下ろしを試みる。


熱せられた刃と付随する炎が容赦なく綺羅星に襲いかかる――が、綺羅星はそれを右足で止めて見せた。


「なっ!?槍を足で!?」


そして気づく、綺羅星のが纏うスーツにはまるで不釣り合いな革のブーツに。


「驚いたか? これが綺羅星 北斗の《神の遺物アーティファクト》、その名も【悪神の長靴トリック☆ブーツ】だ! 」


そのまま槍をいなされ、体勢を崩したところに右ストレートが炸裂した。


「ふぐっ!? ……げほっがはっ……」


左頬を襲った衝撃で一瞬意識が飛かける。


遅れてカッと焼けるような痛みと頭の中で反響するような吐き気がやってきた。


最早立っていることもままならず、その場に崩れ落ちた。


「そのまま潰えろ! 」


綺羅星は3歩でこちらまでの距離を詰めると、左足を軸にして、強烈なローキックを倒れ込んだ僕に見舞う。


……ダメだ……避けれない……!


やってくるであろう衝撃に備えて歯をグッと噛み締めて目をつぶる。


その時、聞き慣れた声が僕と綺羅星の戦いに突如として乱入してきた。


「輝から離れやがれぇッ! ラアッ! 」


「むっ? 」


例のナイフを握りしめて綺羅星に特攻してきた英司は、そのまま袈裟懸けに斬りつけようとする。


ガキンッ。


が、僕への攻撃を中断した綺羅星のハイキックにあえなく弾かれてしまった。


綺羅星は今までにないくらいの無表情で英司を睨みつける。


「……少年よ、この綺羅星 北斗は今、真剣勝負の最中なのだ。そこに水を差すとは興醒めもいいところ。貴様のようなやつは……そこで寝ていろ!! 」


「ガッ!! 」


ハイキックの後に下ろした足をそのまま軸にして放たれた回し蹴りで、文字通り吹き飛んだ英司は、そのままバウンドして河原に倒れ伏した。


「英司!! 」


名前を呼んでみるも反応はない。


「……綺羅星……よくも、よくも英司を!!! 」


そのまま射殺さんばかりの視線で綺羅星を睨みつける。


「お前は……絶対に倒してやる!! 」


【ブリューナク】が炎を纏い、黄金の輝きを強めた。


「随分とまあいい面構えになったじゃないか、槍の少年。それじゃあ、第2ラウンドと洒落込むとしようか!! 」


綺羅星の【悪神の長靴トリック☆ブーツ】も呼応するかのように鈍く輝く。


「らあぁぁぁぁぁ!!! 」


「うおぉぉぉぉぉ!!! 」


雄叫びを上げながら2人と2つの《神の遺物アーティファクト》が激突した。

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