第8話 灼槍:ブリューナク

「認識……認識……」


1限目の授業に遅れた以外には特に目立ったイベントはなく、本日の授業は終わりを迎えた。


放課後、寺本くんは天文気象部の活動があるということで、結局いつもの3人組で帰路につくことになった。


「輝、またブツブツ言ってるわよ」


「認識……認識……」


「奈緒も分かってんだろ? 輝はこうなったら何言っても聞かねえよ」


「その頑固さを別のところに生かせないものかしらね」


僕はただ少し考え事をしてるだけなのに、2人とも酷いと思う。


「……ふぅ。ねえ、ちょっと昨日の河原によっていかない? 高架下なら人目につかないと思うし、槍のこと試してみたいんだ」


「おう、特に用事もないしいいぜ」


「槍のことはアタシたちも気になるしね。まあ、今日もジュースは輝のおごりってことで! 折角の降って湧いた億万長者なんだし有効活用しなきゃ」


「奈緒、もうちょい節度ってものをだな……」


「…………だめ? 」


上目遣いでこちらを見つめてくる奈緒。


可愛い。


「……これは反則でしょ。もう、しょうがないなぁ」


「ま、アタシの魅力にかかればざっとこんなものよ」


そしてドヤ顔が鬱陶しい。


「じゃ、ついでに俺のも頼むぜ? 」


「英司は可愛くないからダメ」


「理不尽じゃねえ!? 」


そんなこんなで結局3本のジュースを買い、昨晩と同じ場所に向かった。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「さてと、まずはやってみようかな」


強く念じると、最早お馴染みとなりつつある青白い魔法陣から五つ刃の槍が出現する。


「何回見ても凄いわね。いっそこれでマジックでもやった方が儲かるんじゃないかしら? 」


「10億ドルまでは相当遠いだろうけどね、っと」


昨晩は暗がりで細部までは確認出来なかったけど、改めて見ると圧巻の一言に尽きる。


まず何よりも重厚、長く伸びた深紅の柄から伝わるズッシリとした重みがある。


そして美しさ、口金にある太陽を模した装飾と白銀の刃が陽の光を浴びてキラキラと輝く様は、美術品と言われても納得してしまいそうなほどだ。


最後に威圧感、五つの刃は触れれば立ちどころに両断されそうな鋭さを持ち、軽く振っただけでビュウと風を斬る音が鳴る。


どこを取っても非の打ち所のない、だが、どこか冷たい印象を受ける造形だった。


「これが【ブリューナク】……」


神々の黄昏ラグナロク》の参加者は《神の遺物アーティファクト》への適正で選ばれると天使さん(仮)は言っていたが、この手に自然と馴染む感覚は正しく適正があるということなのだろうか。


「むむ……認識……認識……」


槍を片手にひたすらに念じてみるが、ピクリともする気配がない。


「むむむ…………っはぁ……。認識って漠然としてて結構難しいな……」


「なあ、輝。結局その【ブリューナク】ってのはどんな武器なんだ?」


「アタシも気になるわね」


「えっと、ちょっと待ってね」


僕はカバンの中から今朝寺本くんに借りた『ファンタジー武器大全』と銘打たれた本を取り出す。


「えーっと、あったあった」


パラパラとページを捲って【ブリューナク】が収録されているページを探し出した。


「じゃあ読むよ? 『【ブリューナク】とは、ケルト神話に登場する槍の名前です。ケルト神話における太陽神ルーの持ち物とされ、5つに分かれた刃が特徴的。投げれば敵を貫き、その姿から太陽神ルーは<長腕のルー>とも称されたようです。太陽神の武器だけあって炎や光の能力を持つ槍として描かれることも多々あります』だって――」


そこから先は言葉にならなかった。


中学の頃、英語の授業で先生が『英単語を覚える時には音読が効果的です。目と耳、口を同時に使うことによって認識を深めることができます』なんて言っていたのをふと思い出した。


たとえ音読が効果的だったとしてもまさかこんなに早く効果が出るなんて誰が予想するだろうか。


結果として、今日の授業中必死に唸りながら考えた『認識』は、ただの音読1回によってなされてしまったのだ。


「うわっ!? 」


「おおっ!? 」


「きゃっ! 」


三者三様の悲鳴を上げながら僕達は飛び退いく。


「……これが僕の《神の遺物アーティファクト》の、【ブリューナク】の能力……? 」


――そこには煌々と燃え盛る炎を湛えた五つ刃の槍があった。


先ほどまでの冷たい印象は欠片もなく、白銀に煌めいていた刃はまるで太陽のような黄金に色を変え、深紅の柄には細やかな紋様が浮かび上がって神聖さを増し、太陽をモチーフにしたであろう口金からは炎が吹き上がる。


恐る恐る手に取ってみると、先程までの重みは一切感じず、まるで羽毛のような軽さだった。


そのまま誰もいない中空に向かって一薙ぎしてみれば、ゴウッという風切り音と共に熱風が舞い、一瞬の間を置いて槍の軌跡をなぞるように炎が這う。


「すげえな、こりゃ」


「アタシでもちょっと憧れちゃうくらいカッコイイわね……」


「寺本じゃねえけど、まんま太陽の槍、『灼槍』って感じか? 」


【ブリューナク】を握っているとこころなしか身体が軽く感じる。


今ならフルマラソンを走ったっていいくらいだ。


果たしてこれも《神の遺物アーティファクト》の能力なのだろうか?


「にしても炎か。いい能力を引いたな、輝」


「どういうこと? 英司。確かに強そうだけど……」


「炎ってだけで有利になることもあるんだぜ? まず、炎っていうのは簡単に言っちまえば『高温の微粒子』な訳だ。つまり炎はほぼ実体を持たないと言ってもいい」


「だから避けるのが難しいってこと?」


「その通りだ。ついでに受け止めるのも難しいぜ。なにせ熱を伴うからな、刃は止めれても大火傷だ」


「あれ? でも僕そんなに熱くないんだけど……」


さっきから【ブリューナク】を振り回してみたりしているけど、今のところ、熱くて触れられない! みたいな状況には陥っていない。


「それはあれよ、ファンタジーのお約束よ。炎の能力者が自分の力で火傷したなんて最早ただのシュールギャグにしかならないわ」


「それはそれで防御にもつかえるからラッキーだ。炎を纏えば相手に攻撃を躊躇させるくらいはできるかもしれん。……あと、輝は【ブリューナク】の炎が熱くないのか炎全般が大丈夫なのか実験だな」


そう言って英司はニヤッと笑う。


「え!? ……実験って何をするつもり? 」


2人の目がギラリと怪しげに光る。


そして瞬時に悟る、これは2人が悪ノリしてる時の顔だ。


「なに、心配するな。ちょっとライターで炙ってみるだけさ」


「そうよ輝、安心しなさい」


「全然安心できないんだけど!? 2人とも落ち着いて! 」


「大丈夫大丈夫、落ち着いてるさ」


「ほーら、怖くないわよ? 」


ジリジリとにじり寄ってくる2人は完全に目が据わっていた。


「はっはっはっはっはっ」


「うふふふふふふ」


「ちょっ、やめっ、2人ともそれ、っあ、あぁぁぁぁ!? 」


当然ながらライターの小さな灯火は普通に熱かった。

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