第7話 魔導書:アルカナ

「それでは、小生の《神の遺物アーティファクト》をお見せいたしますぞ」


ゴクリ。


思わず僕たちは緊張で喉を鳴らす。


「ふう……いきますぞ! 」


カッ! と寺本くんの足元に青白く輝く魔法陣が展開する。


昨晩、暗がりで見たそれは朝の太陽にも負けない光を放って寺本くんを包み込む。


「――古より伝えし魔導書よ、運命さだめを告げし22の権能よ、我が声に応え其のちからを振るえ」


段々と光が強まり、神秘さを増していく。


「いでよ! 運命の書、【アルカナ】!! 」


そう言い終えると、光が弾け、寺本くんの手には1冊の古びた本が現れていた。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「っふぅ……これが小生の《神の遺物アーティファクト》、【アルカナ】ですぞ」


寺本くんはドヤ顔で僕たちにその本――古いながらも重厚な、羊皮紙のようなもので出来たそれを見せてくれた。


「それにしてもさっきの詠唱、凄かったわね。輝も能力を使うためにはアレをやらなきゃいけないのかしら? 」


「……あれは小生が昨晩徹夜で考えたスペシャルエディションですぞ。あんまりにも早くお披露目することになって、ちょっとテンションが上がっただけです、はい」


「……なんかごめん」


「おっふ」


凄くいたたまれなかった。


「ところで、この【アルカナ】とやらはどんな能力なんだ?」


「ふひひひひ……聞きたい? 聞きたいですよなあ? 小生が特別に教えてしんぜよう」


怪しげな笑い声(?)と共に謎の挙動を繰り返す寺本くん。


多分、昨日からいろいろ練習したんだろうなぁ……。


「ヤダ、唐突に寺本くんが気持ち悪くなったわ」


「さっきまで尊敬しそうとか言ってたヤツのセリフじゃねえなそれ」


「聞かれなくても喋っちゃいますぞ! この【アルカナ】の能力は『タロットになぞらえた22の能力を自在に使うことが出来る』だぁっ! 」


「なっ……なんですって!? 」


と、言われても僕にはピンと来ない能力なんだけど、奈緒がものすごく驚いている。


「……ごめんね、言ってみただけよ。だからお願い、そんな目で見ないで……」


「ふひっ! 小生はそのノリ嫌いじゃないですぞ」


「……凄く不本意だわ」


「あはは、でも、22の能力ってどういうこと? 《神の遺物アーティファクト》は単体にいくつも能力があるの? 」


「違いますぞ。基本的に《神の遺物アーティファクト》には主軸となる能力が一つ備わっているのですが、小生の【アルカナ】の基本となる能力が『22の能力を扱える』能力という訳でして。まあ、百聞は一見にしかずということで」


そう言うと寺本くんは片手に本を持ち、少し体を反らしながらもう片方の手でメガネを抑えるポーズを決める。


「……これも練習したのね」


「ふひひ、刮目かつもくせよ! ですぞ」


「ここまで来ると逆にすげえよ、寺本……」


そして大きく息を吸い込むと、新たな詠唱を始める。


「深蒼の女教皇よ、清らかなる清流よ、運命の書の導きによりて今現れよ! タロットナンバー Ⅱ【女教皇プリエステス ウンディーネ】!! 」


詠唱に合わせてバラバラバラッとすごい勢いで寺本くんの【アルカナ】のページが捲れていく。


すると突然、ピタッとそれが止み開かれたページが青く輝き出す。


その輝きは舞い上がり、渦となり、寺本くんがの眼前に小さな粒となって浮かび上がった。


「母なる海よ、荒ぶる奔流よ、運命の書の楔から今解き放たれよ! ゆけ! 『断罪の大渦ダイタルウェイブ』!! 」


先程まで小さな粒だった青い光が徐々に水を形作り、その勢いも増していった。


そして寺本くんのセリフと共に誰もいない空間にバスケットボール大の水球が飛んでいった。


「なによ、『断罪の大渦ダイタルウェイブ』とかカッコつけた割には大したこと――」


飛び出した水球は屋上の中程で突然膨張し、渦を巻き起こす。


渦、と言っても回転数は早く、巻き上げた小石などが混じって完全に凶器だった。


「……あったわね」


流石の奈緒もこれは認めざるを得ないようだ。


「……こひゅぅ……けはっ……ど、どうですかな……小生の【アルカナ】は……かふっ……」


「て、寺本くん!? 」


【アルカナ】の予想以上の威力に驚く僕たちが見たのは、汗だくで呼吸も速い疲労困憊の寺本くんの姿だった。


「げほっ……あ、《神の遺物アーティファクト》の使用には自身の生命力、MPみたいなものを要するのですぞ……故に、体力のない小生では先ほどの『断罪の大渦ダイタルウェイブ』を1発撃つだけで精一杯ですな……これ以上は文字通り命に関わりますぞ……」


「……強力無比だけど対価に生命力を使う道具、それが《神の遺物アーティファクト》か」


「んんっごほん。そうですな、それが《神の遺物アーティファクト》を使うための、いわば代償ですぞ」


代償――寺本くんから聞いたところでは、無理をしなければ生命に関わるようなことは無い、少し疲れるくらいらしいけど、用心するに越したことは無いな。


「それにしても、さっきのスゴかったね。カッコよかったなぁ、どうせなら僕もああいうのがやってみたいや」


「それならば尚更、先程渡した本を読み込むべきですぞ。《神の遺物アーティファクト》を扱う上でまず最初に必要なこと、それは……」


「……それは?」


「『認識』ですぞ。小生はオタクです故、元より知識だけはあったのですぐにこれくらいはできるようになりましたがな。慣れない穂崎殿はまず、【ブリューナク】がどのようなものなのかをしっかりと『認識』することが大事ですぞ」


「認識……認識かぁ。うん、分かった、やってみるよ寺本くん」


「うむうむ、それでこそ小生も助言のがあるというものですな」


その時、キーンコーンカーンコーンとホームルームの時間を告げる鐘が鳴った。


「む? もうこんな時間ですかな? そろそろ教室に行かねばなりませんな」


「そっか、なら続きは放課後かな? 」


「そうね、それがいいと思うわ」


「とりあえず教室に行くか」


「ホームルームは遅刻確定だけどね……」


「そんな細かいこと気にしてると将来ハゲるわよ? ……特に英司」


「なんで俺なんだよ!? 俺に恨みでもあんのか!? 」


「御三方は仲良しでござるな、ハッハッハ」


「……えっと、急いだほうがいいと思うんだけど」


その後、結局1限目の授業まで遅刻してこっぴどく叱られたのは余談である。

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