第6話 参加者:邂逅

一言で表すならば『冴えないオタク』、太めの体型に少しズレたメガネが特徴的。


クラスでは、学校生活が始まったばかりだが、独特な喋りと快活なテンション、柔和な性格で一定の地位を得ている。


それが僕らの知っている寺本 将雄という人間だった。


その寺本くんが、未だかつて見たことがないほど鋭い目つきでこちらを牽制している。


「……昨日ぶりですな、京楽殿、服部殿、そして穂崎殿。おっと、動かないで頂きたい。小生もまだ知人を殺したくはないでござるよ」


ブワッと冷や汗が吹き出る。


知っている限りでは普段優しいはずの寺本くんの豹変っぷりに、人から向けられる純粋な敵意に、簡単に出てきた『殺す』という選択肢に、危うく呑まれかけた。


「おいおい、随分な言い草じゃねぇか寺本。それだとまるでお前が俺達に勝てるみたいに聞こえるぜ? 」


場の主導権を握るために英司が寺本くんを煽る。


「だからそう言ってるのでござるよ、京楽殿。3人のうち誰が参加者かは分かりませんが、《神の遺物アーティファクト》のことをお忘れではないですかな?」


そうだ、寺本くんも参加者なら《神の遺物アーティファクト》を持っているはずだ。


どんな能力かは分からないが、口振りからして相当に強力なものなのだろう。


「……寺本くん、僕たちはできれば君と戦いたくないんだけどな」


「小生も同意見ですぞ、穂崎殿。ですが、油断した途端に後ろからグサリでは洒落になりませんからな。ひとまず対面させて頂きましたぞ」


寺本くんは大きく息を吐くと強ばった表情を崩した。


「とはいえ、こちらが門戸を開かねば、穂崎殿達としてはどうしようもないですからな。敵意はない、と言っても信じてもらえないかも知れませんが……。小生、これでも天文気象部に所属しておりましてな、屋上の鍵を預かってるのですよ。どうです、人目につかないところで、ゆっくりと話し合いませんかな? 」


確かに、今の僕達は目立っている。


登校時間に校庭で何やら深刻に話し込んでいる様子は嫌でも目に付くだろう。


それに、現状八方塞がりでもある。


元々は寺本くんの知識を頼りにしていたのだから、僕達の神話、伝説に対する知識など推して知るべしだ。


可能ならば情報ソースは確保しておきたいところではあるし、何よりクラスメイトと戦いたくはない。


「……分かった、屋上に行こうか。英司、奈緒、いいよね? 」


「ああ、特に反対する理由はないな」


「輝に任せるわ。アタシが口出してもロクなことにならなさそうだもの」


「決まりだね。それじゃあ案内してくれるかな? 」


「英断、感謝いたしますぞ。こっちですな」


こちらを警戒しているのか、チラチラと振り返りながらも寺本くんは屋上までの道のりを先導する。


校内に入り、階段を4つほど上がったところで屋上の扉の前に着いた。


「天文気象部でもないと、ここはあまり馴染みがありませんでしょうからな」


そう呟きながら寺本くんはカバンを探る。


うちの学校の屋上は安全面の問題から基本、生徒には開放されていない。


つまり、一般生徒が屋上に立ち入るのはかなり稀なのである。


かくいう僕も少しだけテンションが上がった。


「というか、寺本クンが天文気象部ってのがアタシ的には意外かも。てっきり漫研にでも入ってるものかと」


「フヒヒ、よく言われますぞ。ですが、漫研はオタク女子の集いですからな。小生のような小心者の男子が単身挑むのは少々はばかられる訳でして……。ぶっちゃけ、オタクは男女で趣向の差が激しいですからな。そこはお互い不干渉というやつですぞ」


「漫研に入らなかった理由はなんとなく分かったけど、なんで天文? 」


「特に深い意味は無いのですが、文化部で活動が緩いのは助かりますし、夜空が好きでしたからな。こう見えても小生、ロマンチストなのですぞ? ……っと」


カバンからようやく鍵を見つけ出したらしい寺本くんが扉を開いた。


「ようこそ屋上へ、ですぞ。ささ、お入りくださいな」


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「さて、何からお話いたしましょうかな? 」


まだ登校してくる他の生徒達を尻目に、僕たちは屋上で寺本くんと対面していた。


「とりあえず情報の擦り合わせかな。寺本くんも《神々の黄昏ラグナロク》の参加者って事でいいんだよね? 」


「……その通りですぞ。口振りからして、そちらの参加者は穂崎殿ですかな?」


「うん、僕が参加者ってことになるね」


「にしても、こんな偶然あるのね。世界って案外狭いって言葉を実感したわ」


「それには小生も同感ですぞ。昨晩は『ふっは! ktkr! 主人公ルート確定! 生きてて良かったぁぁぁぁ! 』等と叫んでいたのが恥ずかしくなってきますな……」


「寺本と俺達でここまで反応に差があるのか……」


「ま、まあ、感性は人それぞれというか……ね? 」


あはは、と曖昧に微笑んでごまかすと、寺本くんは咳払いで話題を変えようとする。


「おほん。ところで、穂崎殿の《神の遺物アーティファクト》はどんなのですかな? 小生、気になって仕方がないでござるよ」


「それが、実はよくわからないんだ……。本当は学校で寺本くんにそれとなく聞こうと思ってたんだけどね……」


「よく分からない、ですか。参考までに特徴を教えていただきたい。お役に立てるかもしれませぬぞ? 」


「えっとね、これくらいの槍なんだけど――」


手で大体の大きさを教えようとしたその時。


「ふぉうふ! 槍!槍ですかな!? 槍系主人公とはやりますな、穂崎殿! 伝説の槍といえばグングニル、ゲイ・ボルグ、トリシューラ! 変り種で蜻蛉切やトライデントなんてのもありですぞ! テンション上がってきたぁ! 」


――唖然。


突然の豹変ぶりに、ただただ驚くことしか出来ない。


趣味のことになると饒舌になるイメージはあったけれどもまさかここまでだとは思わなかった。


「でゅふふ……魔槍VS魔導書……アリですな……ふひっ……ふひひひっ……」


「あ、あの、寺本くん? そろそろ戻ってきてくれると嬉しいんだけど……」


「ふひひっ……こぽぉ……っは!? こ、これはこれは失礼いたしましたですぞ。小生、少々ハメを外しすぎましたな」


「どこが少々だ、全力全開だったじゃねぇか」


「それは違いますな京楽殿、小生はまだ二段階変身を残しているのですぞ? 」


「……あのぉ、そろそろ説明再開してもいいかな? 」


「すまぬですぞ……」


ポリポリと頭を掻いて詫びる寺本くんに僕は説明を続ける。


「それでね、刃の部分が5つに分かれてるんだ。ってこんな説明で分かるわけないよね、ははは――」


「――【ブリューナク】ですな」


「えっ?」


「多分、その槍の名前は【ブリューナク】ですぞ、穂崎殿。五つ刃の槍なんて神話でも滅多にないですからな」


「……アタシ、今ちょっと寺本くんのこと尊敬しそう」


「趣味も突き詰めれば、ってやつだな」


アッサリと槍の正体を看破した寺本くんは続ける。


「であれば、この本を貸しますぞ。多少なりとも認識を深めることができるでしょうからな。でないと能力も満足に使えませんし」


「ん?待って、寺本くん。能力が使えないってどういうこと?」


「え?穂崎殿こそ何を言ってるでござるか?……まさか、《神の遺物アーティファクト》のことを使者メッセンジャーに聞かなかったのでござるか?」


使者メッセンジャー? 天使さん(仮)のことか?」


「天使さん(仮)とやらが何かはわかりませんが……。穂崎殿たちにも《神の遺物アーティファクト》やデバイスを届けに来た方がおられたでしょう? その方が自らを使者メッセンジャーと名乗っておられました。それに、使者メッセンジャーに聞けば《神の遺物アーティファクト》の基本的な使い方を教えてくれましたぞ? 」


「あっちゃー……諭吉に目がくらんだ弊害がここで来たかぁ……」


諭吉に目がくらんだのは主に奈緒だけな気がするが。


「おうふ、確かに金には抗い難い魔力がありますが、それよりもファンタジー武器の方が大事ではござらんかな!? 」


「ま、そこは価値観の違いってやつよね、うん」


僕はため息混じりに提案する。


「寺本くん、非常に申し訳ないんだけど、よければ《神の遺物アーティファクト》について基本的なことを教えてくれないかな……」


「それについては全く構いませんぞ。元より、互いの能力についても話し合いたかったところですしな」


ふむ、と寺本くんはひとりごちてから言う。


「では、まず先んじてに小生の《神の遺物アーティファクト》をお見せいたしましょうぞ! 」


キラリ、寺本くんの眼鏡が不敵に光った。

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