第5話 参加者:接触
昨日、月食観察から帰ってきた僕は結局一睡もできなかった。
あの後、河原からの帰り道で自販機は万札をスルリと飲み込み、9000円分の紙幣と大小合わせて何枚かの小銭、そして3本の缶ジュースに変えてしまったのだ。
これで件の1億円は本物だという証明がなされてしまった。
ただでさえ昨晩は非日常的イベントの嵐だったのに、最後まで心労をかけてくるとは最早嫌がらせにしか思えないレベルだ。
相談の結果、大金入りのアタッシュケースはひとまず自室のウォークインクローゼットの奥底に隠しておくことにしたが、その程度で気が休まるわけがない。
それに後回しにした槍のこともある。
僕の意思で自由に出現する五刃の槍。
天使さん(仮)は《
……ダメだ、考えるだけドツボにはまる。
学校に行く途中でまた英司と奈緒に相談してみよう。
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「おはよう英司、奈緒」
「うっす、輝」
「おはよう、輝。アンタたちすごい眠そうね。英司はともかく輝はせっかくの美形が台無しよ? 」
「俺はともかくってどういう意味だコラ。そういう奈緒は全く眠くなさそうだな……」
流石の英司も昨晩は眠れなかったのだろう、目の下に濃いクマが出来ている。
対称的に奈緒はいつも通りの
「流石に昨日のインパクトが強すぎて寝れなかったよ。ふあぁ……」
「そんな神経質だとハゲるわよ? 特に英司」
奈緒が図太いだけな気がするのは間違ってないと思う。
「お前実は俺のこと嫌いだろ、なあ? 」
「何言ってるのよ、アタシほど英司のことが大好きな女の子他にいないわよ? もちろん輝もだけど」
「くそぅ、見た目美少女だから若干嬉しい自分が憎いぜ……」
「あはははは、その気持ち分かるよ英司」
もはやこんなやりとりも慣れたものだ。
長年の付き合いで奈緒も英司も兄妹に近い存在だからか別段恋愛感情がある訳でもないが、年々可愛くなる奈緒にドキッとする瞬間があるのも事実。
きっと英司も同じ気持ちだ。
「ところで輝、昨日のことなんだが……」
先ほどとは打って変わった真剣な顔で英司が言う。
「例の槍のこと、同じクラスの寺本に相談してみるってのはどうだ?」
「寺本ってあの
そう言われて脳裏に浮かんだのはメガネのポッチャリとしたクラスメイトの顔。
「ああ、オタクの寺本君ね」
「確かに神話とか詳しそうだもんね。ぼかして伝えれば何とかなるかな? 」
「うし、じゃあとりあえずそういう方向で行くか」
そうして僕達は学校へと向けて歩き始めた。
3人で歩いていると次第にいつもの調子を取り戻してくる。
いくら昨晩が衝撃的でも十数年のルーチンを崩せるほどではなかったようだと、密かに安心する。
しかし、現実はどこまでも無情で非情だった。
安心したのもつかの間、日常は唐突に非日常へと急変する。
ちょうど奈緒のかましたハイテンションなボケを遮るかのようにポケットが震えた。
「あれ? こんな朝早くに電話? 誰からだろう」
ポケットからスマートフォンを取り出そうとして気がついた――いや、気がついてしまった。
「……これ、震えてるの……デバイスだ……」
「嘘だろおい、デバイスが震えるのって……」
「……《
「確認してみる……」
優に1分以上震え続けているデバイスを開くと『Rレーダー』――《
「確か、このレーダーが示せるのはここから半径1kmまでだったと思う。でもこの点の場所って……」
「おいおい、考えうる限り最悪のパターンを拾ったぜ……」
「嘘、こんなことって……」
デバイス上の赤点が示す場所、それは僕たちの通う県立
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「いいか輝、いつでも槍が出せるように警戒しとけよ? 」
「うん、分かってるよ英司」
「ケガとかしたら怒るんだからね? 気をつけて……」
『Rレーダー』の示す赤点は依然として僕たちの通う県立遠柳高校の真上に居座っていた。
生徒か教員か、はたまた校内に侵入した不審者か、いずれにせよ僕達にとって脅威となることは想像に難くない。
できることなら戦いたくはないが、警戒だけは万全にしておくべきだ。
僕は例の《
『Rレーダー』を2本指で拡大してみると、赤点は学校の中を移動している最中だった。
「これ、校庭の方に向かってる? 」
「なるほど、奴さんも馬鹿じゃないらしいな。相手もこっちの正体が分からないから万が一の時に逃げやすく対処しやすい、なおかつ絶対にこちらと接触できる場所を選んだわけだ」
僕たちの通う遠柳高校には4つの校門が設置されているが、登下校時に使用が認められているのは正門と東門の2つのみ、そしてその2つの門は校庭に繋がっている。
つまり、登校する時に嫌でも校庭を通らなければならないのだ。
「でも、赤点が今動いたってことは多分生徒ね。今の時間、教師は朝の職員会議をやってるはずだわ」
「生徒か、戦いたくないなぁ……」
「そりゃ向こうもそう思ってるさ」
「そうだよね、行ってみるしかない、か……」
僕たちは遠目に見えてきた正門に向けて歩き出す。
デバイスの振動が小刻みになってきた。
どうやら他の参加者との距離で振動数は変わるらしい。
ちょっとした発見に少しだけ得意げになりながらも、僕の心拍は振動に比例するかのようにぐんぐんと加速していく。
そうしてとうとう正門を跨ぐと、不意にデバイスの振動が止んだ。
恐らくだが、一定距離以内に赤点が近づくとバイブレーションは無くなるのだろう。
ゴクリ、喉を鳴らした僕たちの前にとうとう赤点の主は姿を現した。
「――そこで止まるですぞ」
校庭の端、フェンスの近くからこちらを射抜かんばかりに見つめているふくよかな人物。
「えっ!? 」
「なるほどな、そうきたか……」
「……そっか、参加者は君だったんだね――寺本くん」
なぜだか目に差し込む初夏の日差しがやけに眩しく感じた。
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