第4話 月食の夜:後編

「……優勝したかったら、人殺しをしろってこと? 」


「……違うぜ輝、このシステムはな、『ポイント』を得るだけなら相手に勝つだけでもいいんだ。だが相手を殺せばライバルが減り、より多くの『ポイント』を手にできる。まさに一石二鳥さ。普段ならそもそもこんな馬鹿げたゲームに乗るやつはいないだろうが、参加者には《神の遺物アーティファクト》がある」


「つまり、《神の遺物アーティファクト》っていう特殊な道具に魅せられて暴走する人が出てくるってこと? 」


「そういうことだ。こりゃやべえぞ……」


「英司、何がやばいの? 確かに怖いけど、アタシとしてはそもそも《神々の黄昏ラグナロク》に参加しなければいいと思うのよ……10億ドルは惜しいけどね」


「そりゃ無関係決めこめるに越したことはないけどな。だが、この『ポイント』とやらは参加者全員に支給されている。つまり能動的にバトルロワイヤルに参加しなくても、襲いかかってくるやつはいるってことだ。そういう奴らからしたら隠れてるだけの弱い『ポイント』持ちを狩るのが効率的だろうからな」


急に深刻さを増した事態に3人の空気が重くなる。


「で、でもさ、ほら、警察とかが――」


「――なお、死体の処理等の事後処理は《神話の大地アースガルズ》が責任をもって行いますのでご安心ください」


一抹の望みは無機質な声にかき消された。


「輝、とりあえず今はこの音声を聞くことに集中しようぜ。ひいてはこれが輝自身を守ることに繋がるかもしれん」


「……そうだね」


英司は僕を安心させようとしたのか肩を叩いて励ましてくれる。


英司の仏頂面がなんだかとても頼もしく見えた。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「それでは次にアプリの説明をさせていただきます。画面をご覧下さい」


するとデバイス(と僕達も呼ぶことにした)の画面にいくつかのアプリと矢印の絵が映し出された。


「まずは『ポイント確認/交換』でございます。これは先ほど説明したとおり《神々の黄昏ラグナロク》で重要となる『ポイント』の残量確認と景品引換を行うことができます。では、試しに『ポイント確認/交換』のアプリをタップしてください」


僕は指示に従って画面に触れる。


「こちらが『ポイント確認/交換』画面です。画面中央の数字が現在の輝様の『ポイント』となります」


画面上を赤い矢印が動いて説明していく。


「続いて、景品交換を体験してみましょう。今回は《神話の大地アースガルズ》が『ポイント』を負担します。なお、このサービスは初回限定となっておりますのでご注意ください。では、景品交換と書かれたボタンをタップしてください」


「まるでソーシャルゲームのチュートリアルガチャね」


言われてみればそれに近いのかもしれない。


またも指示通りに触れると画面が切り替わった。


「こちらが景品交換画面となります。左が交換可能な景品の写真、右が交換に必要なポイントです」


「……なんだこれ」


しかし思わずそう呟いてしまうほど、景品とやらは異彩を放っていた。


今見えている範囲だけでも『ナイフ 50ポイント』、『携帯食料(3日分) 50ポイント』、『回復薬(怪我用) 200ポイント』、『回復薬(病気用) 300ポイント』、『万能解毒剤 1000ポイント』etc……。


まず『ナイフ』が先頭に、しかも食料と同じ価格で並んでいることに驚きを禁じえない。


しかも写真を見る限り刃渡りが20cmはある、高級そうなサバイバルナイフだ。


それに加えて『回復薬(怪我用)』と『回復薬(病気用)』は最早ファンタジーの域を超えてRPGみたいに思えてくる。


怪我用と病気用に分かれているのがじわじわと笑いを誘うが、『ナイフ』よりも高いところを見るとそれなりの効果はあるのだろうか?


『万能解毒剤』に至っては解毒をする場面が想定されていることがまず恐ろしいし、地味に高い。


これは緊急時に備えて『ポイント』をある程度残しておかないといけないな。


「優勝するには『ポイント』を集めなきゃならんのにサポートアイテムは『ポイント』と引き換えかよ……。いやらしいシステムだな」


確かにこれではいくらポイントがあっても足りない気がする。


争いを誘発させるためのものなのだろうか。


それにしてもこの項目を作った人は確実にゲーム好きだと思う。


少しだけシンパシーを感じた。


「それでは『ナイフ』の欄の交換ボタンをタップしてください。さらに確認画面の『yes』をタップすると交換完了となります」


『ナイフ 50ポイント→Free!』となっている欄で操作を終えると、突如として魔法陣――天使さん(仮)が僕の持っている槍を出した時と同じような――が足元で輝き出した。


するとそこから鞘付きの重厚感あるサバイバルナイフがスルリと手元まで浮かび上がってきた。


「これにて景品交換体験は終了です。交換した『ナイフ』は進呈いたしますので有意義にご活用ください。それでは、次のアプリの説明に移ります」


すると今度は自動でデバイスの画面が切り替わり、ダーツの的のようなものが表示された。


「これは『Rレーダー』です。このデバイスを中心に半径1km圏内のデバイス保持者を赤点で表示します。また、バイブレーション機能も備えた優れものです」


だが、僕のデバイスには今のところ1つも赤点は表示されていなかった。


「とりあえず近くに参加者はいないみたいだな……」


「でも、これってもし敵がデバイスを持ってなかったら判別で来ないってことよね? 」


「確かにな、だがその場合、相手もこちらを判別できなくなる。そんなリスキーな真似する奴はよっぽどの強者かよっぽどの狂者だけだ。警戒するだけ無駄さ」


「ひとまずの安全は確保された感じだね」


火急に差し迫った危険がないとわかって少しだけ3人の間に流れる空気が緩んだ。


「最後に紹介するアプリは『ランキング』です。その名の通り、現在の自分の順位、上位ランカーなどを知ることができます」


またもや自動で切り替わった画面に映ったのは『現在の順位:2位(同立) 5000ポイント』という表示と金色に輝く1位の文字の横に並ぶ『Robert Frank 10000ポイント』という表記だった。


「おいおいおい、もう始まってんのかよ……」


「しかも得点的に誰か殺したっていうことだよね……」


「デバイスが渡されたのがアタシ達と同じ時間だとしたら、この短時間で2人も屈服させるのは難しいと思うわ」


「それに名前からして多分外国人だな。くそっ、日本以外にも敵はいるのか。国外逃亡の選択肢が消えたな」


「英司そんな事考えてたんだね」


「当たり前だろ? 幸い金はたんまりとあるんだからな」


英司は頭をガシガシと掻く。


「《神々の黄昏ラグナロク》とやらも永遠に続くわけじゃないだろうし、割といい案だと思ってたんだがな……」


「せっかく1億円もあるなら海外旅行も悪くないわよね。あ、アタシはハワイがいいと思うわ」


「全力でタカる気なのがいっそ清々しいよ、奈緒……」


「そんなに褒めないでよ、照れるじゃないの」


「ポジティブ思考もここまで来ると逆に尊敬するよ」


僕が奈緒をあしらうのに四苦八苦していると、デバイスがチュートリアルの終了を告げる。


「お疲れ様でした。これにて『チュートリアル』を終了します。それでは、良い戦いを」


機械音声はそこまで言い終えると途端に沈黙した。


「さて、これで大体の概要はわかったかな」


「そしたら後は……」


3人の視線が抱えた槍に集中する。


「これ、どうにかして小さくなったりしないもんかしらね。流石に持ち運びに邪魔すぎるわよ」


「確かに、こんなの持って歩いてたら普通は職務質問からの補導まで待ったなしだよな」


「天使さん(仮)が使ったみたいなあの魔法陣が使えれば楽なのに――」


すると本日3度目、突如として足元に浮かび上がった青白い魔法陣に手元の槍が吸い込まれるように消えていく。


「――ね。って、えっ!? 」


「き、消えちゃった……」


「輝、もう1回槍を出せるか? 」


「って言われてもどうすれば――」


言いかけた瞬間、ダメ押しの4度目の魔法陣が展開される。


「――できた」


魔法陣の光が収まると手元には先ほどと同じように穂先が5つに分かれた特徴的な槍が出現していた。


その後、何度か試した結果、念じれば魔法陣への出し入れが自由に出来ることが判明した。


「流石ファンタジー、悩んで損した気分だわ」


「とりあえず槍は明日以降にまわそう。流石に今日は色々ありすぎた」


「そうだね。ひとまず収納方法が分かったからそんなに急がなくてもいいかな? 」


「じゃあ明日も学校だしそろそろ帰りましょうか……ってもう12時近いじゃない! 」


奈緒がスマートフォンの時計を見て驚愕する。


「わわっ、早く帰らないと」


「あ! 輝、ジュース奢り忘れちゃダメよ?」


「奈緒はもう少し危機感を持とうよ……」


「じゃあついでに俺にも奢ってもらうとするか」


「もう! 英司まで! ……とりあえず荷物を片付けようか」


持ち上げたアタッシュケースには、西の空に傾きはじめた満月が反射してキラキラと輝いていた。

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