第3話 月食の夜:前編
「……どうしようか」
「と、とりあえず……お金見ない?」
「奈緒、欲望が余すことなく漏れてるぞ」
途方に暮れて見上げた月はいつの間にか綺麗な黄金色に戻っていた。
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2箇所の留め具を外すとカパッと小気味よい音をたてながらアタッシュケースが開く。
「「「おおぅ……」」」
改めて見ると、とてつもないプレッシャーを感じてしまう。
恐らく普通の生活をしていたら目にすることはまずないであろう大金に、手のひらがじんわりと湿ってきた。
「……はっ! 今アタシお金の魔力に呑まれてたわっ! 」
「これは色んな意味で危険だな……とりあえず俺達以外に見せるんじゃないぞ、輝」
「うん、分かってるよ。にしても1億って……貯金するべきかな? 」
「馬鹿、そもそもそれが本物の万札かも分かんねえんだぞ? それに突然お前の口座に1億円振り込まれてみろ。万が一親の目に留まったらどうやって説明するんだよ」
「それもそうだね。となるとアタッシュケースごと何処かに保管しておくべきかな? 」
「それが今のところ最善手だと思うぞ」
「急に大金が貰えるって実際に起こると怖いのね。とりあえず輝! 帰りにジュース奢って! 1億もあるんだしいいでしょ? 」
「たまに奈緒の気楽さがとても羨ましく思える時があるよ……」
「奇遇だな、俺もだ。でも、とりあえず自販機で使ってみるのはいいかもな。万が一偽札だとしてもまだリスクが少ない」
「じゃあ一旦これはしまっておこうか」
「ああ! アタシの諭吉がっ! 」
「お前のじゃねえよ! 」
アタッシュケースに抱きつこうとする奈緒を英司が頭を抑えて止める。
「お金の魔力って怖いわぁ……」
「俺はお前が一番怖いよ……」
「つまりアタシは諭吉を超えた!? 」
「……もう手遅れかもしれないね」
「かもしれない、じゃなくて手遅れだ」
「アンタたちもう少し優しくしてくれてもよくない? 」
奈緒はジト目でこちらを見つめてくるが僕と英司は目を合わせないように顔をそらした。
「と、ところでこのスマートフォンも気になるよね? 」
「そういえばそうだな。説明もロクになかったし、とりあえず起動するか? 」
「諭吉様が強すぎて全く印象に残らなかったわ。諭吉、恐ろしい子ッ! 」
奈緒が顔面蒼白で白眼を剥いているが、長年の経験則からしてここは放置が正解な気がする。
「まったく、黙ってりゃあ可愛いものを」
「大人しくしてれば美少女って自覚するのはいつになるのかな……」
パッチリした二重に黒髪のショートカット、通った鼻筋と艶のある唇が引き締まったスレンダーな体型にマッチしている。
傍から見れば美少女以外の何者でもないのにどうしてこうも残念なのか。
「さて、とりあえず電源を入れてみるよ」
「鬼が出るか蛇が出るかって感じだな」
「見た目は普通のスマートフォンより少しゴツゴツしてるわね」
「結構頑丈な作りなのかな、っと」
上部の電源ボタンを長押しすると白い背景に『RAGNAROK』の文字が浮かび上がる。
数瞬の後に現れたホーム画面にはいくつかのアプリが並んでいた。
「ついたついた。……まずはこれかな? 」
とりあえず僕は『チュートリアル』と名前のついたアプリを起動してみることにした。
英司と奈緒も興味津々なようで両脇から覗き込むように画面を見ている。
だが、アプリをタップすると突然軽快な音楽が流れ始めた。
「わわっ!? 」
危うくスマートフォンを取り落とすところだった。
2人も驚いて1、2歩後ずさっている。
「Welcome to RAGNAROK !」
「「「!? 」」」
唐突な英語にまたもや取り落としそうになる僕と後ずさる2人。
「穂崎 輝様、《
「なんだこりゃ……」
「音声サービスってやつなの?すごいハイテクなのね」
驚く僕達を尻目に音声サービス(?)は進んでいく。
「まずはじめに、このデバイスの使用方法についてご説明させていただきます。なお、この音声は『チュートリアル』のアプリから何度でも聞くことができます」
緊張からか、3人ともまるで示し合わせたかのようにゴクリと喉を鳴らした。
「このデバイスは《
「《
「ネットで確認できるだけでも結構な資産家が何人も在籍してるみたいよ? 金持ちの娯楽っていうのは怖いわね」
奈緒は皮肉っぽく呟く。
「それでは初めに《
天使さん(仮)曰く、《
「《
左の脇で抱えるように持っていた槍にチラリと目線を向ける。
果たして、この槍にはどんな力が宿っているのだろうか。
「同じように《
「じゅ……10億ドルですって? 」
奈緒はギラリとした目つきでこちらを見ると僕の肩を掴んで揺さぶった。
「輝! なんとしても優勝するのよ! 賞金は山分けで構わないわ! 」
「な、奈緒、落ち着いてよ。そもそもなんで山分け!?」
「大丈夫、端数は受け取ってあげるわ! 」
「理不尽!? しかも答えになってないよ! 」
だんだん奈緒の揺さぶる速度が早くなってきて苦しい。
「奈緒、輝が死にそうだからそろそろ放してやれ」
「あら、ほんとだわ」
「けほっけほっ……英司ありがとう」
「気にすんな」
やっぱり奈緒は残念美少女だった。
そして無機質な機械の声はまだ続く。
「先述した『ポイント』は初期状態で5000支給されています。さらにデバイス初回起動時から24時間ごとに100ポイントずつ支給されます。そして――」
機械音声は一拍の間をおいて続ける。
「――《
殺害、その単語を聞いた瞬間に今まであやふやだった感覚が急に恐怖を型取り始めた。
川岸に吹く春先の冷風とはまるで違う、おぞましげな寒気を感じて思わず身を震わせる。
黄金色に戻った月は未だ冷たく僕らを照らしていた。
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