第2話 神々の黄昏:始動

眼前の女性、天使のようなその人は瞑ったままだった瞼をゆっくりと開け、喋り始める。


「穂崎 輝様でございますか? 私は《神話の大地アースガルズ》の使者メッセンジャー。穂崎様に《神々の黄昏ラグナロク》への参加資格をお届けに参りました。」


「「「……は? 」」」


幼馴染み3人組はこんな時でも息ピッタリなのだった。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「えっと……《神話の大地アースガルズ》? 《神々の黄昏ラグナロク》? それに参加資格って一体……」


「てかよ、この人どっから出てきたんだ?」


「それにこの翼……コスプレにしては出来すぎよね」


「質問には順にお答え致します」


ハニーブロンドの腰まである長い髪を揺らしながら天使さん――と勝手に命名――は喋り始める。


「先程も申し上げましたように、私は北欧を拠点とする結社、《神話の大地アースガルズ》の使者メッセンジャーでございます」


「んー? ……あっ! アタシそれ知ってるかも! 」


奈緒はポケットからスマートフォンを取り出すとものすごいスピードで何かを検索すると僕達に画面を見せつけてきた。


『現代の秘密組織・結社まとめ』と銘打たれた有名なまとめサイトには次のように記されていた。


『〖神話の大地アースガルズ

北欧に本拠地を置く団体。

主な目的は神話に関する歴史的財産の保護活動となっているが、ボランティア活動なども行っている。

神話をこよなく愛する資産家たちも多く在籍しており、日本にも支部がある。

名前の由来は北欧神話から。』


「神話ねぇ……」


京介は胡散臭げに画面を見つめる。


「《神話の大地アースガルズ》に関しては概ねその認識で間違いありません。……表向きは」


天使さん(仮)の声のトーンが1段下がった。


「《神話の大地アースガルズ》の本当の目的、それはこの世に在らざる力を持った道具である《神の遺物アーティファクト》の蒐集しゅうしゅうと研究でございます」


「《神の遺物アーティファクト》……なんかゲームみたいだね」


「ゲームと同一視されるのは不本意ですが、似たようなものですね。《神の遺物アーティファクト》とは神話や伝説、歴史に存在したとされる不思議な効力を持った道具の総称です。例えばこの翼も――」


バサッと3対の白い翼を大きく広げる天使さん(仮)。


「この翼は【戦乙女ヴァルキリーの白翼】と呼ばれる《神の遺物アーティファクト》ですが――」


言い終える前に天使さん(仮)の姿が掻き消える。


「なっ!? 」


「――『超高速移動』、それがこの《神の遺物アーティファクト》の能力です」


「つまり突然アタシ達の前に現れたのは……」


「この能力によるものでございます。そしてこの《神の遺物アーティファクト》に心底惚れ込んだ人間によって形成されたのが《神話の大地アースガルズ》です」


「すごい……まるで漫画みたいだ! 」


「輝は何でそんなに嬉しそうなのよ……」


「だって瞬間移動だよ? これで燃えなきゃ男じゃないよ! 」


「気持ちは分からんでもないな」


「英司まで……」


「そしてその《神話の大地アースガルズ》によって主催される《神の遺物アーティファクト》を使った遊戯こそが《神々の黄昏ラグナロク》でございます」


「さっき僕に《神々の黄昏ラグナロク》の参加資格って言ってたよね?ってことはもしかして! 」


「はい、穂崎様にも《神の遺物アーティファクト》をお持ちしております」


「やったぁ!」


「輝は変なところで子供ね〜」


「輝だけ貰えるってのはちょっと羨ましいぜ」


「《神々の黄昏ラグナロク》の参加者は《神の遺物アーティファクト》への適正で選ばれますので……」


天使さん(仮)少し申し訳なさそうに目を伏せ、説明を再開する。


「さて、穂崎様に参加していただく《神々の黄昏ラグナロク》、これは端的に言うならば――《神の遺物アーティファクト》を使ったバトル・ロワイヤルでございます」


「バトル……ロワイヤル? 」


「ええ、《神話の大地アースガルズ》の面々は《神の遺物アーティファクト》の十全の力を発揮させたいのです。しかし、《神の遺物アーティファクト》には武器の類が多く、現在では殆どその力が日の目を見ることはございません。ですから、こうして《神の遺物アーティファクト》を渡して他の方々に戦っていただくことにしたのです」


「えっと……ちょっとそういうのは……」


「……この現代日本でバトルロワイヤルってちょっと頭おかしいわよ? 」


「輝、奈緒、そろそろ切り上げようぜ。こりゃ随分と手の込んだイタズラって事にしておこうぜ」


付き合ってられん、とばかりに英司はヒラヒラと手を振る。


「穂崎様とそのご友人の方々、何か勘違いをなさっておられませんか? 」


「勘違いだぁ? 」


「ええ、我々は『参加していただく』ことにしたのです。そこにあなたがたの意思は存在しません」


「えっ!? 」


「流石に横暴すぎんだろそりゃ……」


「確かにこのままでは道理が通りません。ですから我々はこのようなものをご用意いたしました」


おもむろに天使さん(仮)が何も無い空間に手を伸ばすとミシリ、ミシリと軋む音と共に中空に真っ黒な『穴』が開いた。


その『穴』の中に天使さん(仮)は手を入れるとそこから銀色のアタッシュケースを取り出した。


「1億円あります。どうぞお受け取りください」


パカッと無造作に開かれたケースの中には薄黄土色の紙束が隙間なく敷きつめられていた。


「……色々あったけど今日一番の驚きかも」


「僕も同感だよ……」


「1億って……桁がおかしいだろ……」


「さらに最後まで勝ち残った暁には《神の遺物アーティファクト》の1つである【勝利の果実】が送られます」


「【勝利の果実】? 聞いたことねえな」


「ギリシャ神話の《神の遺物アーティファクト》でございます。能力は単純明快――どんな願いも叶えることです」


「もうここまでくると何でもありだね」


「……ねぇ」


「どうしたの?奈緒」


奈緒は震える指先で中空を指し示す。


「……アタシ気がついちゃった……さっきから20分近く喋ってるのに……月が……まだ赤い……」


「えっ!? ……ほ、本当だ……」


「おいおいおい、こりゃマジで《神の遺物アーティファクト》とやらが現実味を帯びてきだぞ! 」


「これは《神の遺物アーティファクト》である【時神の懐中時計クロノス・クロック】の能力によるものです。ここ一帯の時間の流れを遅くしております」


何でもないような顔で天使さん(仮)は言うが、僕達は《神の遺物アーティファクト》への底知れない恐ろしさを感じはじめていた。


「さて、長らく話し込んでしまいましたがそろそろ時間が迫っております故、手短に」


すると天使さん(仮)は謎の空間から今度は黒いスマートフォンを取り出した。


「穂崎様、こちらが《神々の黄昏ラグナロク》で使用していただくデバイスとなります。詳しくは起動していただければ分かりますが、大事なことは全てこのデバイスで行うことができますので」


そう言われて僕は先程のアタッシュケースとスマートフォンを受け取る。


「そして最後に、お待たせ致しました、こちらが輝様の《神の遺物アーティファクト》でございます」


今度は黒い『穴』ではなく光り輝く魔法陣のような幾何学模様が僕の足元に浮かび上がった。


「わわっ!」


細長い持ち手、太陽の装飾がなされた口金、そして白銀に煌めく刃。


赤銅の月光をその刃に映した姿はなぜだか蠱惑的でその場の視線を釘付けにする。


大量の光と共に現れたのは穂先が5つに分かれた槍だった。


「これが《神の遺物アーティファクト》……」


言葉に表しきれない“神々しさ”という曖昧な感覚が僕にチリチリと突き刺さる。


「これで穂崎様は《神々の黄昏ラグナロク》への参加資格をすべて満たされました。詳しいことは全てデバイスにありますので」


そう言うと天使さん(仮)は懐から取り出した懐中時計の蓋を閉めた。


するとにわかに肌寒い風が全身を舐める。


「さて、それでは穂崎様がご活躍されることをお祈りします。また相見える時まで」


言い終わると同時にまたもやゴウッという暴風を撒き散らしながら天使さん(仮)は姿を消した。


「……何だったんだろ、これ」


「でも手元にお金と槍があるんだけど……」


「どうしろっていうんだよ……」


3人で途方に暮れて赤い月を見上げると、何処からか重厚な笛の音が聞こえてきた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る