聖譚のラグナロク
ミネ
月食は聖譚曲(オラトリオ)と共に
第1話 神々の黄昏:開幕
「レッディィィス アァンド ジェントォルメェン!!! 」
ほの暗いダンスホールに響き渡ったのは場違いなほど陽気な男の声だった。
そのダンスホールは中世ヨーロッパの社交界とでも言われれば信じてしまいそうなほど幻想的な雰囲気を漂わせている。
この場にいる人間は全員オペラマスクを着けており、顔は分からないが除く肌や髪の色などから人種年齢共に様々であると推測されるが、ワイングラスを片手にしながらさも当然のように歓談していた。
しかし、男の声が聞こえるやいなや誰も彼もが――まるでプレゼントを目の前にした子供のような――爛々とした期待に満ちた目で声の源を見つめる。
「お集まりの皆様! 遂に、遂にこの日がやってきました! 我ら《
若い――歳にして20を少し過ぎた頃であろう、青年と言っても差し支えない程の男にこの催しの全参加者から惜しみない拍手が送られる。
男はそれを手で抑えると傍に控えた女性から湾曲した円錐形の物体――ぴったりと当てはまる言葉があるとしたら『角笛』――を受け取った。
「んふぅ……これこそ終末戦争の到来を告げる《
男は大きく息を吸い込み、告げる。
「さあ、奏でようか狂気の
重厚な角笛の音色と共に今、終末戦争の幕が開いた――
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
僕、
4月の終わりである今夜、何十年かに1度の皆既月食があると聞いて、僕は2人の幼馴染みと観測に行くことになっていた。
「そもそもさ、月食ってなんだよ」
夜の河原を歩きながら幼馴染みの1人、
「あんたそれでも高校生なの? ほら、中学の時にやったじゃない。地球に月が隠れるのよ」
スマートフォンで
「僕もあんまり覚えてないけど確かそんな感じだったと思うよ。月が赤くなるんだったっけ? 」
「なるほど、輝がそう言うなら間違いないな」
「ちょっと! アタシの言う事は信用ならないってわけ? 」
「いやぁ奈緒の持ってるスマートフォンの言う事は信用してるぜ? 」
「あははは……」
別段、僕達は天体に興味がある訳では無いが物珍しさもあり、こうして夜に騒ぐのも悪くはないと月食観測に洒落込むことになったのだ。
明日も学校があるとはいえ、今日は木曜日だから1日くらいどうとでもなるというのも大きい。
そうして取り留めのない話を続けているうちに近所の河原にたどり着く。
ちょうど草の生えている地面に英司が持参したビニールシートを広げると3人でその上に座り込んだ。
3人で並ぶ時は右から僕、奈緒、英司の順番。
10年以上前からの不文律である。
「うー、夏も近づいてきたっていうのに夜はまだ冷えるわね……」
「水場も近いしね、羽織るものを持ってくるべきだったかな?」
「ふっふっふ、そんなこともあろうかと……俺は膝掛けを持ってきたのさ! 」
「あら、英司にしては気が利くじゃない、出来損ないの不良みたいな顔してるくせに」
「ぷふっ……出来損ないの不良……ふふふっ」
「俺の扱いひどくね!? しかも輝まで笑いやがった! 」
そう言って英司は出来損ないの不良顔(奈緒談)――無駄に良いガタイと鋭い目つき、額に巻いた大きなヘアバンドがそれを加速させている――を盛大にしかめながらも大きなブランケットを三人に跨ぐように広げた。
「ったく、これだから美形ってのは……」
「あら、負け惜しみかしら? ……くふふっ」
「また笑いやがったな!? 輝もいつまで笑ってやがる! 畜生……」
奈緒はともかくとして、僕自身は世間一般の美意識からは大幅に逸れてはいないと思うけど、特別美形という程の顔立ちではないと思う。
茶髪に見える色素の薄い髪に細身の身体、少し下がった眉毛がよく『優しいけど幸薄そう』と評される極一般的な顔立ちのはずだ。
そうしてまた幾ばくかの時間を雑談に費やしていると不意に奈緒のスマートフォンから軽快なアラーム音が鳴った。
「あ、そろそろ始まる時間みたいよ」
そう奈緒が言うが早いか段々と綺麗な満月が端から黒ずみ始める。
「わわっ、ホントに月が食べられてるみたい」
「うん、確かに。こんな綺麗な満月だと余計にそう思えるね」
「俺としては“食べられてる”より“シミてる”って方がしっくりくるけどな。カッターシャツに飛んだソースみたいに」
「……ほんっとアンタは空気読めないわね」
「ごめん英司、流石に今のは僕もフォローできない……」
「嘘だろ……輝にまで……」
「だからアタシは!? 」
そこからは会話も少なげに3人ともぼうっと空を見上げていた。
そうして黄金の月が完全に暗くなると今度は赤褐色に鈍く輝く満月が姿を現す。
神秘的な光景に3人の口から「おぉぅ……」という驚きとも感嘆とも区別がつかない声が漏れた。
その時、突然にゴウッという暴風が吹いた。
木々はしなり、草はざわつく。
その強風に僕は思わず顔を伏せる。
「きゃっ!」
「おっと」
「うわっ」
そして次に顔を上げた時に目に映ったのは赤い満月ではなかった。
それに照らされた、病的なまでに美しい人形のような女性の姿がそこにはあったのだ。
スラリとした輪郭に女性を感じさせる大きな膨らみ(英司の視線は釘付けだった)、美人といって差し支えない整った顔、そしておよそ人間ではあり得ない背中に生えた三対の大きな翼。
ソレを一言で的確に表す言葉があるとすれば――
「……天使? 」
奈緒の呟きをかき消すように河原を一陣の風が通り抜けた。
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